しんごのキになる話⑳ 散歩していて気になる話の巻(その5)

インドネシア人は犬に触るのを嫌がると言われます。イスラム教では犬は豚と同様に汚れた動物であり、犬の湿った鼻先に悪魔が宿るといわれているからです。 しかし、朝、マンションの前の住宅地を散歩していると、数匹の犬を散歩させている若い男性たち三人に出合います。その住宅地に犬を10匹ほど飼っている家があり、そこの使用人たちのようです。 その家の前を通った時に、一匹の犬が吠えだすと他の犬もそれに倣って吠えはじめたことがありました。ある朝はその家の前に数多くの犬小屋が並べられ掃除しているところに出合いました。 インドネシアで犬を飼っている人は華人の金持ちが多いのではないでしょうか。犬が可愛いから飼うというより防犯のためでしょうね。 また、散歩中には首輪をつけていない野良犬の夫婦にも出会います。インドネシアは狂犬病汚染国ですから噛まれて狂犬病にならないよう野犬には近づかないよう気を付けています。 散歩中に見かける街路樹や庭に植えてある木々には実のなるものがあります。 私は小さな白い花をつけ、梨のように丸い実をつけている木がなんという名前だろう、その実は食べられるのだろうかと気になりました。 それで、その木の下で休んでいたガードマンに、ある時はその木が生えている家の人に、そして、会社の運転手にスマホの写真を見せて名前を尋ねたのですが、名前を知らないと言うのです。 しかし、そんな質問も「数撃てば当たる」で、会社の経理の女性主任に聞いてみると名前を知っていました。ビンタロという名前だというのです。 そして、彼女はその実は毒があって食べられない、食べたらお腹をこわす、というのです。 散歩していて気になる話の巻(その6)につづく  

しんごのキになる話⑲ 散歩していて気になる話の巻(その4)

歩いていていろいろな木や花を見ているとそれらの名前を知りたくなります。 スマホでワインのボトルの銘柄を撮影すると、その産地などの情報を教えてくれるアプリがあります。私は木や花の写真を撮るとその名前や情報がわかるアプリがないかと探してみました。 するとあるんですね。 花ばかりでなく昆虫もあるんですよ。進んでいるんですね。世の中は。 そのうちに写真を撮るだけでなんでもわかるアプリができてしまうんでしょうね。 でも、写真を撮るだけでその物や人のいろんな情報がわかるアプリが進化すると、ものすごいことになりますね。 料理を撮るとそのレシピがわかったり、スイカやメロンを撮るとその食べごろがわかったり、 競馬や競輪の馬券を撮ったら当たり券かどうかがわかるとか、 話している人を撮ると嘘を言っているかどうかがわかるとか、恋人同士の愛情度合いがわかるとか、そして、ついには寿命までわかる神のようなアプリができたりして。 いやいや、やっぱりそんなターミネーターの目のようなアプリはできない方がいいですよね。   散歩していて気になる話の巻(その5)につづく

しんごのキになる話⑱ 散歩していて気になる話の巻(その3)

道路上には花びらの他に化石状になったカエルやヘビがへばりついています。それらを踏みつけないように気を付けて歩く必要があります。それで、何か落ちていると、それらかなと思って一瞬ギョッとするのですが、よく見るとそうではなく木の実や、種の殻なのです。 ある家の前の道路に大きな幼虫のようなものが道路にうずくまっていました。それらが数個あったのでなんだろうとよく見ると、それはすぐそばの木の実が熟して落ちてきたものでした。 なんという木だろうと思って眺めていたら、そこの家の前に車が止まり、男の人が降りて来て、家の中に入って行こうとしました。それで、その人に「これは何という木ですか?」と聞いてみました。 インドネシア語で語りかけたのですが、彼はキョトンとしていました。 それで英語で聞いてみました。それでもはっきり答えてくれません。 それでも何とか話し続けていると、タイと言う単語が返ってきました。 そうかタイ人かと思い、タイ語を思い出しながら「ニィー アライ ナ カップ?(これ何?)」と聞くと、相手はびっくりして「タイ語ができるのか」と逆に私に聞いてきました。 私は「ニット・ノイ(少しだけ)」と答え、自分は日本人であるとか言うと、彼は子供がタイで日本の会社で働いているなど会話を続けました。 すると、その男の人は、その幼虫のような実を手で拾い上げ「これは食べられるのだ」と言うと、そのままかじり出しました。タイにもある木だと言いました。 後でネットで調べるとノニという木で南洋では食用や医薬品に使われ、日本でもジュースに加工され売られているそうです。 和名はヤエヤマアオキです。   散歩していて気になる話の巻(その4)につづく

しんごのキになる話⑯ 散歩していて気になる話の巻(その1)

インドネシアでも毎日散歩しています。 早朝に住宅地を散歩していると家の前の道路を清掃しているお手伝いさんや、車を洗っている運転手さんたちに出会います。 そして、ある朝、ガードマン二名が箒を持って道路を掃除している光景に出会いました。 びっくりしました。昔住んでいたインドではとても見られない、いや、考えられないことでした。 インド人はゴミを道に捨てるのは掃除をする人の仕事を作ってあげていると言い訳します。 また、インドでは田舎道の両側の野原は白い花が咲いたようにプラスチックの袋がたくさん落ちていました。不殺生の国ですから道路には牛や犬などの排泄物が落ちています。 インドに赴任早々に現地スタッフと車で出張した時に、彼が飲み干したペットボトルを車の窓を開けてポイ捨てしたので叱ったことがありました。 しかし、日本も昔からマナーが良かったとは言い切れません。それこそ走っている車や列車の窓から包み紙や、空き缶、タバコの吸い殻を捨てたりしていました。停車中にドアを開けて灰皿から吸い殻を捨てるのも見たことがありまし。掃除をする習慣はひと世代でなく、親から子へ、子から孫へとそれこそ三世代くらいかかって習慣となるよう躾られていくものだと思います。 インドネシアもあと二世代経つと通りにゴミがなくなり、きれいな家並みとなっているのでしょうね。 散歩していて気になる話の巻(その2)につづく