新加坡回想録(20)ワインとの出会いⅡ

ココア視察団一行が帰国した後、この人の言葉が妙に気になって、その後少しづつワインに関する本を読むようになった。ただ、いくら冊数を重ねて行っても、大体は同じ事ばかり書いてあり、自分の求める情報はなかなか得られずに2、3年が過ぎた。 帰国後も、時々は本屋に立ち寄ってワイン関連の本を読んでみたが、結果は同じであった。暫くして田崎真也が国際コンクールでの優勝(1995年)もありワインブームが起こった。シンガポールでのワイン通の一人と出会ってからもう7、8年経っていたが、まだ味がわからず旨いと思えないでいた。 これはもう飲むしかないと思い、片っ端から飲んでみることにした。といっても、高級ワインなど飲める身分でもないのでひたすら安いワインだ。安いワインでも有名な産地がそれぞれのブドウを使って製造しているので特徴はあるはずだと勝手に考えてとにかく数をこなしていく。 日本のワインの取り扱い業者は、海外のワインメーカとそれぞれの契約に基づいて輸入している。大手であっても一社で世界のあらゆる種類のワインを販売しているわけではない。求めるワインを購入するためには、そのワインを専門に取り扱っている輸入業者の販売店に行かなければならない。 それからは、暇に任せていくつものワイン販売店を回って歩くようになった。それと、新しい銘柄がある程度のロットで輸入されると、「試飲会」を開く会社があるのを知り参加してみることにした。試飲会でひとつよいことは、無料で試飲できるワインがあることの他に、有料でも、グラス1杯分だけの価格で安く試飲できることである。 随分長い間、本屋巡りを続けた後、ある日一冊の本と出合った。ワインの性格(バラエティ)を整理する方法として、著者は、世界の代表的なワイン製造国であるフランスの国土を4つの地方に分けて説明していた。原料である 葡萄の性質・性格はその土地の気候や土壌によって決まるが、フランスはこの4つの代表的な性格を説明するのに丁度よい要素を全て持っていたからである。 この本で腑に落ちたというか、まさに目からウロコの衝撃を受けてからは、もっとワインの世界に入ってみたくなった。因みに、その後の1年間で約200種類ほどのワインを飲んだ。勿論、安いものが中心だったが、時々少し値の張るものも試した。このことがきっかけで、私はワインの世界へまずます魅了されていった。 蘊蓄を語ろうが語るまいが、要は、美味しく飲めればそれでいい。そして、自分に合ったワインを早く見つけるには先人の経験を役立てぬ手はないし、自分の好みとの違いも分かる。もうひとつ、ビールなど別につまみがなくて、それだけ飲んで十分美味しい酒もあるが、ワインは料理と併せて飲むのが一番というのが私の結論になりつつある。それでも、まだまだわからないことばかり多く、ワインとは実に奥深い飲み物である。 (西 敏)

ワイン談義~「ワインと私」 松村隆太郎

毎日ワインを飲みます。どのくらい? ボトル半分がノルマ、時々1本・・・(家内も少なからず飲む)。その前に缶ビールを一つ。いつの間にかすっかりワインが生活必需品として定着してしまいました。赤ワインが心臓疾患の予防になるといういわゆる「フレンチパラドックス」(フランス人は肉やバターなど動物性脂肪をたくさん取るにもかかわらず、心臓疾患による死亡率が低いのは赤ワインを飲むからだという説)に影響され薬として飲んでいるわけではなく、ただ単に好きなのです。それにこの数年は赤と違って、殺菌作用があるだけとされる白ワインに傾倒しています。 「いつの間にか」となんとなく書きましたが、思い返してみると実際には40年余にも亘る経緯があるのに気づきました。 20歳: 下戸だった父がよくもらってくるポルトガルのロゼワインのラベルに記された「果実酒」という言葉に不思議な印象は持ったものの味には興味なし。 日本酒党。 22歳: 商社に入社。相変わらず日本酒党でワインといえばドイツの甘めの白ワイン、新宿伊勢丹にあった十勝ワイン(ロゼ)の店が記憶にある程度。 26歳: 4年間ベルギー駐在。肉とワインと初めて接するフランス語という生活に浸り(注:もちろん仕事もそれなりにしてはいました)、美食の国ベルギーでだんだん赤ワインの魅力にとりつかれ、帰国後には飲めなかろうと時々少々値の張るのも混ぜながら連日赤ワインの日々を送る。白ワインには興味なし。 30歳: 帰国後、日本産ワインに幻滅、予感通り高い輸入ワインには手が出ず日本酒党に完全復帰し郷に入っては郷に従いを実践。 38歳: 米国出張が続きワインで有名な西海岸のナパ、ソノマを訪れワインへ復帰の兆しあり。 41歳: 10年振りのベルギー、フランス訪問を機にワインへの復帰を決定。 45歳: 日本酒を飲む度に睡眠時無呼吸症候群を発症。日本酒を完全に断ち今日に至る。 ワインの神様に操られたような気もしますが、落ち着くところに落ち着いた感があります。ところで、ワインといえば乾杯でグラス同士の「チン」、なぜするのでしょう? 「そもそもマナー違反」から始まって諸説ありますが、私が一番気に入っているのは: 「ワインがグラスに注がれるのをじっと見つめる。ルビー色、黄金色、或いはピンク・・・」、 「繊細なグラスを手にとって重さを感じ」、「少し廻してワインを空気に触れさせ本来の味を引き出すとともにグラスに溜めた香りを確かめ」、「最初の一口を含んで舌先で転がして味わって」、「飲み込んだら喉越しで鼻に抜け出るさらに深みのある香りを楽しむ」。 見て、触って、嗅いで、味わってまた嗅ぐ。おやっ、何か足りない? 視覚、触覚、嗅覚、味覚があるのに「聴覚」がありません。そこでそれを補うために「チン」するのです。そしてやっぱり合言葉は「Santé !」(健康を祈って:サンテというより鼻に抜けたスォンテくらいの発音の方がフランスっぽい)。 そうです、五感を駆使して楽しむのがワインです。 松村隆太郎

フランスあれこれ(4)ワインで乾杯!

昔むかしの話。「うちの孫はワインを飲みたくないという、困ったものだよ。昔は子供も少し水で割ったワインを飲んだものだ。孫はコカが良いと言うんだ。」「お年は?」「7才だけど」(コカとはコカコーラのこと)かくしてフランスでは子供の時からワインの味を覚えるのだと思った次第です。 パリに赴任した直後、郊外のマンション3階に住んだのですが、すぐ近くを確かシトローエンという自動車メーカの鉄道輸送用の側線が通っていました。一日2~3便程度長い貨物列車が車を積んで通行しました。私が目にしたのだから多分日曜日、線路工夫が保守点検をしていましたが、線路の脇にワインボトルが見えました。 事務所には車で通勤していましたが、一年に何度かパリの出口で一斉検問があります。パリ市内で重大事件が発生した時などの対応策です。結構渋滞して窓越に身分証明を要求され、時にはトランクを開けろと言われます。当時は飲酒運転でしたが、この点は全く問題になりません。第一、検問しているポリスが足元にワインボトルを置いていたくらいです。 私の古い友人でルイさんというポリテク卒業生がいます。エコール・ポリテクニックというナポレオン創設と言われる秀才を集めた技術系の大学です。この学校を卒業すると末は大臣、高級官吏、或いは大会社の社長と言われています。(話題の日産ルノーのゴーンさんも同校卒業生) この学校では一年に一度パリの中心にあるオペラ座を借り切ってダンスパーティーが開催されるそうです。卒業生やその家族、そして現役学生も加わって大変盛況だそうです。卒業生は優秀な後輩を知るため、学生は将来の就職のため先輩と知り合いになりたいなどそれぞれに思惑があるようですが、何よりも重要なのは娘の伴侶を見つける、そして男どもはそんな彼女を見つけるためと言われています。そこで学生は懸命にある勉強をすると言います。勉強のテーマは「ワイン」です。ワインの話で家庭が判るということでしょう。 数年前その友人ルイさんが日本にやって来た時の話。最近日本酒「獺祭」がパリで大変人気を呼んでいると聞きました。私は耳にしたことのないブランドだったので、彼の発音では「ダッサイ」それとも「ザッサイ」?どちらの発音か不明でした。しばらくして品川で飲み会があり、安いチェーンの飲み屋でまさかと思いながらこの発音のお酒があるかどうか聞いてみました。それがあったのです!店に残る最後の一本、350ccのボトルでした。とにかく安い酒だったという事でしょう。 友人の話によるとまずアメリカで流行したらしいが最近パリの高級サラリーマンがランチの折、従来のグラスワインに代えてこの日本酒を好んで注文するようです。正直、世の中も変わったものだという思いでした。アメリカの酒類はすべて海外から、そして何もかも色々ブレンドしてカクテルにしたり、ソーダや水で割って飲むのが普通だったからです。 本来アルコールドリンクはそのまま頂くのが本来の味を楽しむことではないかと思っていたので、昨今と言わず戦後長く日本もアメリカの影響を受けて水割りやソーダ割を飲んでいたはずです。昨今は逆に日本のお酒がアメリカ経由でヨーロッパに行くなんて文化逆流の時代だという思いです。 さてここからは私の理屈です。結論を申し上げれば人がワインを選ぶのではなく、ワインが人を選ぶということです。私はレストランでワインを選ぶとき一度あのワインを飲みたいとか今度はこちらにしてみようとか余り考えたことはありません。素直にソムリエさんにおすすめを聞くことにします。 ソムリエさんというのはレストランのドリンク専門、そして私の注文をちゃんと知っていてそれに適したワインを勧めてくれます。ランチタイムのカフェレストランではハウスワインを頂くことにします。その日のランチに一番適したワインを今日のハウスワインとして提供しています。要は安くて料理にぴったりという理屈です。 レストランでワインを注文するとソムリエさんが注文主のグラスにほんの少しのワインを入れて味見を依頼します。デギュスタシオンと言いますが、味の確認とコルク屑をゲストのグラスに入れない配慮、更にもう一つ毒味の意味があると聞いています。 日本では乾杯!と言ってグラスをチーンと当てあってスタートしますが、向こうでは軽くグラスを挙げるだけです。テーブルはそんなに狭くないとかグラスに入っているワインの量が多いからこぼれる、或いは高級グラスに傷をつけたくないとか、まあそれが習慣ということです。 ボトルが空に近づいたとき、ボトルの最後の一滴を相手のグラスに「あなたに幸せを!」と言って注ぎます。最後の一滴を貰うと幸運が来るとか、年内に彼女が出来るとか適当な理屈で、要は「これでお終い!」と宣言する訳です。 私のワインボトルも底に近づきました。この残りをあなたのグラスに、そして「良いお年を!」と申し上げます。