オランダ点描(2)運河

何百年も数知れず多くの人々が踏みしめ、あたかも石工が最初から磨き上げたように光沢と丸みを帯びた街なかの石畳の細い道。その道に沿って静かに水をたたえている運河。水面は地面からわずか20センチあるかなしかで、考えようによっては危なっかしい感じもしないではありませんが、水がごく身近にありむしろ親しみが感じられます。 同じ街なかのものでも、何百年前のシックな赤いレンガ造りの7-8階建の建物が両岸からこちらに玄関を向けて隙間なく立ち並ぶその間を縫うように造られた運河。観光客を乗せた運河めぐりの船がゆっくりと行きかいます。両岸の建物の前の幅の狭い道にくらべると、昔この運河が交通・輸送の面で果たした役割の大きさが容易に想像できます。 街なかから少し離れた閑静な住宅地で、道路に沿って路肩から始まる緩やかな草のスロープを下り自然に水の中に滑り込んでいきそうな運河。また、なぜこんなところにまでわざわざ水を引き込んでいるのかと思うように住宅ギリギリのところまで迫っています。水辺の住人にとって運河は道路代り、自前のボートで気軽に移動します。 さらに郊外に出ると、ところどころ牛や羊たちが悠々と草を食んでいる果てしなく広がる牧草地。その緑を切り裂いて遥かかなたの町まで続いている運河。 そんな運河も季節によって表情は変わります。冬ともなると、一面分厚い氷が張り詰め、あちこちの運河が子供たちのスケート場に早変わり。オランダ北部のフリースラント州では毎年ではありませんが、1月か2月の厳冬期に氷の張り具合を見定めて、まさに突然、Elfstedentocht(11都市巡り)という名の言わばスケートマラソンが開催されます。 その舞台は、Leuwarden市からスタートして各都市を運河伝いにめぐってスタート地点に帰ってくる全走行距離は200kmのコース。まだ薄暗い早朝にスタートしますが、なお夜になっても滑り続け暗闇のなかゴールする人も大勢います。滑る当人も大変ですが、それをコース沿いにサポートする家族・友人たちの苦労も並大抵ではありません。給水・食事・医療支援・トイレ休憩などなど。さらに、コース沿いの牧草地などは大勢の人で荒らされ放題、農家の人はお気の毒です。 夏場に運河で見られるのは、長い棒を持って運河を跳び越すFierljeppen(フィエルヤッペン)というオランダならではのユニークな遊びです。これは、春先、牧草地に野鳥(タゲリの一種)が産んだ卵を食用に採集する習慣があり、牧草地を区切る運河・水路を跳び越す手段として始まったということです。今では、夏場のスポーツになっています。 宮川直遠

運河~詩集「流体」より

運河 キャナールでは 何を話せばいいのか うねらないクラリネットは 膝ほどの水位 右足がもたついて カポックの蔭 女の人たちの名前は忘れてしまった 窓際に沈むにしても 泥の水面 運河の水はほとんど動かず 葉のまばらな木々と 電車の高架線路 藍色が恐ろしいほど深かった海水の 鮮やかな残像には 蔦がうつうつと伸びてくる 湾からコテージまで 船を入れるための運河 赤煉瓦で区画され 丘の上から見おろすと 雪の結晶の形に似て入り組んでいた その水には 人の声に反応してまっすぐに宙へ飛ぶ ずんぐりした魚が棲んでいた というのは夢想だったと 動かない水が自白をせまる いま通過する九両目 輪郭の消えた顔の渦が 影の帯となって運び去られる 遠くないビルの四階あたり 人体がたくさん裸体をさらしている 首のないのが 腹部にだけ肌着をつけている 影の帯も 数秒後それを見るだろう 濁り水の際に店を開き キャナールと名づけた人が それら人体の持ち主であると 動かない水が私にささやく 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。