シンゴ旅日記インド編(その22)雨に濡れてもの巻
モンスーン到来です。その前夜は雨が降り、雷が鳴りました。 その日の朝も少し曇っていました。 夕方に社有車の運転手の結婚披露宴があります。 よってここ数日の出勤はレンタカーの運転手です。 いつもは運転手からアパートに着いたとの連絡があります。 しかし、その朝は8時を過ぎても連絡がありませんでした。 きっと運転手が昨日と代わり、別の運転手がすでに来て、下で待っているのかも知れないと思い、カバン持って下に降りて行きました。しかしレンタカーは来ていません。 5分程待ちました。でも何の連絡もありません。 仕方ないのでオート(小型三輪タクシー)で行こうとアパートを出て50mくらい歩きました。 すると前から黄色いナンバープレートのレンタカーが来ました。 運転席には昨日の運転手の顔が見えました。 何で連絡くれないのかなと思いました。 しかし車が違っているようです。車に乗って分かりました。 なぜなら昨日の車のフロントパネルの上はガネーシャの飾りであったのが、今日はサイババだったからです。 その写真を取らせてもらい会社に向かいました。 いつも来ている総務担当が遅れているのか、一名しかいない営業マンが手持ち無沙汰にシャッターの前で待っていました。総務担当は始業を過ぎても連絡ありません。心配です。スタッフはもう一人メンテマンがいるのですが、今日は出張中なのです。 総務担当は始業から10分過ぎて現れました。 『携帯電話のバッテリーが壊れています。すみません。』。 今夜の披露宴へどうやって行くかを3人で相談しました。 一応営業担当と総務担当の二人が私のアパートに通勤車(オートバイ)で集合し、そこから今借りている車で一緒に出ようということになりました。 アパート出発は7時としました。 営業担当は母親を病院に連れて行くから早めに会社出るとの申請があり、私は承認しました。 (日中の出来事は省略します。) 時間は変わり、夕方6時、場所はまだ事務所です。 総務担当は先月の経理の資料を作成中です。 そこに先に帰宅した営業マンから電話がありました。 すでに私のアパートに着いたとの連絡です。 おいおい出発は7時のはずではないか、早すぎるぞ。 早く着いた理由は彼が母親を連れて行った病院が私のアパートの近くであり、彼の自宅に戻ると時間がかかるので、私のアパートに行ったとのことでした。 だったら早く帰らないでね、お母さんはどうしたのと要らぬこと考える私です。 それならばと総務担当を事務所に残し、私は事務所を出てアパートに向かいました。 アパートに着くと営業マンは朝と同じように手持ち無沙汰で自分のオートバイの側に立っていました。 私は車から降りて営業マンに部屋で総務担当を一緒に待とうと言いリフトに乗りました。 私は彼に日本の緑茶のサービスをしました。 『丹羽さん、これにはミルクも砂糖も入れないのですか?』 『!?』 『私の友人がマレーシアでジンセン・コーヒーを買って来てくれました。 インドにも売っていますが、ハーブ味で美味しいです。』 などと答えに窮する会話をしたり、インドの風習について聞いたりして時間をつぶしていました。 しかし7時を過ぎても総務担当から連絡がありません。 7時20分頃に『やっと近くまで来ました、電話のバッテリー切れかけです』と連絡がありました。 しばらくして部屋のドアがノックされ総務担当が現れました。 そして3人そろって下に降りていきました。 あれっ、レンタカーがない、運転手がいない。 総務担当が『ちゃんと待つよう伝えたはずなのに』とぼやきます。仕方がありません。 皆で歩いてオートを見つけるため通りへ向かいます。 営業マンに新郎へのお祝いの食器セット(27枚入り)を持ってもらいました。 オートを見つけ狭い後部シートに3人が座ります。私は二人の真ん中です。 二人が股を開いているのに私は女の人みたいに膝揃えていました。 結婚披露宴会場である社有車の運転手のアパートへは30分くらいかかりました。 その間にその花婿である運転手からまだ到着しないのかとの督促の電話が2回総務担当にありました。 オートは線路を超えて大通りを走り、小さな路地に入ります。 そして元の道にもどったりしています。 会場が分らないみたいです。 総務担当は電池が無くなりかけなのに携帯で新郎に道を聞いています。 路地の奥まで入ったのですが披露宴会場は路地の入り口でした。 こうゆう時は小さい三輪のオートは便利です。 狭くても2、3回の切り替えしでUターンできます。 やっと着いた披露宴会場は新郎の家の裏の空き地を利用しています。 垂れ幕も用意されており、支度しているのは近所の若者たちみたいです。 一応客席ように多くの椅子がセットされて、その椅子に座っていると新郎が登場し、部屋の中に入れと言います。 おっ、我々は特別ゲスト扱いか。 案内された部屋は外からドア一枚で繋がっています。彼が使っているベッドのある部屋です。 部屋の棚には水槽に魚が泳いでいます。 そこで新婦を紹介され、おめでとうとお祝い品を渡します。 『これ君たちだけじゃないのよ、これからは私たちもご馳走になるためよ』 と月並みな冗談を言う私でした。 チェンナイでの二人の結婚式のアルバムを2冊見せてもらいました。 そうしたら急に部屋のドアを閉めると言ってきました。 雨が降って来たのです。モンスーンの季節なのです。 外で食事を振舞う用意をしていたので外の会場は店仕舞いで大変です。 私たちは部屋で食事をいただきました。 言い忘れました、私の運転手はキリスト教徒です。新婦もそうです。 よく見ると部屋にもキリスト様の絵が飾ってあります。 私は朝からどんな料理が出るのかが楽しみでした。 今までの結婚式は全てベジです。 ベジとノンベジの両方が用意してあるのかな。 出てきた食事は黄色いサフランライス(?)とチキンのカレー煮でした。 お腹空いていたものですから、残さずに食べました。 新郎が気を使いお代わり進めますが、残念もうお腹一杯でした。 訪問客も少しですが部屋に入ってきます。椅子は6脚しかありません。 私たちが3脚を占領しています。 子供連れ夫婦も部屋に入ってきて食事を始めました。子供はベッドの上で食べてます。 その父親が私の方をちらちら見てうちのスタッフにどこの国の人間か聞いています。 なんでもプネで空手を習っているそうです。紫帯とのことです。 習った先生はインド料理が苦手だったと言います。 辛い食事は大丈夫かと聞かれました。 私は答えました。『大丈夫です。毎日食べています。』 食事が終わり狭い部屋の少ない椅子を占領しているのが申し訳なくなりました。 外へ出ました。誰もいません。当然です。雨が降っています。 軒下で雨宿りしている同じく軒下にいた若者たちと目が合いました。 『ハーイ、レイン・ダンス』と声を掛けました。仲間を呼んできて本当に踊りだしました。 私にも来いとお誘い掛かります。私、当然行っちゃいます。 雨の中でインドの若者と踊ります。踊りは昔のサタディ・ナイト風。 若者のお尻に我が尻をスリスリします。これ受けました。もう30年以上も前のスタイルです。 カメラ持った人が出て来てフラッシュをたきます。私さらにポーズをつけて胸を反らせます。 硬い背骨、反らない、疲れますよ。高血圧だし。 みんな私の年知らないんだもの。 後ろで踊っている若者に前に出て来いといって私は下がります。 そして疲労困憊で軒下に戻って休憩。 これを2回繰り返して、踊らないうちのスタッフにもう帰ろうよと伝えます。 9時はとっくに過ぎています。新郎に挨拶し、踊る若者に手と腰を振ってさよならして会場を去りました。 これからが本題。『雨に濡れても』です。 3人で大雨の中をオートを求めて歩きます。 夕方に会社からアパートに戻った時、レンタカーの運転手に『ちょっと待っててね』と再確認しなかった私の責任です。反省しています。 ちょっとした油断がこんな大きな問題を引き起こすのです。 大通りに出ました。やっと来たオートを捕まえてスタッフが聞いています。 私のアパートの方角へ行くのは駄目らしいです。 隣に傘をさして立っている人がいました。インドにも傘を差す人がいるんだ。 スタッフ二人はハンカチで頭を覆っています。私は何にもありません。 […]