映画「はちどり」(韓国2019年)を観てのツブヤキ その4。

作品リスト:順不同、ジャンル不同です。※「」は邦題、()内の数字は日本公開年です。 「パラサイト 半地下の家族」(2019)、「1987、ある闘いの真実」(2018)、「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2017)、「ペパーミント・キャンディー」(1999)、 「テロ・ライブ」(2015)、「シュリ」(2000)、「JSA」(2011)、「ベルリンファイル」(2013)、「黒金星」(2018)、「22年目の記憶」(2014)、「レッドファミリー」(2013)、「密偵」(2016)、 「アシュラ」(2016)、「犯罪都市」(2018)、「アンダー・ザ・ドック(二人の男)」(2016)、 「悪女」(2018)、「オールドボーイ」(2003)、「チェイサー」(2009)、「殺人者の記憶法」(2017)、「新感染」(2017)、「グエル漢江の怪物」(2006)、 「コクソン哭声」(2017)、 「グッバイシングル」(2016)、「ラッキーLuck-Key」(2017)、「母なる証明」(2019)、「国際市場であいましょう」(2015)、 以下は変化球的な作品です。 韓国製作の作品では無いものもありますが韓国の「カケラ」が見られるかも~。 「オクジョ」(2017)、「シンクロナイズドモンスター」(2016)、「スノーピアサー」(2017)、「ある優しい殺人者の記憶」(2014)←日本人監督のワンカメラ的な作品です。 それではまた~。 映画「はちどり」(韓国2019年)を観てのツブヤキは、 以上です。

映画「はちどり」(韓国2019年)を観てのツブヤキ その3。

先に投稿しましたその1、その2をあらためて読み返してみたら、あれ?誤字脱字が!あれ~です。 鳥のハチドリの羽ばたき、毎秒は80回ですね(^-^)。それでも凄まじい。 主人公の女子中学生の気持ちは、80万回羽ばたいている感じなんです(^-^)。 韓国映画は、甘いモノ(ロマンス、ファンタジー、コメディなど)は、とっても甘く。辛いモノ(サスペンス、クライム、バイオレンスなど)は、とっても辛いです。と言う味付けのモノが多いかもしれません。 作品によって好き嫌いが別れることがあるように思います。 「はちどり」は、その中にあって淡々と流れるストーリーに惹きつけられ、あっ?と言う間の120分超です。 「はちどり」には見られませんでしたが、韓国映画での雨の映像表現、とっても気になってしまいます。雨の描き方には何か特徴があり、何か凶暴な意思のようモノを纏っている時があります。 また、地形の高低や坂にも意味を持たせているように感じます。生活や心の貧富の表現として巧みに使われていると感じるときがあります。 「パラサイト~」、「コクソン哭声」、「チェイサー」、「アシュラ」、「殺人者の記憶法」、「ある優しい殺人者の記憶」、「グエル」を見ると何となくわかります。 私は韓国映画をそんなに観ている方ではありませんが、過去に観ました作品で気になり記憶に残った作品を巻末にリストしてみます。R15、R18作品も含んでいます。 やはり、甘い作品はトコトン甘く、辛い作品はトンデモナク辛いです。DVDではなく映画館のスクリーンと言う非日常空間で観るのが本当は良いんですよね。 もし作品が意に反してグロテスクだったりエロチックだったり怖かったしても、映画館の暗転から解放され映画館を出て家路に就く途中で浄化され薄まっていくので自宅のなかに持ち込まなくてすんだりします~(^-^)。 映画作品を観て「わからない」と思うことや「わからない」場面があっても、「わからない」は否定的な意味ばかりではないです。 色調、映像、構図、音楽でも、それ以外のことでも自身の印象に残るものがあれば良いと思います。 韓国のエンターテイメントは「冬ソナ」や「愛の不時着」だけではない~。 その4へ、つづく~。

映画「はちどり」(韓国2019年)を観てのツブヤキ その2。

七月、まだ梅雨でした。映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を観に映画館へ行ったのですが上映予定時間があわず、かわりにフッと観た作品が「はちどり」でした。 「はちどり」は2019年韓国公開の映画です。2019年と言えば「パラサイト 半地下の家族」と同じ年になります。 「パラサイト~」はアカデミー賞受賞作品ですので観られた方も少なくはないと思います。様々な意味で好き嫌いのわかれる作品かもしれません。 「はちどり」は韓国国内で「パラサイト~」に次ぐ興行成績だった作品です。1994年が舞台です。主人公の14歳の女子中学生を透して見た韓国社会(日常)を描いています。 ソウル五輪が確か1988年、80年代のニュースで私の記憶にあるのはソウル市内の大手百貨店の建物が崩落したのを今でも覚えています。凄い光景だった。 韓国は当時、軍事政権下でした。そこから徐々に民主化されていったことを思い出しました。まだ、民主化されて30年あまりなんだとあらためて思いました。 その頃の94年を生き日常を過ごす女子中学生(中学二年生)の眼から観た家族、友人、学校、大人などを描いています。 映画のはじめの方は主人公の目線での物語で進みます。終盤に近くにしたがい、ひとりの女子中学生の目線と言うのではなく普遍的な「何か」を映画を観る者に感じさせるようになります。不思議な作品です。 主人公の女子中学生の後ろ姿の映像が多いです。この後ろ姿で語られていることは何?かしら、気になりますね。 また主人公の母親のカットが印象的です。この画がカットが示す意味は?気になりますね。 主人公、友人、母、姉、クラスメイト、彼氏の母、塾の先生、その先生の母、など女性が多く出てきます。韓国社会の中での女性のことを描いた映画でもあります。 1994年当時、韓国はすでに日常はハングルのはずと思うのですが、女子中学生が学習塾以外に漢文塾(漢詩)に普通に通っている。韓国文化の底に流れる「何か」を感じられます。 題名の「はちどり」も不思議ですね。はちどりは世界で一番小さな「鳥」です。「鳥」なのに花の蜜を吸います。 そして、小さな体で1秒間に80回も羽ばたく小さな「鳥」です。でも決して、か弱くない。 映画を見終わったあとに、この題名がなんとなくじんわりと解ってきます。 その3へ、つづく~。

映画「はちどり」(韓国2019年)を観てのツブヤキ その1。

『映画に混ざる「カケラ」』 映画に限ったことではないと思いますが、人が生み落としました作品タチ(音楽、美術、文学、演劇、舞踊などなど)には、その時その場のなにがしらかの「カケラ」が混ざり込んでいる(映り込んでいる)ように感じます。 *「カケラ」(=欠片、一片、一端、薄片、断片、切れ端、微粒子などなど)。 もちろん、映画に描かれていること語られていることが全て正しいわけではありません。 でも、そこには真実の「カケラ」、創り出された時(時代)や場所(空気)の「カケラ」が混ざり込んでいます。それら「カケラ」は映画の作り手タチ、特に監督が見て観察した様々な何かの「カケラ」です。 映画ですと、その時(時代)その場(空気)を観てその場に居ないと脚本は書けないし撮れないように思います。映画監督は、社会(時代)を観察しないと出来ない仕事だから、その時代の「カケラ」が映画には混ざり込みます。 その「カケラ」は時には国家、民族、歴史、宗教、文化、民俗、価値観などなどを表すモノでしたりもします。 ある人は言います「芸術家の使命は観察が出来る人、観察をする人」。 映画作品を観て楽しみ、見終わった後に落ち着いてから自分の「眼」で「カケラ」を探してみましょう~(^-^)。 その2へ、つづく~。