シンゴ旅日記インド編(98)ワテは運転手 倒れつながりの巻

ワテは運転手でんねん、ご主人は日本人ですわ。 先週は大変でしたわな、雨季がやっと来たかなと思ったら、大雨ですがな。 そやそや、会社からの帰りですわ。 いつも、社長さんを先に降ろして、そして日本人社員おふたりさんをお届けするんですわ。 朝はその逆ですけどね。 社長さんのアパートは町の中やのうで、植物園や競馬場の近くなんでっせ。 近くにちっちゃいお店があるだけですわ。 そんでもって、大きい道から、ちょっと小道に入らなアカンのですわ。 先週の帰りに、その小道に入りましたらな、すぐ前にいた乗用車が急停車して、Uターンを始めましたんや。またかいな、インド人特有の行き先間違いかいな、と思って車停めて待ってたんですわ。 そんで、その乗用車が後ろに行きよったさかいに、前に出ようとしたら、あきませんがな、木が倒れて道を塞いでましたんや。 これやったんかいな、乗用車がUターンしたんわ、と思いましたわ。 ワテらも、Uターンですわ。 路地にバックして、Uターンしようとしましたらな、社長さんが、ちょっと待てちゅうて、車を降りて写真を撮りに行かはりましたわ。 そんで、Uターンして大きい道に戻って、もう一本先の道を右に回って、軍人さんの住宅街を通り抜けて社長さんのアパートへの道に出ましたがな。 社長さんな、こんな抜け道があったんかちゅうて、窓から外を見てはりましたわ。 そして、そやそや、ここで会社からの道とぶつかるんや、休みの日には時々ここを自転車で通っとるちゅうて言わはりましたわ。社長さんのアパートから日本人おふたりさんのアパートへ行くんは、来た道と違う方向へ行くさかい、木が倒れとった道は通らんでエエのですわ。 そんで、次の日の朝ですわ。社長さんを迎えに行って、前の日の道を通りますとな、通れましたんや。 倒れた木が車が通れる位に切ってありましたんや。 社長さんな、ちょっと車を止めぇって言わはって、また写真撮影でんがな。お好きですな写真撮るのが。 そんで、その日は午前中に、珍しく社長さんと営業マンが車の一時間のお客さんところに行くことになりましたんや。 なんでも機械の据付状況の確認らしいですわ。 そんで、お客さんのとこに行って、用事が済んで、事務所に戻るんが、昼をちょっと過ぎたんで、ランチを買って帰ろうちゅうことになったんですわ。 ワテがいつもノンベジのランチを買う店に行きましたんや。そんで道端に車を停めて、ワテはランチ買いに出て、社長さんと営業マンが車の中で待ってましたんや。 ワテが、ランチを買って、持って、車に戻りますとね、社長さんが、車の外に出ておって、歩道に立ってますんや。なんやろうなて思うたら、ここも雨で木が倒れてて、その木がノコギリで刻んでありましたんや。 社長さんの側に行きましたな、社長さんがちょっと見てみい、この木は幹がえぐれてる木で、そこに歩道を掃除するホウキなんかがしまえるようになっておる。そして、集めたゴミをそこで燃やした跡があるって言わはるんですわ。ワテはそんなもんかなあって思って、ランチ持って車に乗りましたわ。   車に戻った社長さんが言ってはりましたわ。 シンガポールやタイでもそうやった、日が射すから、雨に濡れるからと言って木陰に車を置いて、戻って来ると、大きな枝が車の上に落っこちて来ておったりしたそうですわ。 先週は、そやそや、社長さんがデジタル表示のメーターが付いたオートの話題もありますわ。 ワテら、滅多にオートに乗らへんから、知らんへんかったけど、デジタルのメーターが付いたオートが、最近はあるらしいでんな。 その日は、あれですわ。ワテ、最近ちゅうか、雨季になりますとな、痛めた右肩が痛みますんや。 ディスロケーション、つまり脱臼したことがあるんですわ。 昔、教会で高いとこに飾り付けしようとして、落っこちて脱臼したんですわ。 そんで、その日は午後から医者に行くちゅうて、会社を早引きさせてもらったんですわ。 そんで、社長さんや日本人社員さんはオートでアパートに帰りなはったんですわ。 その次の日ですわ、社長さんを迎えに行くと、社長さんな、ドア開けて、席につくなり、乗ったでぇ、乗ったでぇ、デジタル表示のメーターが付いてオートに乗ったでぇ、って興奮してじゃべり始めたんでっせ。そして、日本人社員さんにしつこい位、何が書いてかった、料金体系はこうやったって説明してはりましたわ。それから、社長さん、デジタルと違って、旧式のオートのメーターの場合は距離が表示されておって、オートを降りる時には、運転手が体を後ろに向いてメーターで距離を確認して、料金換算表をポケットから出して、いくらやって言うとか、社長さんのアパートからモールに買い物に行くと、行きはメーター料金で支払ったけど、帰りにモールのオート乗り場では、社長さんのアパートに行くとその帰りにお客がいないちゅうて三倍もの料金をふっかけられるとか話してはりましたで。 社長さん、そんなに、興奮するほど、デジタルのオートの料金表が珍しいんでっしゃろかなぁ。 しょうがおませんわな。社長さんアナログの人やし、携帯やでもノキアとプロバイダーの違いをご存知ないし、パソコン見てはって、ニュースが読めるのに、なぜメールができんのやって、ハードとソフトとプロバイダーがごっちゃ混ぜになってる人やから、仕方がおませんな。 今日の話でっか、木も倒れるし、メーターも倒すさかいに、倒れつながりちゅう話でんな。 ほな、さいなら。えっ、今日はえらい短い話やないかってですか。 ほな、おまけですわ。オートの料金の説明をしまっさ。1ルピーは1.4円で計算して下さいな。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(97)ワテは運転手 携帯置忘れの巻

ワテは運転手でんねん。社長さんは日本人ですわ。ちょっとボケというか、物忘れが多い人ですわ。 何でかちゅうとね、しょっちゅうやないけど、アパートの鍵は忘れる、ガスコンロの火を止めたか心配や、バンガロールの空港でインターネットのモデムを置き忘れる、海外行くのにパスポートは忘れる、それに、この前なんか携帯をコチ空港の充電台の上に忘れてプネに戻って来はったんでっせ。 その日は日曜日やったけど、ワテお迎えに行ったんですわ。 そんで、いつものように空港の外で社長さんから電話があるんを待ってたんですわ。 プネの空港な、ビルの側に車を止めることができんのですわ。 ちょっと止まるだけで、すぐに警備ちゅうか軍人さんみたいな人が来て、早う車を動かせーて、うるさいんですわ。 そやから、いったん空港を出て、また入ってと、ぐるぐる回ったりすることもありますんや。 そやけど到着時間がとっくに過ぎても、社長さんからの電話がおませんのや。 そんで、こっちから電話したら、なかなか出んのですわ。 何回かかけ直していると『誰や、お前は』ちゅう声が聞こえましたんや。 びっくりですわ。てっきり社長さんが、ちょっと荷物が出てくるのが遅れてるとか、今着いたとこやちゅうて言わはるかと思てたのに、『誰や、お前は』ですわ。 そんで、その電話の主にその携帯は私のボスのものですちゅうて、話をし出すと、どうも携帯がコチの空港の充電台に置いてあったらしゅうて、電話に出た人は空港の人やったみたいですわ。 そんで、その人は社長さんが乗らはった飛行機会社SpiceJetの人から連絡があって、待合室の携帯充電台に電話の忘れもんがあったんで、それを今さっき預かっておるちゅう話でしたわ。 社長さん、また、やりはったなって思いましたんや。 それで、社長さんは携帯がないもんで電話してこんのやわと思(おも)たんですわ。 そやから、車を空港の外の駐車場に入れて、到着出迎えのところにいきましたんや。 そうして待っておったら、社長さんが荷物転がして出てきはりましたわ。 すまん、すまん、携帯をコチの空港に忘れたって言わはるんですわ。 そんで、荷物を持ってあげて、駐車場まで歩いて行って、車に乗ったら、それからは、社長さんのおしゃべりですわ。ワテからいかにワテが心配しておったちゅう話をする間がおませでしたんや。   社長さんな、コチの空港で搭乗券をもらった時に、まず、こりゃアカンと思いなはったらしいですわ。 座席番号が13Aやったんやて。 社長さんな、コチへは本社の人と一緒に行かはったんですわ。その人はチェンナイに戻るんやけど、コチ空港を飛び立つ時間がほとんど一緒やったから、ホテルから空港へ一緒に行ったんですって。 そしたら、その人はエンジニアでパソコン以外にもなんやかんや電子機器をいっぱいカバンに詰めてはったんやて。 それに、その人はタバコを吸う人で、背広の内ポケットにライターを一個内緒で入れて置いたんやて。 インドではライター一個でも、飛行機への持ち込み禁止なんを、その人は知っておったんやけど、まあ見つかってもライター一個やて、思ってたそうですわ。 そんで、社長さんがボディ・チェックを先に済ませて近くで待っておったら、その本社の人は、ライターは見つかって取り上げられるわ、カバンは全部ひっくり返して中身をまたX線の機械にいれらるわで、検査が終わるのに時間が掛かりそうやったちゅうんですわ。 そんで、社長さんな、待合室に先に入って、ぐるぐる歩いて見とったら、携帯の充電台があって、線が何本も出てたんを見て、自分の携帯のバッテリーの残りが少ないことが気になっていたんで、携帯にピンを差し込んで台の上に置いたらしいですわ。 そうしたら、本社の人が検査を終えて待合室に来たんで、そのまんま、その人の側に行って、混んでる待合室で二人座れる席を探してコチの町はよかったなあって、話とったら、すぐに社長さんの乗るプネ行きの搭乗案内があったんで、ゲートに向かって飛行機に乗ったんやて。 13のAの席な、窓際やったけど、ちょうど窓のない席やったんやて。 社長さんな、これが13Aの縁起の悪いもんかって思ったんやて。 しゃあないから本を読んでいこうと思って、通路側に、まだ誰も座っておらへんかったんで、通路に出て、それ、あの、頭の上の棚、そうそう、オーバーヘッド・コンパートメントちゅうんですか、そこに入れたカバンから日本の文庫本を取り出して、本を読み始めたんやて。 そして、客がどんどん入って来て、通路側の座席に太った人が座ったんやて、真ん中の席は誰も座らんかったそうですわ。 そんで、社長さん、いつものように携帯のモードGENERALからFLIGHTに変えようと胸ポケット触っても携帯がなかったんで、あれっと思って足元に置いた肩かけカバンの中を見ても携帯がなかったんやて、おかしいなあ、携帯はチェックインする前に、運転手、ワテのことですわ、にかけたはずやし、X線の機械を通す時に携帯を肩かけカバンの中にいれたはずやし、あっ、そうや、充電台に置いたまんまやって思い出したんですって。 空港のゲートから飛行機までは歩いて来たし、まだ、タラップが掛かっておるし、出発まで10分以上もあるしと思うて、飛行機の入口まで行こうとしたんやて。 そんで、通路側に座ってた太った人に『すみません、すみません』ちゅうて通らせて貰おうとしたら、その人は一旦締めたシートベルトを手間取って外しながら『What Happened?』って聞かはったらしいですわ。そして、めんどくさそうに通路に立って、社長さんを通してくれたんやて。 社長さんな、入口まで狭い通路を急いで歩いて、タラップの上にいる3人の乗務員に携帯を空港に忘れた、行って取ってくるちゅうたんですって。 そしたら、もうアカン、行くことはできん、携帯のモデルは何や、色は何や、どこら辺に置いたんかちゅうて聞かれたそうですわ。 社長さんな、乗務員の人が取って来てくれると思ったんやて。 そして、席に戻りなさいって言われたんで、また狭い通路を歩いて13の列に行って、また13Cの太った人に、めんどくさそうに立ってもらって13Aの窓のない席に座ったんやて。 13Cの太った人が、社長さんにあんたは日本人か、どうしたんやと聞かれたんで、社長さんは、日本人です、携帯を空港に忘れましたって答えたそうですわ。そうしたら、その13Cの人は通路を挟んだ 13Dの奥さんみたいな人に、社長さんのことを説明してはったそうですわ。 そして、社長さんが、その13Cの人と話をすると、その人はデリーの人で、13のD・E・Fに座ってる家族の人たちとコチに三日間の休暇で来てたらしいですわ。 社長さんは、乗務員から何にも連絡がないし、タラップが外れかけたんで、心配そうな顔をしたら、13Cの人が頭の上の乗務員呼び出しのボタンを押してくれたんやて。 そしたら、CAが席にやって来たんで、社長さんが、私の携帯は見つかりましたかって聞いたら『We can’t find it.』 って言ったんやて。そんで、とうとう離陸やったそうですわ。 社長さんな、コチは初めてのところなんで、窓際に座って飛び立つ時にコチの景色を写真に取ろうと思てたのに、窓はあらへんし、大事な商売道具の携帯は忘れるわで、落ち込んでおったらしいですんや。 そんで、インドで携帯を失くしても出て来るのやろか、空港で失くしたから大丈夫やろか、けど、シンガポール時代に携帯を失くしたお友達が、一日経って携帯の紛失届けを出したけど、その一日の間に中近東かどこかに通話されておって、どえらい通話料を取られたことを思い出したり、いや、二時間でプネに着くさかい、そしたら、運転手、ワテのことですわ、に言うて、すぐにキャンセルすればエエのや、インドは同じ番号で再登録できるはずや、っていろいろ考えてはったらしいですわ。   そんで、ちょっとは落ち着いたら、ホテルから空港に来る間の車のなかで、本社からの出張者さんが、用意してくれて、全部飲んでもたペットボトルの水が効いて来て、おトイレに行きたくなったんやて。 そんで、おトイレに行こうと13Cの人を見たら、その人は顔を上に向けて、いびきをかいて寝てはったんやて。 社長さんな、その人を起こすのもなんやと思って、我慢しようと思いなはったらしいわ。 そやけど、飛び立って30分位経って、プネへは、まだ1時間半あるって思ったら我慢できんようになって、13Cの人に近づいて、そん人の肩を叩いて起こして、まだめんどくさそうに立ってもらって、トイレに行って用を済ましたんやて。 そんで、自分の席に戻ろうと思ったら、13Cの人はまた、ぐっすり寝込んではったんで、手ェーを伸ばして、13Bの席に置いてあったご自分の肩掛けカバンをとって、二つ前の空いてる席に座ったんやて。その間、13Cの席の人は寝たままやったそうですわ。 二つ前の列だけAからFまで席が空いてたそうですわ。 さあ、窓際に座って外の景色をと思ったら、背もたれのところにある折りたたみのテーブルが壊れておってガムテープで留めてあったそうですわ。 それに、外はもう雲の上の方を飛んでるんで、写真も撮れんので、11のB席に座って寝ていったそうですわ。 プネに降りるちゅう放送で目を覚まして、運転手が待っておるやろな、どうやって連絡しようか、それよりもSpiceJetの事務所が先やなと思いなが着陸するんを待ったんやて。 社長さんな、着陸してからの『携帯は空港ビルまでスイッチを入れないでください』ちゅう放送にちょっとさみしさを感じたんやて。そんで、周りで喧しく鳴る携帯の音にいらついたらしいですわ。 そんで皆と同じように席を立って、通路に並んで、通路をちょっと戻ってカバンをオーバー・ヘッド・コンパートメントから取り出した、降りるのをまったんやって。ドアが開いて、出口に向かうと、出発した時に携帯が見つかったかどうかを尋ねたCAがタラップの下のスタッフにどうしたらいいか聞いて下さいと言ったんやて。タラップの下では係りの人が搭乗券をチェックしてたんですわ。 社長さんらが乗らはったフライトはプネを経由してデリーまで行くさかいに、間違って降りる人がいないように搭乗券をチェックしてまんのやて。 社長さんな、そのタラップの下の人に携帯をコチ空港に忘れたんやけどちゅうと、その人は降りる人の搭乗券を確認しながら、『手荷物を受け取ってからSpiceJetの事務所に行って下さい』て言ったんやて。 社長さんな、一旦は荷物取り場に行ったんやけど、荷物が出てくるのが待てんさかいで、SpiceJetの空港内事務所に行ったんやて。 そしたら、係りの女性が親切に聞いてくれて、コチの空港に電話して確認するさかい、ちょっと待ってくださいって言われたんで、また荷物取り場に行って、カバンをとってSpiceJetの事務所に戻ってきて、返事を待ったんやて。結構、時間がかかったそうですわ。 その間に窓越しに、ワテが車の中で電話しているのが見えたそうですわ。 でも、声が届かんし、まどろっこしいなぁて思たんやて。 そやけど、空港内には駐車ができんから、ワテの車は外に出ていったそうですわ。 そのうちに、コチから乗った飛行機の乗務員の人たちも事務所に来て、なんや記帳して出て行ったりしたんやて。その中には携帯が見つかったどうか聞いたCAもいたんやて。 そんで社長さん、待っておったら、ハンドトーキーみたいな電話を持った男の掛かりの人が来て、あたたの電話が見つかりました。Authorization Letterを書いて下さいって言われたんやて。 何や、それは、って社長さんは思いなはったんやて。 そしたらその係りの人が真っ白なA4用紙を持って来て、ここに、コチ空港関係者様から始まって、私は空港に電話を置き忘れました、SpiceJetの係りのものに受け取りを委任します。携帯のモデルはノキア、色は黒って書いて名前を書いてサインをしたんやって。 そんで、明日のフライトでプネに到着すると思うから本人か代理の人が取りに来てくださいと言われたそうですわ。 そんで、やっと、ホットして出口に向かって急ぎ足で来て、外で待ってたワテと出会えてちゅう寸法ですわ。長い話ですわ。アパートに着くまでその話ばっかでしたわ。 ただ、途中で美味しいインド・ワイン買うちゅうてリッカーショップとタマゴが要るちゅうて、タマゴ屋に寄りましたけどね。 社長さんな、物忘れが多いもんで、ご自分で色々と対応策ちゅうのを考えてはるらしいでっせ。 社長さんな、ちょっと高血圧で、毎朝二錠づつ、お薬飲まなアカンらしいんでっせ。 そんでも、時々飲むのを忘れるんやて。 そやから錠剤の入った薄っぺらい入れもんの裏にマーカーで日にちを書いて、飲んだか、飲まんかったか調べてはるらしいですわ。 特に、出張に行った時や、飲みすぎた翌日は、薬を飲むのを忘れるちゅうことらしいですわ。 そういえば、前の社長さんも、玄関に『携帯、手帳、ハンカチ、財布、、』って書いた紙を玄関横に貼ってはりましたわ。 ワテでっか、物忘れなんかしませんで。けど、今朝、社長さんから『会社で飲むコーヒー用の砂糖を明日買って、朝持ってきますって言ったのに、なぜ買ってこなかったのですか』って聞かれましたわ。 ワテは、すんませんって小さな声で謝りましたけど、昨日の帰りがけは、買って来るつもりやってんでっせ。そやけと、そんなん、ワテはチャイしか飲まんし、会社に来てから買いに行けばエエと思ったし、急ぎのことやないと思ったんでっせ、えっ、これを物忘れちゅうんですか。 ちゃうとおもうけどなあ。無関心ちゅうやつやろか。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(96)ワテは運転手 国勢調査の巻

ワテは会社の運転手でんねん。 えっ、何やてですか? ワテがどうやって車の免許を取ったのかってですか? 言ってもエエのやろか、言わん方がエエのやろか、はたまた、言ってもエエのやろか。 ワテな、正規の手続きで免許を取ったんとは違いますねん。 それはワテが15,16才の頃ですわ。 そのころはまだ親父(おやじ)が生きておって、車を持っておりましたんや。 親父ですか、チェンナイ生まれですけどね、プネのTATA自動車に勤めておったんですわ。 メカニックですわ。ワテの親父って結構苦労しはった人ですねん。 そんで、そのころ、ワテな、親父の車をちょっと借りてわ、乗り回しておったんですわ。 若いときはちょっとワルでしたんやで。 その頃のワテな。今は飲みませんけどな、ウィスキーをようけ飲んでましたんやで。 そやから、今の社長さんの二日酔いの気持ちもよう分りますんや。 車の免許でっか、ホンマやったら、まず試験所に行って、簡単な交通規則をYes、Noのボタンで押して規則を知ってるかがチェックされ、その場でOKかそうや無いか決まるんですわ。そして、一ヶ月間の仮免許がもらえるんですわ。その間に助手席にブレーキが付いとる車に指導員に乗ってもらって、一ヶ月後のテストでOKが出れば、免許がもらえるんでっせ。 けどな、ワテは代理店を通じて免許を買うたんです。 インドは昔も免許を取れるのは18歳以上やったけど、ワテは16歳で取った、いえ、買うたんです。 払ったお金はたしか2000ルピーでしたわ。 免許証と言えば、インドはIDカード、納税番号カード(PAN)、ガスボンベ購入証明書やいろんな証明カードが必要なんですわ。今度も新しいカードが出来たんでっせ。Aadhaarって言いますんや。 これな10年に一回な、1のつく年に国民みんなの調査、そうそう国勢調査(センサス)があってな、そのためやそうですわ。今までのいろんな証明書が、ひとつになるんちゅうのでっせ。12桁番号のあるカードですわ。 そやから、ガスボンベを買う時も通帳は要らんようになるんですわ。 いままでは、ガスポンベ専用の通帳にいつガスを充填したかって手で書いてたんでっせ。 けど、これからは、この番号を言えば、コンピューターで一発で登録できるんでっせ。 すぐれもんでっしゃろ。 そやけど、今はまだ、この通帳がないとガスの充填ができませんのや。 そやから、この前日本人駐在員がガスが切れたからボンベを買いたいちゅうて言わはったけど、この通帳持ってはらへんかったから、表向きでは買うことができませんでしたんや。 表向きでっせ。世の中、コインと一緒で裏表がありまんのやで。 ついでに言いますとな、ボンベを一本買うたらね、次に買えるのは20日以上たたなアカンのでっせ。 この新しいIDカードのデータの中には、ワテがワテであるちゅう証拠の指紋や掌の紋それに目の虹彩(アイリス)も登録されてまんのやで。つまり、国勢調査の内容が全部分かってしもうとるんですわ。   今回の国勢調査な、すごかったでっせ。 A3用紙くらいの紙の裏表に質問がびっしりですわ。 家族は何人や、宗教は何やとか、自転車は何台あるか、車やパソコンや携帯は持ってるか、土地はどれくらいで、家は自分のものか、それらを買ったお金はどこからやってですわ。 まだ、ありまっせ、給料は何ぼや、家にトイレはあるか、それは排水溝付か無しか、煮炊きはガスか薪かなんかですわ。 今回の調査な、270万人の調査員の人が20日間で150世帯ずつを回って、3億4千万の調査票を集めはったそうですわ。 けどワテの場合は近くの集会所に行って、記入したんでっせ。 みんなが、みんなでおませんのや。 うちの弟なんか、長い列やったんで行かへんかったんですわ。 けど、そのうちに新しいID番号が必要になるちゅうと、役所に行って、質問に答えんとカードがもらえんらしいそうですわ。 そんで、インドですがな、質問状の言葉は一つやおませんのや。 16種類の言葉で使い分けしたんでっせ。 けど、田舎から出て来て、あの道路に座って生活しとる人にもいちいち質問してきいたんやろか。 この国勢調査でわかったんが、インドの人口は12億1千万人で、世界人口のまあ2割弱を占めるちゅうことですわ。日本が1億2千8百万人ちゅうさかい日本の9.5倍あるんでっせ。 1950年(昭和25年)の統計ではインドの人口は3億7千万人でしたんや。 そやから60年間で3倍以上の増え方ですわ。けど、ようけ増えてまんなあ。 中国も60年前は5億4千万人で、今では13億4千万人でっしゃろ。 2.5倍しかおませんやろ、中国とは昔、戦争で負けたけど、人口の増え方ではインドの勝ちですわ。 日本は60年前が8千3百万人やったから1.4倍にしかおませんな。 これから約40年後の2050年にはインドが世界一の16億1千万人になって、二番目が中国の14億1千万人になるんでっせ。 日本でっか、今から人口が減って行ってもうて、1億人ですわ。 もっと、きばらなあきませんで。そのうちに日本に人がおらんようになるんとちゃいまっか。 えっ、心配せんでもエエってですか?何でですか。 子供を産む人は産む、産まん人は産まん。産まん人は子孫を残さん。産む人はどんどん子孫を残す。そやよってに仰山子供を産む遺伝子を持っとる人ばっかが残るから、子供が仰山できる。 そやから人口は減らんてですか。へぇー。なんか、風吹けば、イケヤ、ちゃう、桶屋がもうかるちゅう日本の三段論法のような話でんな。 そやけど、タイに多いオカマさんは子供が作れんはずやけど、なんで、ぎょうさんおるんでっか。 えっ、それは知らんってですか。 そんで、インドの世帯数は2億4千6百万ですわ。ちゅうことは、一軒あたり4.9人ちゅうことですわ。 日本は2千2百万世帯やから、一軒あたり2,5人ちゅうとこですか。 えっ、一番の多いんのが山形県の3.0人で、一番少ないんのが東京の2.1人ちゅうんですか。 インドな、文字を読める人も増えたんでっせ。10年前と比べて9.2%増の74.0%ですわ。 日本は99.8%もあるんやてね。すごい国でんな。日本は。えっ、日本には昔から寺子屋があって、読み書きソロバンを教えておったちゅうんですか。ヘェー。 インドでは平均しますとな、男の人は読み書きが82.1%やけど、女の人が65.5%でんねん。。 そして、これな、地方によってバラつきがあるんですわ。 北部のラジャスタン州やと、男の人が80.5%で、女の人が52.7%でんねん。 まだまだ男尊女卑であるちゅうことがはっきりしてますねん。 話は変わりますけどな、おうちにオトイレがあるかどうかも調べてまんのやで。 そんでおうちに、おトイレがあるんは47%ですわ。半分の家がおトイレがおませんのですわ。 ちゅうことは、半分以上の人が外でしとるちゅうことでですわ。 そやけどな、携帯も含めて電話を持っとる家が63%もあるんですわ。 ちゅうことは、携帯もって野原で用を足してる風景があるちゅうことですわな。 日本でもあれでっしゃろ、おトイレはほとんどあるそうですけど、ポットン式やタンクに溜めるもんとかがあって、パイプで流していく下水道は70%くらいやそうないですか、そんで田舎ではまだまだ、下水道は整備されとらんちゅう話でっせ。あんまり変わりがないんとちゃいまっか。 えっ、下水道とトイレはまったく同じではないんですか。ヘェー。 そんでな、肝心の電気や水道ですわ。 電気の来ているおうちは70%で、水道は43.5%ですねん。 おうちに電気や水道なんかがのうても、生活できますちゅうことですわ。 水道が無い人はどうしてますかって、共同の水くみ場を利用してますんや。 よう、地方へ行くと見ますやろ、頭に水がめ乗っけて歩いてる女の人や、手に水タンクもって運んどる子供たちを。 電気が来ん家は夜はどうするのかってですか、そりゃ寝るしかおませんな。 そやさかい、人口がどんどん増えていくんやろか。 そうやったら、日本も人口減少を防ぐために電気の来ん夜を週に一回か二回設けたらどないでっか。 お料理を作るときにガスや電気を使ってるんは都会では65%やけど、地方では11%で、平均しますとな、29%だけですわ。そんえ、67%の人たちが、まだ薪や牛の糞を燃やしてまんねん。 これも、もうご存知のごとくちゅうやつですわ。 テレビのある家は増えてまっせ。43%でんがな。 日本では白黒テレビが1960年(昭和35年)で44.7%でやったから、インドも今の生活レベルはそのくらいのもんでっしゃろか。 けど、今は全部カラーテレビやし、日本でカラーテレビが40%を超えたんは、それから11年後の1971年(昭和46年)ころやから、インドのレベルは日本のその頃になるのやろか。 さあ、わからんなあ、どうなんやろ。 自動車は今回の国勢調査はようわからんので、他で調べてみますとね、インドは人口千人あたりで、18台(2009年)ですわ、日本は576台(2011年)ですから、まだまだでんな。ちゅうかこれからですわ。 お給料でっか。これでんがな、問題は。 インドにいてはる日本人の奥さんが新聞発表から作らはった表がありますんで、それをご紹介しますわ。その人のプログからのコピーでんねん。 そんで国勢調査な、けったいな質問もありましたで。 ワテのほかにワテの親父やお袋や嫁さんはどこの町で生まれましたか、あなたが生まれたところと、今いるところが違うばやいは、今のところに来て、何年経ちますか、なんで今のところに居ますか、ちゅう質問がありましたんや。 ワテは親父の生まれた町は知ってますけど、お袋も嫁さんもどこの町で生まれたか知りませんのや。 そんで、お袋と嫁さんに聞いてくれって書きましたがな。 お袋ですか、死んでからもう10年経ちますけどね。 ワテは生まれはチェンナイやけど、ワテが生まれてすぐに親父とお袋がプネに引っ越したんですわ。 そやから親父に聞いてくれって書きましたわ。 親父ですか、死んでもう7年経ちますわ。ほな、さいなら。   丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(95)ワテは運転手 見る管理の巻

ワテは会社の運転手でんねん。社長さんは日本人ですわ。 この社長さん二年前に来はったんやけど、前の社長さんと違って、結構、おもろい人でんねん。 ワテが最初にこの会社に入った四年前は、今の社長さんやのうて、前の社長さんの時代でしたわ。 その時は前の社長さんと、この前定年しはったインド人の営業マンとワテだけの三人でしたんやで。 お二人がバンガロールからプネに引っ越して来られたんですわ。 前の社長さんも営業マンも奥さん連れでしたわ。 その営業マンな、プネの生活に慣れへんかったんやろか、一年位して体調を崩して、バンガロールに奥さんと帰ってしまわれたんですわ。 カルナータカ州とマハーラシュトラ州では言葉が違ったからやろか。けど、その営業マンはインドの5つくらいの州の言葉を話せましたんやで。今おる営業マンとはえらい違いですんや。 でもな、会社は、その前の営業マンの人を、コンサルタントちゅうか、顧問ちゅう肩書きで、引き続いてお給料を払って、時々お仕事をお願いしてたんですわ。 ワテと同じ契約社員でしたんや。けど、ワテは今年から正社員になりましたけどな。 そやけど、今年の5月にその契約が切れた時に、退社になってしもうたんですわ。 今の社長さんが、バンガロールまで行って、その辞めはる営業マンさんに挨拶してきはりましたわ。 その営業マンさんな、まだ63歳やから、まだ働きたいちゅうてたらしいですが、社長さんが、自分も60歳になりました。もう若い世代に仕事を任せようやないかちゅうて、決めはったちゅうことですわ。 結構冷たい人でんな、社長さん。 社長さんな、日本の本社では、ワテと反対に今年から契約社員になったそうですわ。 でも、やってはる仕事は今までと変わりませんのやで。   ワテが会社に入った時は、前の社長さんたちがバンガロールから来はったばっかしで、事務所もあらへんかったんで、社長さんのアパートでお仕事をしながら、事務所を探して、今のこのショップに入ったんですわ。二階建てで、お店がずっーと並んでおる集合店舗ですわ。 そのうちの四つのショップを借りたんですわ。 番号でいうと43,44,45,46ですわ。 そやけど、その時は、今みたいに、会議室やトイレや食器洗うとこまだできておらんで、コンクリートの打ちっぱなしでしたわ。 そんで、そのショップの上にお店がある業者に内装をお願いしたんですわ。43と44の間の壁と、45と46の間の壁をそれぞれぶち破って二部屋にしたんでっせ。 それに、メゾネットタイプゆうて、事務所の中に二階がありまんのや。低い天井の二階やけどね。 今、事務所としてみなが使ってますんは、43と44をぶち抜いた部屋の方ですわ。 45と46の方は、一階はテーブルを置いて昼食ができるようにしましたんや。そして、その二階は書類や、部品なんかの物置として使ってまんのや。 その時の改造な、いろいろありましたんや。 今の社長さんが来はった時にも、まだ、やらなあかん工事は残ってたし、支払いも残ってたんでっせ。 発電機なんか、最初はディーゼルの見積もりやったけど、終いにはバッテリーに代わってましたんや。 そんで、今の社長さんが、もうエエ、元の契約書に基づいて、出来たもんと、出来んもんをはっきり分けぇー、追加は追加で別項目や、払った金額をはっきりせぇーちゅうて、一遍に決めてしもたんですわ。見かけによらず強引なとこあるんですわ、社長さん。   この事務所の家賃の支払いは四つのショップごとに四つに分かれてまんのでっせ。 オーナーはインド人のお父さんと息子3人の4人の名義ですわ。 家族で名前を分散してまんのや。税金対策やろね。 そんで、この事務所に移ってから、今の営業マン、経理そしてメンテマンが入って来たちゅう訳ですわ。そやから、今の社長さんが来はった二年前は、ワテを入れてインド人は4人でしたんや。 ワテは、前の社長さんがバンガロールから来はった時からの社員やから、一番古い社員ですねん。   そんで、今の社長さんが来はった時は4人が一階で、みんなで仕事してましたんや。 そやけど、すぐに社長さんは会議室で仕事するって言うて、会議室を自分のお部屋にしはりましたんや。きっと、会議室を作ったんわエエけど、まったく使われてへんかったんで、アメリカ映画みたいに、自分の部屋として使いたかったんでしゃろか、それよか、あの営業マンの電話の大声が、うるそーて仕事が出来んかったんとちゃいまっか。 そんで、ちょっと経ってから、経理に二階に移りなさいって言わはったんです。 何でも、事務所のお金や、個人の給与や、税金のことを、他のスタッフがおるところやのうて、別のところでせなアカンちゅうわけですわ。その時はワテは、まだ、下のグループでしたんや。   そして、去年な、日本人社員さん二人とインド人一人が会社に入ってきましたんや。 そんで下のスペースが狭うなって来ましたやろ、ワテにも二階に行けちゅうことになりましてな。 その次に社長さんも二階に移らはったんですわ。二階の天井な、高さが175センチしかおませんのや、ちっこい経理やワテは天井の高さは関係おませんけどな、社長さん自称180センチですんや。ホンマは、177センチやそうでっせ。けど、社長さんが二階で歩く時は、かがんで歩かはるんでっせ。社長さんな、アリス・イン・ワンダーランドになったみたいやちゅうてはりますわ。そんなこと、ゆうたら可愛いアリスさんが可哀想やけどな。 今の社長さんな、来はってから、目で見る管理や、表にせぇー、グラフにせぇーてうるさいほど言わはるんですわ。 そんで、来はってすぐに、時計を買って来い、インドの地図を買ってこい、壁にボードを貼れ、会議室に黒板ちゅうか、白板を買ぇーちゅうて、部屋中をボードだらけにしはりましたわ。 そして、日本に一時帰国されますとな、マグネットの玉や棒みたいなもんを買って来はりますのや。 この前は日本人形や日本の景色のついたマグネットを買うて来はりましたで。 日本て、100円ショップちゅうのがあるらしいでんな。社長さんな、そこで買うて来はるらしいわ。 社長さんな、その100円ショップちゅうのがえらい好きらしゅうて、その他にも、黄色いマーカーや鉛筆や、ビニールファイルや、なんやかんあ、全部そこで、ぎょうさん買うて来はるみたいでっせ。   そんでや、社長さんな、営業には壁に掛けた地図に納入先の名前と機械の型式と写真を入れた紙をはって表示せえ、ボードには見積もり案件を一覧表にして張り出せーでっしゃろ、メンテには設備の仕様書を張り出せぇー、メンテ予定表を張り出せぇーですわ。 前の社長さんのときの部屋の雰囲気がまるっきり変わってしまいましたがな、えろーにぎやかな事務所になりましたで。 そんでね、ちょっと古うなったデータをいつまでも、張ってますとな、『何ですかこれは。いつの時代のものですか。ここに張り出してあるものは、あなたたちの今の頭の中にあるものですよ。あなたたちの今やってる仕事は、過去のものですか』って、嫌味を言わはるんでっせ。   嫌味といえば経理が最近では、一番の被害者ですわ。 なんせ社長さんと一緒に毎日二階におりますもんね。 社長さんな、来はった年の年末に帰らはった時に、机の上に置く一ヶ月毎のカレンダーを経理に渡して、『これに一ヶ月の予定を記入しなさい、そして毎日その予定を見て、一日が終わったら、その日の実績を記入しなさい』ってやってましたけどな、これあきませんな。 インドの場合は電気や電話の支払いが不定期なんですわ。 メールで来たり、代理店が持ってきたりですわ。 それに、入出金や外国人登録から昼飯の手配まで経理が一人でやってまんのや。 経理に言わせると、そんなんや、あんなんで、書類のファイルも満足にする時間もありませんちゅうのですわ。するとな、社長さんな、運転手のワテに経理を手伝ぇーですわ。 そして、キングファイルを買って来い、旧式の留め具やのうて、新しい留め具のやつですわ。 そんで、ワテがファイルを買ってきますとな、経費ごとにまとめて仕切れぇー、月別にせぇー、担当者別にせぇー、って、ワテがファイルばっかせなアカンのですわ。 社長さんな、経理ばかりか、営業にも、まずファイルがしっかり出来ん奴は、頭の中が整理でき取らん証拠やちゅうてはりますんや。その割にはご自分の机の上は書類だらけですけどな。 そんで、ワテは運転手の仕事のほかに、ファイルは買いに行かされるし、請求書を受け取って来なあかんし、支払いに行って来なあかんし、ファイリングせなあかんし、えらい忙がしゅうなりましたわ。 それに、経理がワテを部下みたいに使い出したんがちょっと気にいりませんのや。 ワテの方が年はちょっと下ですが、入社は経理よりも、営業よりも、メンテよりも、それに社長さんよりも先輩なんでっせ。   そんで、社長さんな、経理にも壁一杯の大きなボートを買うたりましたんや。今度は、それに一ヶ月のカレンダーを書いて、予定を入れろ、未処理案件を書き出せぇー、終了予定日と実際の予定日を記入せえー、未処理案件は毎日確認せえって言ってはりますのや。   そんなん、予定立てろって言うても、インド人には無理でっせ。インド人は、やるかやらんかが問題で、いつ、やるかちゅうとこは関係おませんのや。 そんなん、社長さんも、ご自分が好きなインドの神話を読んでもらえば分りそうなもんですわ。 日本の神話には嘘かホンマかしらんけど、一応ちゃんと年代が書いてあるそうでんな。 そやけど、インドの神話はいつの出来事かわかりませんのや。 ビシュヌさんなんか10も、20も変身しまんのやで、時間を追っておったら話しが進みませんのや。 それに、時間が書いてあっても何万年とか、何億年とかメチャクチャ長い時間ですんや。わかりますやろ。インド人に時間の感覚がないんのが。   そんで去年の末ですわ。 社長さんな、お客さんに配るちゅうてダイアリーブックを200部も注文しましたんや。 そして、ワテら一人一人にもそのダイアリーを配らはって、これで毎日やることを記入しなさい、朝の打合せの時に使用しなさいって言わはったんですわ。 ワテな、英語はしゃべれますけどな、書くことが苦手なんですわ。 運転日誌でも、社長さんから、これはamですかpmと書いてあるのですか、この訪問先は何と書いてあるのですかって、毎朝いじめられているんでっせ。 でもね、去年までは、ワテだけ契約社員やったんやけど、今年からは正社員にしてもらったんでっせ。運転手やから勤務時間は他の正社員とはちょっとちゃいますけどね。 労災にも入れたし、それに、出張に行きますとな、日当のほかにワテとメンテマンだけ残業代がつきまんのや。有難いことですわ。 やけど、社長さんな、その出張日当や残業代の申請書にサインしはるときに、これは何時から何時までの残業ですかとか、市外へ行く特は昼からの出発や、午前中の戻りは半日扱いですよとか、きびしゅうチェックしはるんですわ。 それに最近は車に給油するたんびに、走行距離を給油リットルで割って、リットル当たり何キロ走れるのか毎回計算してくださいとか、一日に何キロ走ったかをその日の終わりのマイレージからスタートした時のんを引いて計算してくださいとかす言わはる時がおますんや。 休みの日にワテが勝手に車を使ってると疑っておらはるんやろか。 車は日本人社員さんのアパートの駐車場に置いてくさかい、そんなこと出来んこと知ってはりますやろにね。 ちょっと前の日曜日に、社長さんがその社員さんのアパートに昼ごはんを食べに行かはった時に、車が無かったんで、次の週に、どうして車がアパートになかったんやと聞かれたことがありますわ。 ワテは、ちゃんと社長さんに、座席カバーが汚のうなったんで、車をワテの家に持って入って、その座席カバーを洗っておきますって言ってあったんやけど、それを忘れはったんやろね。 今度は社長さんに、ご自分で目で見る管理してもらわなアカンと思ってる今日この頃でんねん。   ワテな、今日も、経理と銀行へ行くゆうて出てきてまんねん。 経理な、今、そこの銀行へ行ってまんねん。そんでワテわ、ここでチャイを飲んで休んでますのや。 あっ、経理が銀行から出てきよったわ。 早う、帰らんとまた、あの社長さん、うるさいさかいに、ほな、帰りまっさ。さいなら、さいなら。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(94)ワテは運転手 ワテもつらいわの巻

お酒のつまみ その309 ワテは運転手 ワテもつらいわの巻 社長さんな、最近は朝からイライラちゅうか、ぼやいてばっかですわ。 この前の日曜日から金曜日までの一週間のことですわ。 ワテは日曜の深夜に中国の出張から帰りなさる社長さんをムンバイに迎えに行きましたんや。 空港で出迎えて、社長さんを乗っけて、プネに戻ったんが、朝の4時でしたわ。 社長さんが、『少し休んでから、11時に会社に出る』って言わはったんで、ワテも、一旦、おうちに戻ってから、ちょっと休みましたんや。 そんで、昼前に社長さんをお迎えに行って、会社に行く途中で社長さんが言わはりましたんや。 『今夜は、ムンバイから来る人と会食します。いつもの韓国料理店です。あなたのおうちの近くです』 そんで、帰りは迎えに来いって言わはるんかなあ、それともこの前みたいにオートで帰ってくれはるんかなあと聞きたいと思うたんですが、その時は、お尋ねしませんでしたわ。 そして、会社に着いて、昼ごはんを食べてからのことですわ。 ワテな、来月、甥っ子が結婚するんで、4.日半の休暇申請書いて、経理を通して社長さんに出しましたんや。来月の15日に独立記念日の水曜日から休みとりますんや。4.日半の休暇で7日間休みが取れるんですわ。なんで、4.日半ちゅう中途半端な数字かちゅうと、土曜日が半ドンで半日になるんですわ。 ワテ、要領エエでっしゃろ。社長さんな、サインしはる時に聞かはったんですわ。 社長さん :甥っ子って言うと、あなたの妹さんの子ですか。 ワテ    :ちゃいます、死んだおふくろの妹の息子です。 社長さん :それは従兄弟と呼ぶのではないですか。 ワテ    :でも、ちいちゃい時からワテのことをアンクル、アンクルって呼ぶもんやさかい、 ワテは甥っ子と呼んでますんや。 そやけど、甥っ子でも、従兄弟でも、兄弟でも、同(おんな)じようなもんちゃうのかなあ。 会社の休暇を社長さんが、去年、大きく変えはったんですわ。 それまではAnnual休暇、Casual休暇, Medical休暇と三つあったんを、Holiday休暇とCasual /Medical休暇の二つにしはったんですわ。 それまでのAnnual休暇は30日間で、Casual休暇が10日間、それにSick休暇は36日間もあったんでっせ。全部で76日間でっせ。 それを社長さんが、それは多すぎる、そして、Annualちゅう意味がよう分らんて言わはってな、去年からHoliday休暇15日、Casual/Medical休暇10日と合わせて、25日間としはったんですわ。 このHoliday休暇とCasual/Medical休暇の違いは何かちゅうと、Holiday休暇は年度末に残った日数を翌年に持ち越せるんですわ。まあ、多くて15日ちゅう限度がありますけどね。 そやけどCasual/Medical休暇は次の年に持ち越せませんのや。使い切りですわ。 このほかには、うちの会社な、女の人が、全然、全く、だあれも、いや、一人もおらへんのにMaternal休暇があるんでっせ。おもろいでっしゃろ。そしてPaternal休暇もありますんやで。 このPaternal休暇な、社長さんがおととし来はって社内規則を見直しなはった時に出来たんですわ。 インドの法律では、Maternal休暇は必ず入れなあかんのですわ。12週間取れるんでっせ。 その時な、社長さんが、そんなん、うちの会社には女の人がおらへんからMaternal休暇は必要あらへんけど、近いうちにメンテ担当にベービィが生まれるさかいに、Paternal休暇をこさえたらどないやって、日本でも父親に出産休暇があるって言わはってな、ベービィ二人までは5日間のPaternal休暇を取れるちゅうのを追加したんですわ。 けど、このメンテ担当な、ベービィが生まれたんやけど、男の子と女の子の双子でしたんや。 そんで、ベービィが二人も生まれても休暇は5日間でっせ。一人分を損したんとちゃいまっか。 ワテは、おととし結婚して、去年子供ができたんでっせ。そんで、きっちりPaternal休暇とAnnual休暇を合わせて二週間ほどもろて、嫁さんの実家のチェンナイに行ってきましたわ。 ワテは、甥っ子の結婚式やさかい、Holiday休暇で休みを取ったんですわ。 そしたら、経理も来月の独立記念日の前に2日間休んで5連休にするちゅう休暇申請を出しましたんや。それがCasual休暇でしたんや。社長さんな、不思議に思わはったようですわ。 社長さん :このHolidayとCasualの違いは何ですか? あなたもHolidayで申請すべきではないですか? 経理   :Holidayは三日以上の休暇です、二日以内だったらCasualで取得できるのです。 そんなん、スタッフは誰でも、持ち越しのできるHolidayは取っといて、持ち越せんCasualを先に使いたいんですわ。社長さん、経理の発言にカチンと来はったようでな。言い返しはったんですわ。 社長さん :Casualというのは、突発休暇のことではないのですか? Holidayは家族と旅行に行くとか、ゆっくり休んだりとか、あらかじめ計画してRelaxするもので、Casualというのは急に役所に行かねばならないとか、急に不幸があったとかで休まねばならないもので、日数と関係ないはずです。 そんでも、経理は二日がどうの、三日がこうやて、社長さんの顔を見んと言い切りましたんや。 社長さんな、電子辞書でCasualって意味が何やろうなって調べてはったようですわ。 そやけど、それ以上言い合いしてもあかんのやろと思わはったんか、それとも根負けしはったんかどうか知らんけど、黙ってサインされてましたわ。 けど、考えてみると、ワテは4日半の休暇で7日の休みで、経理は2日の休暇で5日間や、経理の方が要領がエエんとちゃうやろか。 そして次や、ワテと社長さんと経理がおる二階は天井低いし、暑いんですわ。 経理な、社長さんと並んで、壁に背ぇ向けて座ってまんのや。 そんで、経理の真上にACがおましてな、ワテは経理と向き合って座ってまんのや。 ワテと社長さんは、暑いんでACをつけたいんやけど、経理は前から何でか寒いちゅうのですわ。 社長さんな、ワテのために去年、扇風機を買うてくれはったんやけど、扇風機がACと反対向きに風を送るし、机の上の書類が飛ぶんで、あんまりつけとうないんですわ。そんで暑いんですわ。 そやさかい、社長さんな、この前から言ってはりますんや。ACの下の経理の席にワテの席を持っていって、経理は社長さんの席の前に背中向けて座るようにってせいちゅうて。 席替えですわ。 そやけど、ワテら社長さんのお話を聞くだけで、いつものように何にもせんかったんですわ。 そしたら社長さんな、さっきの経理の態度に腹が立ったのかしらんけど、『今から、机の移動を即やれっー』て命令しはったんですわ。そやから、ワテら、慌てて机を移動したんでっせ。 そうしたら、経理な、後ろから社長さんに覗かれる格好になりましたやろ、パソコンでGoogleが自由に見えんようになりましたんや。 経理な、社長さんの席とL字型になるように席を替えはいけませんかって、社長さんにお願いしましたんや。けど、社長さんはむつーっとした顔しはって、アカンの一言ですわ。 社長さんな、今まで経理が横に並んで座っておったんで、経理がパソコンを見ておっても、お仕事をしとるんか、どうか分らんかったさかい、こりゃー、チャンスやとばかりに、後ろから覗ける席にしはったんやろね。 そんで、経理な、今までは書類を社長さんに渡すときには、横を向いて渡せばよかったんやけど、これから、いちいち後ろを向かなあかん、手間や、面倒やちゅうて、なんやらモゴモゴ、ブツブツ言ってましたわ。 けど、席替えして、早速、ワテはACのスイッチ入れることができましたんや。 そんでな、夕方の会社終わるころですわ、経理な、朝オートバイで会社に来るときのジャンバー着てきて、自分の席に座っとりますんや。 そして、社長さんに言いましたんや。 経理   :体の調子が悪いです。寒気がします。吐き気がします。会社が終わったら、クリニックに行ってきます。結果を夜に電話でご報告します。 その日の夕方は昼に社長さんが言はわったように、会社を終わってから直接韓国料理店に社長さんと日本人社員さん一人をお送りしたんですわ。 そして、社長さんが車の降りがけに『9時半ころ迎えに来てください』って言わはったんです。 ワテな、その日の朝はムンバイから運転して帰ったばかりやったし、次の日は一時帰国する日本人社員さんを昼からムンバイに送って行って、逆に日本から帰って来る、もう一人の日本人社員さんを出迎えて、またプネに夜中に走って来なあかんかったんで、『来れたら来ます』って返事したんですわ。そしたら、社長さん、『そんな返事はダメです。絶対に迎えに来てください』ちゅうて、ご自分のカバンを車の中に置いたまんまドアを閉めはったんですわ。 ワテ、そんなん、酔っ払って大声で話す人を送るよりも、疲れた体を休ませたかったんでっせ。 そんで、車を出さずに社長さんがカバンを取りに来るのをジーっと待ってたんですわ。 外で、社長さんと日本人スタッフの人が、車の外でなんかしゃべったり、こっちを向いたりしてはりましたわ。するとな、社長さんな、後ろのドアを開けて、『いいです。迎えに来なくていいです。』ちゅうてカバンを取り上げて、バタンとドアを閉めて、ビルの中に入って行かはりましたわ。 結構ワガママで、気の短いお方なんですわ。あれが無ければエエ社長さんなんやけどね。   火曜日ですわ。 朝、社長さんを迎えに行ったらな、今日と明日の二日間経理が風邪で休むと連絡があったって言わはりますんや。 経理が休んでおらんようになると、ワテが、経理の仕事をせなあかんようになりますんやで。 ワテな、席に着ついてから、社長さんに昨夜(ゆうべ)はすみませんでしたって謝りましたわ。 社長さんは、問題ない、自分かて本当は早く帰って休みたかったんやと言わはりましたわ。 分りまっか、この謝るテクニック、これが、ワテが他のスタッフと違うとこでんねん。 『日本人上司に仕える方法』ちゅうもんを熟知してまんのや。そんな本書いてもうたろかな。 そんで、給料もろた日には、ワテな、社長さんに、ありがとうございますって言うんでっせ。 そんなん、普通のインド人は絶対に謝らんし、給料もろてもありがとうございますなんて言いませんで。天上天下唯我独尊ですがな、あれっ、これってお釈迦さんの言葉でしたな。お釈迦さんもインド人やし、まあエエか。 その日に、社長さんは、本社から急に明日、明後日でジャイプールとデリーに行ってくれって言われたようですわ。けど、その飛行機とホテルと車の手配は一緒に行くメンテ担当がやってくれましたんで助かりましたけどな。 ワテな、その日は昼から帰国する日本人社員さんをムンバイ空港まで送って行って、逆に帰って来るもう一人の日本人社員さんを夜中に出迎えて、帰って来なあかんかったんですわ。 そんで、お昼ごはん食べてから、日本人社員さんと事務所を出ましたんや。やれやれでしたわ。   水曜日は静かなもんでしたわ。ちゅうても、ワテは前の晩に、日本人社員さんをムンバイで出迎えてその朝に帰って来たんで、その日本人社員さんと昼から会社に行きましたけどな。 会社に行くと、社長さんとメンテ担当は出張でおらんし、もうお一人の日本人社員さんは夕べ帰国しておらんし、経理は風邪で休んどるし、事務所におるんが4名ですわ。 下に3人、二階にワテだけやさかい、静かなもんですわ。 下の3人さんな、あんまりお互いに話す人たちやないんですわ。   その次の日の木曜日の朝ですわ。 デリーにおらはる社長さんからワテに電話があって、経理があと二日間、木曜と金曜に休みを取るちゅうんですわ。なんでも、腎臓に石ができたようで、その検査を受けて治療をどうするか病院と打ち合わすためやそうですわ。腎臓の石って、インドの水が硬水やから、結構多い病気なんですわ。痛いらしいですな、オチンチンから石が出てくる時は。治療はあれですって、薬とか、超音波とかいろいろあるらしいそうでんな。これな、雨季に多い病気なんでっせ。何でかってですか。みんな、喉が乾かんから水を飲まんようになるんですわ。水を飲まん方がエエように見えますけどね、飲んだ方がエエんですわ。おしっこが、ようけ出るんで、それで石が固まらんうちに出て行ってしまうんでっせ。その木曜日は事務所の方は昨日とおんなじように静かでしたで。   金曜日ですわ、もう話すも涙、聞くも涙でっせ。 前の晩にデリーから帰って来はった社長さんから、事務所に着いたら朝イチで指示ですわ。 社長さんな、8月の初めにケララ州のコーチンちゅうとこに出張に行くんで、チケットを取ってくれ、そして、その前に日本からの出張者がチェンナイに入って、一緒に行くんで、その人のチェンナイからコーチンまでのフライトを調べてチケットを手配してくれ、ついでに8月に一時帰国するフライトについて、バンコク立ち寄り便と東京直行便とを仮予約して、料金を調べてれちゅうて、いつも経理がする仕事をワテに振ってくるんですわ。 それに今度増員される日本人社員さんの携帯の申しこみをせなあかんし、サービス販売の源泉徴収のインターネット登録の確認やらで、運転手の仕事やのうて、経理の仕事そのものでしたわ。 あっちゅう間に一日が終わってしまいましたがな。 そやけど帰りがけに社長さんが次の日は休みの土曜やけど、ムンバイにある会計監査会社が税金関係の小切手を社長さんのアパートの方に受取に来るから小切手帳をアパートに持って帰りなはったんですわ。その小切手への書き込みもワテが書いてあげたんでっせ。本来は経理の仕事でっせ。 そんで会社終わって、ワテ、家に着いてから、小切手に会社のスタンプ押し忘れたことに気が付いたんで、社長さんに会社のスタンプ押してませんけど大丈夫ですかって電話したんですわ。 そしたら、社長さんが監査会社に聞いてみるわちゅうて電話を一旦切らはって、しばらくして社長さんから会社のスタンプは必要ないちゅう電話がありましたわ。ホッとしましたわ。 久しぶりの土曜日の休みに、スタンプ取りに会社に行かなあかんかなって、ふと心配になったんですわ。運転手はつらいよですわ、まったく。経理は、来週は出て来るやろな。まったく。   丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(93)ワテは運転手 地図の巻

ワテは運転手でんねん。ご主人は日本人の社長さんでんねん。 この社長さん、結構、笑える人でおますねん。 まずは、三年前に赴任して来はった時のことですわ。 あん時は、前の社長さんが、先に帰ってしまはって、今の社長さんが一人で来はったんですわ。 社長さんはその前に出張で一回プネに来てはりましたから、ワテは顔は覚えてましたんや。 なんせ、あのエラの張った四角いお顔立ちに、ちっこいおメメでっしゃろ。忘れようにも、なかなか忘れられませんがな。 そんで、夜中にムンバイの空港でお出迎えして、空港近くのホテルで一泊して、翌朝に車で4時間かかってプネのアパートまで送って行きましたんや。 荷物を4階まで運んであげて、別れ際に、ワテは『今度の日曜日はどうしまっか、買い物にでも行きまっか、お供しまっせ』って言いましたんや。 そうしたら、社長さん、日曜日にホンマにワテに電話かけて来はりましたんや。 そんなん、たまげましたで、当然、お断りしましたがな。何て言い訳したんやってですか。 決まってまんがな、車が運転できんちゅうたら、『お腹が痛いです』ですがな。 そんな時は、ちょっと声を落として話すんでっせ。 あんさんも、上の人にばれんように気ぃつけなはれや。 なんで断ったんやってですか。 ワテはインド人でっせ、人が喜びそうなことやったら、つい、何でも言ってしまいまんがな。   何でも言ってしまういうたらな、ワテ、時々、新しいお客さんのところに運転してことがありますんや。住所と電話番号だけで、車を運転しながら探して行くんでっせ。 ワテな、その場所の近くに行ったら、出来るだけ、そこに居る人に聞くことにしてまんのや。 そりゃ、インドですがな、10人に聞くと10人がとも、近寄って来て、教えてくれますんや。 けど、結構往生することがおまんのや。前に聞いた人と真反対の方向を、次に聞いた人に言われまんのや。どっちゃへ言ったらエエんか、迷いますわ。 そんで、後で聞いた人の方角に行ってな、また、別の人に聞くと最初の人の言った方角やちゅうんですがな。こんなん、しょっちゅうですがな。Noと言えないインド人ちゅうんですかな。 えっ、それに似たような題名の本が日本におましたんでっか。   それに、ワテらは地図とか書くのが苦手ですねん。 社長さんな、前にワテに地図書いてくれって言わはったんですわ。 ワテが会社の帰りに連れて行ったモールに、今度は自分で自転車に乗って買い物に行きたいさかい、道順を書いてくれって言わはったんですわ。 けど、ワテ、地図が書けませんのや。ちゅうか、書いたことがおませんのや。 ワテら、地図を書かんでも、自分で運転して行ってしまいますがな。 どこがどうで、どこの角で曲がってとか、北とか南とか、さっぱりわかりませんのや。 でも、何とか書いて持っていったら、社長さんな、黙って受け取らはって、それからは、地図書いてくれって一回も頼まれませんわ。 なんでやろか、プネの町が詳しゅう載っとるエエ地図を買いなはったんやろか。プネの地図言うても、ホテルにある大まかなものに毛の生えたもんしかありませんのやで。 ワテが聞いた話やけど、日本の町や、工場団地や、アパートには辺りの地図を描(か)いた看板があちこちに立ってるそうでんな。 インドにはそんなもんありませんで。 何でかて、そんなん、描く人も読める人もいませんがな。 そんなら、えっ、大きな空港には、現在位置がここで、搭乗口がどこやちゅう看板があるけど、インドの空港にあるかってですか。 そんなん、あらへんのとちゃいまっか。 インド人やったら、みんながみんな、人に聞きますがな。それが一番無難ですわ。 話しは変わりまっけどな、会社の車にはナビが付いてるんですわ。 ワテな、社長さんをボンベイ、いや、今はムンバイやけど、そこの空港に送っていくことが結構ありますんや。そんで社長さんな、行く途中で、ナビと遊ぶのがお好きなんですわ。 ナビが女の人の声で、『次の角を右に回ってください』とか言うと、社長さんな、後ろの席から身を乗り出して『ありがとう』とか『どうして知っているんですか』とか、『頭いいですね』とか『今度お食事ご一緒しませんか』とか言って返事して遊んでまんのや。ホンマに変わったお方ですやろ。 ワテな、何回もムンバイ空港を往復してまっしゃろ、そんで自分の運転する道がもう決まってまんのや。他の道は知らんさかい、通りたないんですわ。 この前のことですわ。空港へ行く途中で社長さんが後ろの席から、『ナビがここで曲がれって言っていますよ。どうして曲がらないんですか』って聞かはるんですわ。そんなん、ワテの通ったことのない道ですがな。 ワテは答えましたわ。 『この道の先は工事中です。行くと遠回りせなアカンので、いつもの道を走ります』 で、その次にムンバイへ行く時は、社長さん、ちょっと考えはったんですな。 いつもよりも早い時間にプネを出て、ナビの言う通りに空港に行けって言わはりましたんや。 行きましたがな、ムンバイの町の近くで、いつもは真っ直ぐに行くとこを、ナビに従って、右に回りましたがな。知らん道やがな。ナビに頼らんと行けませんがな。 そやけど、危ないんですわ。インドの道路事情を、あんさん、知ってますやろ。 こっちゃの車線やのに、前から来る車はあるし、交差点の手前で一番左から右折しようと割り込んで来る車はあるし、それにオートやバイクは無茶して走って来るわで、ナビ見ながらでは運転がしずらいのなんのって。 で、なんのかのって言っても、ナビは頭よろしいな。ちゃんと空港に行けましたがな。そんで、この前、ナビが教えてくれた空港への道をレンタカー屋の兄ちゃんに教えてやりましたわ。 でも、社長さん、時々ワテに怒りまんのや ワテな、帰りの車のなかで、あのスタッフは会社ではああ言いましたが、違いますよ、この前、車でワテと二人の時はこう言ってましたでとか、あれはよくないですわ、こうすべきでわって、つい言ってしまうことがあるんですわ。 社長さんな、最初は『そうか、そうですか。ふん、ふん』って聞いてはりまんのやけど、そのうちに、ワテが調子に乗って、えらそうなこと言うもんやさかい『ここは車の中です。言いたいことがあったら、朝の打合せの時に言いなさい』って怒らはったことが何回かあるんですわ。 ワテかて、みんなの前で言いたいですわ。でも、そんなん、できませんがな。 あの営業スタッフがワテと出張で出かけた時に、車の中で言ってたことや、庶務の仕事のやりかたのまずさなんかを、朝の打ち合わせで言うたら、私の立場がなくなるやおませんか。   そやけど、営業のスタッフも社長さんによう怒られてますで。 お客さんに出す仕様の比較表とか、訪問日程表とか、見積書のデータを作って社長さんに見てもらってる時ですわ。スタッフな、社長さんからいつも言われてますんや。『誰が見ても分る表を作りなさい。左右の余白がアンバランスです。字体がばらばらです。同じ字体を使いなさい。』 そんで、書き直しを何回もさせられてますわ。 それにせっかくエクセルで表作っても使い方を知らんようですわ。 社長さんから『エクセルには、すごい機能が一杯ついています。基本的なものをマスターしなさい。データのオートフォーマットは同じものを検索するのに便利です。引き合いのランク付けや、同じ機種を検索するのに便利です。また、グラフも自由自在に作成できます。どんどんビジュアルなものを作成してください』って言われますんや。 そんで、おんなじ様にスタッフが説教されてた時にな、そんなら、社長さんが自分で作ればええんとちゃうかとワテは思いましたんや。 そしたら、社長さんがスタッフに『いいですか、私が自分が作ったら駄目なのです。君たちが考えないといけないのです。そうでないと、いつまでたっても進歩しませんよ。』って言わはったんですびっくりしましたわ、ワテの思ったことが、社長さんに聞こえたんかと思いましたがな。 けど、社長さんの言うことも一理ありますな。   そして、あるスタッフには『休みの日には美術館に奥さんと行って絵画を見て来なさい。バランスとはどういうものかを見てきなさい』言ってはりましたわ。 そんなん、絵を見て表がうまく作れるんやろか。   ある時、社長さんがワテに、インド人は19x19まで暗算でできるんかって聞いてきましたんや。 びっくりしましたで、そんなん、出来ませんがな。誰が、そんなん言うとりますんや。 うちのスタッフで、そんなん出来るの一人もいませんで。 ワテなんか、会社の車がディーゼルで1リットル当たり何キロ走れるか計算機使っても、よう計算できませんがな。何回も間違えて、社長さんにあきれらてますがな。   大体、なんで社長さん、そんなん計算せえって言わはるんやろ。 電気代は月にいくらや、電話代はいくらや、飲料水は一ヶ月にいくらかかるって細かいことばっか言わはるんでっせ。そんなん、要るもんは要るんとちゃいまっか。   社長さんな、本社から今年のエコ関係のターゲットを作れって指令があったんやて。 そんで、悩んではりましたわ。八人しかおらん事務所で、工場もありませんがな。 事務所はレンタルやし、エコゆうても、煙や油出すもんが何にもありませんのや。 そやけど、社長さん、なんかせなアカンゆうて、電気代の10%節約って連絡したらしいですわ。 正確に言いますとな、電気代やのうて、消費電力ですわ。 Kwベースで去年よりも減らすちゅうわけですわ。 そんなん無茶でんがな、人数増えましたがな。 でもね、社長さんな、おととしと去年の電力消費量を調べたら、去年の方が少なかったっていうんでっせ。そんなん、インドは電気不足で停電が増えて、電気が来んだけやないやろか。 今年はモンスーンが来るのが遅いもんで、ダムが干上がってもうて、断水、停電が多いんでっせ。 そやさかい、あのシブチンの、いや、あのう、お金に厳しい社長さんも、重い腰あげて、ディーゼル発電機を買わはりましたんや。 けど、それが、故障ばっかりでね。そんで年間メンテ契約を結ぼうちゅうことになりましてね。 アカン、アカン、これを話しとったら、えらい時間かかりますわ。 この続きは、またにしますわ。あの社長さんを、迎えに行かなアカンのですわ。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(92)ワテは運転手 ボケ防止の巻

ワテは運転手でんねん。ご主人は日本人の社長さんですわ。 そして、この人が結構、笑えるお方なんですわ。 つい最近のことですわ、アパートの近くの、ちっこいショップでタマゴを買わはったんですって、そしたら、モールのタマゴみたいに洗って売っておったいうて感心してはりますのや。 そりゃ、インドではタマゴは汚れたまんま売るのが普通ですわ。 なんでかちゅうとな、タマゴを洗うときに割ってしまうからやないかと思いますわ。 聞いた話ですけど、日本人って、生のタマゴをご飯に混ぜて食べるそうでんな。 恐ろしい人たちですな。そんな国って日本だけとちゃいまんのか。 それに、それを手で食べたら手がべチャべチャにならへんのでっか。 インドでは、生のタマゴを食べるってこと、絶対に出来まへんで。ああ、気色ワルー。 ちゅうか、日本人は何でも生で食べるそうでんな。 タマゴだけやのうて、肉や魚も生で食べるそうやないですか。 社長さんな、日本人が肉を食べるようになったんは、150年くらい前に日本の政府が外国に DoorをOpenしてからやって言うてはりましたが、ホンマでっか。 ホンマは、その前から、生の肉を食べてたんとちゃいまっか。 なんせ聞いた話やけど、日本のお寺の坊さんて、頭に毛ぇーを生やしてて、結婚してて、奥さんや子供さんがおって、お酒飲んでも、肉食べてもよろしいそうでんな。 社長さん、言ってはりましたで、タイのお坊さんが、日本の坊さんの生活を知ったら、たまげるやろなって。 そんで、社長さんのことや、この前な、日本で言う『おじや』ちゅうんですか、イタリア料理のリゾット見たいなもんをこさえるけど、タマゴを先に入れるべきか、ご飯を先に入れるべきか悩みはったそうですわ。そんで、ワテに、どっちを先に入れたらエエんやろかって聞かはりましたんや。 ワテ、答えましたわ。そんなん、タマゴとご飯と一緒に入れたらどないですかって。 あの時、社長さん、なるほどって言ってはりましたわ。 なんでも、日本で焼き飯をこさえる時に、ご飯にタマゴ入れて混ぜてから、炒める方法があるらしいんやって。けど、どんなタマゴ・オジヤになったんやろか。 この社長さんな、最近ボケが多くなりましたんや。 まあ、来はったときから、ボケ顔やなぁ、とは思うてましたんやけどね。 朝、お迎えに行く時は、着く前に社長さんの携帯に電話入れて、もうちょっとで着きまっせちゅうて連絡しますんや。 そうしますとな、車がアパートに着く頃に社長さんが、4階からリフトで玄関に降りて来てはって、車で着くワテらを待ってるちゅう寸法ですわ。 でも、この前な、アパートの守衛さんのおるとこを通った時は、社長さんがすでに玄関口に突っ立ってワテらをまってるんが見えたんやけど、敷地内をぐるっと回って玄関に着いたら、ご本人さんがいませんのや。そして、ちょっと待ってましたらな、リフトが開いて社長さんが出て来はったんですわ。どうしたんですかって聞きますと、ガスの火を止めたんかな、電気切ったかな、玄関のドアを閉めたんかなと気になったんで、降りてからまた、4階に上がって行って、確認してきたんやて。 社長さんな、ガスを点けっぱなしで寝たことが二回あるんやて。 なんか焦げ臭いちゅうて目をさましたら鍋が真っ黒けやったそうですわ。 そのうちに、あのアパートは爆発するんとちゃいまっか。   この前はな、会社から帰ってのことですわ。 会社が終わって社長さんをアパートで降ろして、さあ次に、若いお二人さんをアパートへと向かってましたんや。そうしたら、社長さんから、戻って来てくれちゅう電話かかってきましたんや。 Uターンですがな。そして、社長さんのアパートに着いて、社長さんが乗り込んで来て、『二人をアパートに送ってから会社に行ってくれ』って言わはるんですわ。 なんでも、アパートの玄関の鍵を部屋の中に忘れたんで、会社に置いてあるスペア・キィーを取りに行くちゅうわけですわ。ワテの家な、日本人スタッフお二人のアパートの近くですねん。 結局、お二人さんを送って行って、また会社に戻ってから社長さんを送り届けて、車を日本人スタッフのアパートに置いて、バイクで自分の家に戻りましたんや。甥っ子と一緒に食事しようと約束してましたんやが、もう寝てましたわ。しょうがおませんですわ。でも、残業時間をキッチリつけさせてもらいましたわ。   社長さんのボケね、特に朝が多いみたいなんでっせ。 ある朝ですわ、営業マンがコラプールちゅう町に行ったときにワテが運転して行って、ワテも一泊しましたんや。 ちゃんと出発する日の朝の打合せで、ワテがみんなに発表しとるんでっせ。 そやのに、翌朝ですわ、コラプールのホテルに居るワテの携帯に社長さんから電話が入って来たんですわ。 『事務所の鍵を持っている庶務が、今朝になって、急に休暇を取りました。スペアキィーを持っている営業が出張でいません。庶務の家に鍵をもらいに行くので、今朝は早く迎えにください』って言ってまんのや。ワテがその営業マンとコラプールに来てるちゅうのにでっせ。 そんで、ワテはコラプールにいまっせちゅうと、社長さん『ああ、そうやった』かですわ。 結局、もうひとつの鍵は出張に来てた営業マンが、事務所に残るスタッフにちゃんと渡して置いたんで問題なかったんやけどね。   社長さんはあれやろか、朝起きると仕事のことばっかり考えてはるんやろか。 それとも、頭がスタートするのに時間がかかるんやろか。きっと古い機械と一緒なんやろな。 社長さんな、ご自分のボケを気にしてはるのか知らんけど、なんか日記書いてはるらしいでっせ。 そんで、そのネタ集めるのが好きなんですわ。 肩掛けカバンのフックに小型カメラのケースをくっつけて、歩いてまんのやで。   この前は大変でしたで。 プネの近くの山の中腹に有名なヴィシュヌ神のお寺があって、年に一回大勢の人がお参りするんですわ。そりゃあ、めちゃくちゃ仰山の人たちでっせ。 巡礼ちゅうんですか、行列ちゅうんですか、行進ちゅうんですか、それらが『プネに入った、町を通った、お寺に着いた』って三日掛かりで、写真入りで新聞の一面に載るんでっせ。そんで、その朝のことですわ。 日本人スタッフお二人さんを乗せ、社長さんを迎えに行って、アパートから本道に出ようとしたら、通行止めですわ。いつもは競馬場のそばやもんで、そのお馬さんのお通りで止められることは毎朝おまんのやけど。 その日は道路に通行止めの柵があって、それ以上行けんかったんですわ。 なんのこっちゃいうたら巡礼のコースに当っとんたんですわ。 去年はおなじように行列はあったけど、通行止めには、ならんかったと思うけどなあ。 そやから、今回は回り道せなアカンのですわ。 そんで、道を曲がってちょっと行ったら、また、ストップですわ。 ワテらの通る道が巡礼さんの行進する道路と交差するんで、車が列をなして止まってるんですわ。 こりゃ、当分、動けんなと思ってましたらな、社長さん、すぐにドア開けて降りて、行列に向かって歩いて行きましたわ。 残ったお二人さんも社長さんに続きましたわ。 行列は延々と続いてましたで。 そんで、ワテらの車が通れるように、お巡りさんが行列を止めては、車を横切らせるんやけど、時間がかかりまんのや。 社長さんと日本人のお二人さんは、もう写真撮って、撮って、撮りまくってましたで。 そんなに珍しいんやろか。 珍しいちゅうというとな、社長さん、始めて来はった時なんか、ウシが歩いとる、ラクダがおるって言わはって、車の窓開けて、写真ばっか撮らはったんでっせ。 そして、そのうちに動物ばかりでのうて、町を一緒に歩いておっても、マンホールがコンクリートや、電柱がH鋼でできとるちゅうて、えろう感動しはって、これまた写真を撮りまくってはりましたわ。 聞いた話ですけど、日本ではマンホールは鋳物製で、電柱はコンクリート製らしいそうでんな。 そんなん、インドでマンホールが鋳物製やったら、すぐに誰かに持ってかれて、売られてしまいますわ。 そして、木ですわ。プネってな、一年中おんなじような気候やけど、やっぱり違うんですわ。 社長さんな、気にいってる木が町の何箇所かにありますんや。これしゃれやおまへんで。 そして、時々同じ位置から写真撮ってはりまんのや。 花が咲いた、葉っぱだけになった。枝だけやちゅうて、その時々に感心してはりまんのや。 それに、最初のころは、ワテに、あの花はなんちゅうのや、この木はなんちゅうのやて聞かはりましたけどな、ワテ、さっぱりでんのや、知りませんがな。木や花の名前言うてもしりませんがな。 みんなかって言うてまっせ、黄色い花とか、白い花が咲く木ちゅうくらいなもんでっせ。 そんで、社長さん、最近は花を見ても、木を見ても、なんも聞いてこんようになりましたわ。 でも、ワテな、食いもんの名前は何でも知ってまんのや。 町の食堂に社長さんを連れて行っても何でも答えられますんや。 社長さんがインドに来はったころに、豆やお米を売ってるお店に連れて行ったんでっせ。 社長さん、喜んで写真撮ってはりましたわ。そんなに変わってまっか、インドの豆やお米は。 でも、お米には、ジャポニカ米、インディカ米ちゅうて、日本とインドの名前がついてまんのやね。 そやけど米ちゅう字はアメリカのことやそうですな。 アメリカの人は、お米を食べてはらへんのにね。麦ってしたらどうでっか。 面倒やね、そんなら、中国語では日米、印米ちゅうたら日本のお米や、インドのお米のことやのうて日本とアメリカ、インドとアメリカの国のことを言うんですか。へぇー。 えっ、中国語ではアメリカを美国と書くんですか。へぇー。 ほな、大統領のオバマは何て書くんですか。小浜ですか。えっ、奥巴馬ちゅうんですか。へぇー。 そんで、オバマ大統領は結構神経質な人で、発音が実際に近い欧巴馬を使って欲しいと言ってたらしいちゅうんですか。けど、中国は欧という字にヨーロッパの意味があるからやめたんでっか。 オバマ大統領はホワイトハウスを中国語で白宮と呼ぶんも、アメリカには宮殿がないからちゅうて白屋にしてくれって注文を中国側につけたんですってか。へぇー。 えっ、欧巴馬ちゅうたら、中国では日本のオバサンにあたる欧巴(おうば)桑(さん)ちゅうのが一部で流行っておるんで、欧巴馬は良くないイメージやちゅうとるんですって。へぇー。   そやそや、お米の話やけど、世界中ではインディカ米の方がジャポニカ米の4倍くらいようけ作られてまんのやで。ジャポニカ米が作られてるんのは日本だけやそうでっせ。 これも聞いた話やけど、日本のお米って、食べるとおなかが張るらしいでんな。 それにカレーには合わんそうやわ。えっ、フライドライスにも合わんのでっか。 それに日本ではご飯を炊く専用の鍋があるそうでんな、炊飯器ちゅうんですか。 インドでも最近な、パナソニックちゅう会社がインドのお米用のその鍋を売ってまんのや。日本の人がインドのお米をどうやったら炊飯器で炊けるか、いろいろ勉強しはったそうですわ。今年は100万台売れるそうでっせ。インドで半分のシェアーをもってるんやて。 ワテんとこは、ご飯は圧力釜で煮まっせ。圧力釜な、これ便利もんなんですわ。 ピューと鳴って、蒸気が出てきて、その音が止んで、またピューって鳴りますやろ、その鳴る回数によって早(はよ)う煮えるもんと、時間がかかるもんとを決めますのや。 ご飯なんかは、ピューが二回ですわ。ダルカレー、これは豆のカレーですけどな、4回ですわ。 圧力釜な、野菜に肉と、マサラと入れてフタして火ぃー点けるだけですやろ。簡単ですわ。 聞いた話やけど、日本の人って、ご飯の焦げたノンをおいしい、おいしいって食べるそうでんな。 ワテも、一回、おかずぎょうさん作らなあかん時があって、ご飯を焦がしたことありますんや。 しまった思うて、食べてみたけど、焦げ臭いばっかりで、おいしなかってでっせ。 やっぱり日本人って変わってまんな。 社長さん、言ってましたで、『私は単身赴任です。嫁さんも日本で単身生活です。お互いにその単身の生活を楽しんでいるのです。』って。ホンマやろか。 聞いた話やけど、日本のProverbに『男やもめにウジがわき、女やもめに花が咲く』ちゅうのがあるそうでんな。こんなん、英語におませんで。日本の文化ちゅうものですかいな。 なんや、今日はオチがありませんでしたな。かんにんやで。ほな、さいなら。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(91)ワテは運転手 日印食事の巻

ワテは会社の運転手で、ご主人は日本人の社長さんでんねん。 前の日本人社長さんに丸二年、そして今の社長さんに仕えて三年目ですんや。 その前は韓国人の社長さんの運転手もしたことありますんや。   ちょっと前のことですわ。うちの社長さんの誕生日でしたわ。インドで三回目ですわ。 今年でちょうど60歳にならはったんやて。そんな歳に見えへんけどなあ。 そんで、60歳には見えませんねって、みんなで言うと、『そんなことないでしょう。そうですかぁ? 60歳には見えませんかぁ?もっと若く見えますかぁ?それは50歳くらいということですかぁ?』って、なんかへんに言葉がひっくり返ってもうて、ワテらにしつこく聞いてはりましたわ。 そんなん、お世辞に決まってまんがな。結構、単純な社長さんでんねん。   それからですわ、お客さんが来はるたんびに、『自分は60歳になりました、還暦です。』って言ってはるそうですわ。きっと、お客さんから『えっ、そうなんですか?そんなお年には見えませんよ。』って言われるんを心待ちにしてはるんでっせ。これな聞いた話やけど。   会社には社長さんの他に、去年の4月に来はった日本人の若いスタッフが二人いてはるんですわ。不思議なことに、このお二人さんも、社長さんと同じ5月生まれなんですわ。 うちの会社ではスタッフの誕生日には昼食後にケーキでお祝いすることになってまんのや。 けど、インドではそのケーキの一部を誕生日の人の顔に塗って祝ったりするんですわ。 聞いた話やけど、日本にも顔に墨を塗ったり、田んぼの泥を塗って健康を祝う行事があるそうでんな。それって、インドから行ったんとちゃいまっしゃろか。 誕生日の話しやわ。今年は三人とも忙しかったさかい、なかなか一緒になる機会がおませんでしたんや。 そんで、一度に三人さんの誕生会をしたんですわ。 けど、今年はケーキの顔塗りはしませんでしたわ。   その誕生会では日本人の部下の人たちは日本から買うて来たジャパニーズ・ワインを社長さんに贈ってはりましたわ。結構ゴマすってまんな。ワテらインド人スタッフは、社長さんにワインを二本あげましたんや。 それも、ちゃんと綺麗な紙に包んでリボンつけたんでっせ。 けどね、これな、日本人の部下の人がおらん時にやで。 そやかて、日本人の部下の人には何にもあげてへんさかいな。 二人には内緒にしといて下さいね。 けど、二本で2500ルピー(4千円)近い買いモンでしたんやで。 一人500ルピー(800円)やがな。ワテにとっては痛い出費ですわ。 簡単な昼食10回分ですわ。ワダパウなら50個はゆうに買えますわ。 しょうがおませんわ。ワテらの給料を決めはるのは社長さんやもんね。 それに、この前はワテの不注意で会社の車をぶつけた時に、右のヘッドランプの修理費用を会社で払ってくれはったたんでっせ。 ワテは自分のせいやよってに、いったん自腹を覚悟してましたんや。 そうしたら、社長さんが領収書もって来いって言わはりましたんや。 助かりましたわ。ワテの給料の四分の一くらいがふっとんでしまう金額でしたんや。 社長さん、見た目通り、デブ、いや太っ腹でんな。   ワテな、社長さんが毎晩食事せんと、ワインだけを飲んではるって知ってまんのや。 毎日ちゅうくらいに、会社帰りにワインショップの前に、車を止めさせて、インド産のワインを買って帰らはるんでっせ。今日はどんなんがあるんやとか、高いんとちゃうかなんて、お店の人と楽しそうに話してるのが車の中から見えますわ。 はよう帰りとうて待つワテらの身にもなって欲しいわ。 そやさかい、社長さんがお酒はワインしか飲まんちゅうことをみんなも知ってますんや。そんで、去年も今年もワイン贈ったんでっせ。 けど、三日目には、もうワインショップに寄って買うてはりましたで。 二本を二日で飲んでしまはったんやろか。 インドは、最終商品価格を商品に表示しますねん。ワインの場合はボトルの裏ラベルに表示したるから、社長さんがそれを見はったら、いくらのワインか分るンやけどなあ。ちゃんと、読んでてくれてはるかなあ。 いつも社長さんが買うとはるのより、高いワインなんやけどなあ。 けど、部下から、もらいはったジャパニーズ・ワインはどないしたんやろか。   それに社長さんな、朝もお食事をせずに、コーヒーがジュースだけ飲ははるだけらしいですわ。 そやから、お食事は会社で食べる昼ごはんだけですわ。 それはチキンカレーやったり、ベジ・ブリヤニやったり、タリーやったりですわ。 最近は日本人の部下の人と中華料理をみなさんで取って分けて食べてはりますわ。 そやそや、今年もまた日本人スタッフがゾウインされるんやて。 そんで、若い日本人スタッフのお一人がそのランチの目で見るメニューを作るちゅうことで、届いたランチを食べる前に毎日写真を撮らはったんですわ。その間、社長さんと、もう一人の日本人スタッフは『まだか』って顔して待ってはったんでっせ。 そんでも、あれでんな。インドの料理は写真を撮っても、色がおんなじやよってに、どれがチキンカレーで、どれがダルカレーやわかりませんけど、中華料理ちゅうのは見た目で色が違うもんでんな。 そやけど、中華料理って言ってもね、インドに中国人はおらへんから、北インド人が作ってる料理なんでっせ。顔は中国人みたいやけど、ネパールや、ミヤンマーに近いところのインド人ですんや。 社長さんらは、まあインドの中華料理やから、こんなもんかなって食べてはりますわ。   社長さんな、『空腹が人を健康にする』ちゅう本を読まはったらしいですわ。『一日一食』で20歳若返る!!ちゅうタイトルらしいでっせ。本の帯には『おなかがグーッと鳴ると、体中の細胞が活性化する! 健康は見た目に表れます。生命力遺伝子を活用して美しく元気に生きる方法!』って書いてあるらしいようでっせ。聞いた話やけど。食べすぎこそ病気の始まり、ごはんを食べたらすぐ寝ようとかが内容らしいですわ。   そやけど、社長さんが一日一食なんは、単なる不精なようやけどな。 一日一食やったら、夜中にお腹が空かんのやろか。ワテやったら、もたんわ。 まあ、ワイン飲んではるから、酔っばらって寝てまうだけやろうな。 それに、社長さんな、なんでもきれい過ぎるのは良くないって毎日シャワーを浴びとらんちゅう話でっせ。せっかく自分の体が作った抵抗力を石鹸で洗い流す必要はないって言ってはるそうやわ。これって、日本の小説家の五木寛之って人が言ってはるらしいですわ。聞いた話やけど。   社長さんな、別の時にも清潔過ぎるのは良くないって言わはった時がおますんやで。 その時は、確か、『No fish in clean water』やって言わはったわ。 社長さんな、インドでも日本でも政治家はお金をもらうもんや、ダンゴーも必要悪や、日本でも学校の先生や、入院先の医者にお礼を渡すやないかって意味のわからんこと言ってはりましたわ。 でも、この英語は社長さんが勝手に作りはった英語やろうけど、わかるような気がしますわ。 ワテらの国やったら、『Too many fish in very dirty water』やろか。 ワテの食事でっか、あきませんがな、インド人ですがな。 間食しますんや。この間食ちゅうか、スナックが多いんですわ。 インドって、油で揚げるもんが多いでっしゃろ。 そんで若いときから太ってしまうんですわ。 ワテがベジかってですか? ちゃいまんがな、ワテはクリスチャンでんがな。ノンベジでっせ。 うちの事務所の他のスタッフはみんなベジですけどな。 それに宗教が絡んでますやろ。 プネはガネーシャ祭りで有名な町でんねん。 ガネーシャの牙は右側が折れてますやろ。 あれって何でか知ってまっか? ワテ、クリスチャンやけど、知ってますで。 お月さんでんがな。 えっ、牙がお月さんかって?ちゃいまんがな。 お腹の出たガネーシャさんを笑ったお月さんをガネーシャさんが牙を折ってのろいを掛けて投げつけたんで、それから不吉になったお月さんは蓮の花の中に隠れて出てこんようになったんですわ。 そんで、神さんたちがガネーシャにお月さんを許してやってくれって頼んで、お月さんが出てこられるようになったんやけど、ガネーシャの祭りの期間だけは月を見ることが不吉となったんですわ。 そんでかどうか知らんけど、うちのスタッフの一人は満月から4っ日目と、毎週木曜日は断食の日なんですわ。 断食ゆうても、食べてもエエもんがあるらしくて、いつもはチャパティと野菜やけど、断食の日は何かツルツルのもんを食べてますわ。 サゴ・ライスって言ってましたで。 もう一人のスタッフは土曜日が断食の日らしいけど、うちの会社は土曜日は休みやったり、半ドンやさかい、ランチを会社で取らんのですわ。そんで、彼が会社で断食の食事をするんを見たことがありませんわ。   日本の人がインドで食べもんに苦労するように、インドの人も日本に行くと苦労するようでんな。 この前、社長さんが二人のインド人を日本に連れて行ったときのことを話してくれましたわ。 二人ともPure Vegetarianでしたんやて。 四日ほど日本にいたんやけど、毎日がインド料理やったんやて。 日本のインド料理っていうても、ベジとノンベジがごっちゃになっとるそうでんな。 それにネパールやパキスタンやバングラの人たちもインド料理やって店出してはるらしいですね。 これって、チェンナイにあるモモヤマちゅう日本の居酒屋風の店のオーナーが韓国人やちゅうのとおんなじことやろか。 社長さんが二人を連れていったんはアイチケンちゅうとこの田舎やったそうですわ。 そんなとこにも、インド料理店さんがあるんやね。 その日は、ちょうどお昼ころに、小さな町中を車で客先へと走っていたら、あんじょうインド料理ちゅう看板が見えたんで、慌ててそこに入ったんやて。 社長さんと運転してはった本社の人は、セットメニューを頼みはったそうやけど、インド人二人はメニューを見て、ネパール人らしい店長を呼んで、なんやかんや聞いたりして、なかなか注文をせんかったらしいですわ。。やっと注文が決まって店長に伝えたら、しばらくして店長が二人のそばに来て、何か言ったそうですわ。そうしたら、二人がまたメニューを見て注文し直したらしいですわ。そんで、出てきたもんはちょっとだけの野菜とパパルやったんやて。 […]

シンゴ旅日記インド編(90)ワテは運転手 謝るは負けの巻

ワテは運転手 謝るは負けの巻 ワテは会社の運転手でんねん。 ご主人は日本人の社長さんですわ。 前の日本人の社長さんに二年、そして今の社長さんには二年以上仕えてまんのや。 前の社長さんは、奥さんと二人でインドに来てはりましたんやで。 今の社長さんは単身赴任ちゅうやつですわ。 そんで、前の社長さんが住んではったアパートに入りはったんで、3LDKに女中部屋がついてる広いアパートに一人で住んではるんですわ。 今の社長さんの奥さん、一回もインドに来てはらへんのやわ。きっと、ワテんとこみたいに、夫婦仲が悪いんとちゃうかなあって思ってましたんや。そんで、ある時な、社長さんに、奥さんはインドにいつ来(き)はるんですかってお聞きしたことがあるんでっせ。 そうしましたらな、社長さん、言わはったんでっせ。 『前に駐在していたタイも、単身赴任でした。タイは奥さんがいない方が良いんですよ。 でも、インドはそれとは違う意味で、奥さんを連れて来ない方が良いのです。』 ワテな、それが、どういう意味か今でもようわかりまへんのや。 この社長さんな、インドのもんを何でも食べはるんですわ。 前の社長さんは、奥さんがこさえた日本食の弁当を会社に持って来はって食べてはりましたわ。 でも、今の社長さんな、プネに来はってから毎日昼飯はインド食ですねんわ。 と、言うてもな、ここでは日本のレストランはオー・ホテルの中にある『原宿』だけですんや。 チェンナイやバンガロールなんかと違(ちご)うて日本食の弁当なんかありまへんのや。 最初の頃はワテがお店からもらってきたメニューをお見せして、チャーハンやカレーや、おかずやちゅうて注文して食べてはりましたけど、そのうちに毎日チキンカレーかベジ・ブリヤニになりましたわ。 ブリヤニって何かってですか、何ちゅうのかなあ、お米料理ですわ。 中華のチャーハンでものうて、イタリア料理のリゾットでものうて、そうそう日本の釜飯ちゅうか、炊き込みご飯みたいなもんですわ。 えっ、料理のことぎょうさん知っとるやないかってですか? ワテ、こう見えても、料理得意なんでっせ。 前に社長さんのお家で人が集まらはった時に、インド料理を作ってあげたこともあるんでっせ。 そういえば、最近、社長さんはインド料理を作ってくれっていいませんな。 あの時に買(こ)うといた香辛料のパウダーはまだあるんやろか。もう封切ってから一年以上たっとるさかい、賞味期限が切れとるはずやわ。 今度社長さんに聞いてみたろ。 そやそや、その社長さんのランチのことやった。 社長さんな、毎日続けてインド料理ばっか食べてましたんや。 ようも飽きんと毎日食べてはったと思いますわ。 そやからビスネスマンのことを日本では商人(あきんど)といいますんかいな。 去年来(き)はった若い日本人のスタッフ二人も社長さんの真似して毎日インド料理を食べてはったんでっせ。最初はタリーとかダルカレーとかばっかりでしたけどな。最近では中華料理まがいの店を見つけて、そこから中華料理を取って、三人で分けて食べてはりますわ。 うちの社長さんな、いつもは冗談ばっかり言ってはるけど、時々、カッーとなりはるんですわ。 たとえばですか、そうやなあ、そうそう、うちの会社な、去年から現地法人化されたんやて。 その前は駐在員事務所ちゅうステータスやったんやて。 そんで、この前な、庶務担当が駐在員事務所を閉鎖する続きで、銀行へ追加で提出する書類の作成で間違いをしましたんや。 ワテな、事務所におるときは、二人の近くに座ってますのやけど、お仕事は関係あらへんからね、何のことやら、てんで、わからへんかったんですわ。 社長さんが書類にサインする前に言わはったんですわ。 『何ですか、これは、少し、おかしいのと違いますか。 私がサインする書類ばかりでなく、会計士が提出する書類も、うちのレターヘッドになっていますよ。それに、そのレターヘッドが駐在員事務所のものでなく、今の法人会社のものですよ。 前のレターヘッドで作り直しなさい。』って言わはったんですわ。 庶務担当な、その時、社長の方を見んと、パソコンを見つめてじっーと黙ってたんですわ。 いつもやったら、ようけ言い訳する奴なんですわ。でも、その時は、自分が悪いってことが、バレバレやさかい、言い訳が出来んかったんでしゃろな。 そして、ちょっとしてから、社長さんに言われた通りに、書類を作り直して、印刷して、何も口利かんで、そぅーっと社長さんの机の上に置いたんです。 そしたら、社長さんが、『あのね、私に書類を出す前には、しっかりと確認をしなさいね。今回は何を間違えたのか、わかりましたか?そして、間違っていたら、すみませんと言わなければいけませんよ。』て、ちょっと強い口調で庶務担当を叱りはったんですわ。 そんでも、庶務担当は、またじっーと黙ってパソコンを見つめたまんまでしたねん。 ワテ、インド人でしゃろ。庶務担当の気持ちは全部分かりますわ。 そんなん、自分がミスしても、謝ったら負けでんがな。絶対に謝ったらアカンのでっせ。 庶務担当な、黙っておったんで、社長さんな、アップセットしてシャウトしだしましたんや。 『おいおい、誰にも間違いはあります。しかし、間違ったらすみませんと謝るのが普通ですよ。 そう思いませんか』て言うて説教口調になりましたんや。 これ標準語で言うと、怒っているように見えませんね。 関西人やったら『おい、わりゃ、どこ見てけつかるねん。ちょっと、わいの話し聞かんかい。 そんなん、間違いなんか、誰でもするがな。そやけどな、間違えとったら、カンニンやって謝るやろ。そんなん、当たり前やんけ。ワレ、どついたろか、いてまうで。』 て、言うんやろか。でも、怒鳴る時は何でか、河内弁がちょびっと入ってしまいまんな。 そんで、会社が終わって、ワテが社長さんをアパートに送る時のことですわ。 その時は、いつも一緒に帰る日本人スタッフ二人は出張に行っておって、おらんかったんですわ。社長さん、独り言のように、でも、ワテに聞くかのように言わはったんですわ。 『ミスしても謝らないのは個人の問題でしょうか、それともインド人一般の問題でしょうか』 ワテな、運転しながら、ルーム・ミラーでちょびっと社長さんの顔を覗いてから答えましたんや。 『社長さん、それは個人の問題です。インド人一般や思われたらつらいです。』 ワテな、『謝らないのは、インド人一般であると決まっていますよ。』って本当は言いたかったんや。 そやけど、社長さんが、きっとそれは個人の問題やって思いたがってはりますやろ、そやから、つい『それは、個人の問題です』って口に出てしもうたんですわ。ワテも、ええ加減な人間でんな。 ワテもインド人やさかい、場に合わせてしゃべるんが、うまいんやろなあ。 そやそや、この社長さんが来てから、ワテらスタッフな、毎朝打合せをしますんや。 運転手のワテも入れてでっせ。そんなん、まず、時間通りに始まりませんわ。 うちのスタッフは私を除いて、みんなバイクを運転して会社に来るんでっせ。 ぴたっと、8時半に会社に来れまっか。絶対5人のうち一人は何分か遅れまんのや。 社長さんな、遅れるときは電話せいって言わはって、最初は、みんな、まじめに5分遅れます、10分遅れますって社長さんに電話してましたわ。 そやけど、今は連絡してこん人もいますんや。誰かって、そんなん、名前は言えませんがな。 そりゃ、バイクの運転中に携帯使って、ちょっと遅れまっせって言うのは面倒ですもんね。 そんで、社長さんも心得たもんで、8時半からやのうて、みんなが会社に来てパソコン開いて、メールを一通り読んだと思われる8時45分ころから打ち合わせを始めるんでっせ。 みんな言うても、ワテだけパソコンはありませんけどね。 打合せは、これまた、狭い会議室に入るんですわ。 六人しか座われん部屋に八人が入るんでっせ。そやさかい、椅子が足りませんがな。 二人は、どうしても自分の机の椅子を持ってくる必要があるんですわ。 で、部屋に入るのに手間取っておるのんがいても、社長さんな、無視して『Good Mooorning』って始めてしまうんでっせ。早うせい、時間通りに始めるちゅう意味やそうですわ。 そして、社長さんが、まず全体的なことや、ご自分がその日にすることをしゃべりはりますわ。 社長さんな、気分がいい時は、今の季節は日本ではこんなんやとか、今日は中国と日本では何々を祝う日ですとか、タイではこんなことがありましたとか、いろんなこと話してくれますわ。 そして、今度のインドの祝日は何の神様を祝うんやとか、隣の州の選挙結果とか、ご自分が見はったり、聞かはったりして分らんことをスタッフに聞いたりしまんのや。 ワテら、ちゅうか、ヒンズーの人な、ファミリーゴッドがまちまちなんですわ。 インドの文化についてはお互いが違うこと言ったり、知りませんって言うと、社長さんな、ニコニコ笑って、これがインドなんやなあって顔してはりますわ。それに、社長さんな、ワテらの知らんインドのことを時々しゃべらはる時もあるんでっせ。どこでそんなこと調べてはるんやろか。 社長さんの話しが終わると、座っとる順番に今日することを話すんですがな。 他の仲間はええですわ。 営業もメンテも庶務もすることあるさかい。無かっても昨日やったこと報告すれば済みますがな。 ワテは庶務の補助も兼ねてますけど、メインが運転手ですやろ、その日にするお仕事とってほとんどおませんのですわ。でも、社長さんな、聞いてきよるんですわ。『全くすることが無いというわけではないでしょう。何かあるでしょう。一日中机に座ってるだけですか』これ、いじめとちゃいますか。 そんで、ファイリングを手伝いますとか、電話代を支払いに行ってきますとか、エアコンの掃除を頼みますとか、いろいろ考えなアカンのですわ。運転手はつらいよ、ですわ。 そんで、ある時な、、、アカン、アカン、もう社長さんを空港に迎えに行く時間やわ。 ちょっと遅れると、すぐ電話かけてきよるんでっせ。あの社長さん。 そんなん、インドですがな。時間通りになりませんがな。 この前な、社長さんが出張から帰って来て言ってはりましたで。 『飛行機が到着し、CAがアナウンスで、時間通りに到着しました。時間を守るのは大切なことですって言いましたよ。しかし、その飛行機は定刻20分前に離陸してたんですよ。』 そんなもんでっせ。インドは。アカン、もうアカン、また今度お話しまっさ。 まあ、今の社長さんが来てから毎日おもろいことばっかでんがな。楽しいおまんな。運転手は。 あっ、ワテ、さっきはつらいって言ったばっかりやのに。 まあ、インド人は、間違っても謝らんし、知らんでも知っとる顔するちゅうことですわ。 なんせ、謝ったら負けやし、それに知らん言うて相手をがっかりさせんとこ思うてますのや。 付け加えときますけどな、社長さん、すぐ怒鳴る人やけど、スタッフとは仲が良いんでっせ。 さっきの庶務担当なんか社長さんを先生か父親見たいに思ってますわ。ほな、さいなら。 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(89)我輩は牛でんねん 祭りの巻

我輩は牛でんねん 祭りの巻 (2014年4月記) もしもし、そこにおるんはギフのおっさんやないですか。 久しぶりでんなあ。 あれっ、何ですか頭を剃って、髭を生やしてもうて。 日本から来た坊さんかと思いましたで。ナンマンダブ、ナンマンダブ。 えっ、あんさん、チェンナイに移ってしもたんですか。 そんで、月に一回はプネに来るけど、アパートを引き払ったんで、ホテルに泊まっておるちゅうんですか。 チェンナイでっか、ホ~ン、そこには我輩の弟がおりますんやで。 えっ、なんで我輩の弟がチェンナイにおるんやってですか。 我輩も弟も、生まれはバンガロールなんですけどね。 我輩らは大東亜戦争が始まって食糧不足を補うための和牛と印牛をコーハイさせるワイン計画で生まれたもんやさかい、えっ、前に教えてあげたんやけど、もう忘れてしもたんですか。 やっぱ、齢でんなあ、気ぃつけなはれや、嫁さんの誕生日とか、結婚記念日覚えてまっか。 ワイン計画ってね、日本とインドの優秀な牛をコーハイさせて、粗食やけど、おいしい乳や肉がぎょうさんできる牛を作ろうっちゅう計画でしたがな。 我輩や弟の場合はコーベ牛のオトンとバンガロール生まれのオカンのコーハイの結果ですわ。 そんで我輩はプネに、弟はチェンナイに送られたちゅうわけですわ。 オトンもオカンも、後に生まれた妹もバンガロールにおりますわ。 弟のおるチェンナイにはバンガロールで生まれた仲間も、そこにようけおるんでっせ。 ヒダの弟のミノも、マツサカの兄のシマもおりまっせ。 ミヤギの弟は、えーと、あれっ、ワテも名前が出てこんようになってもうたは。歳やろか。 まあ、こいつらはコーハイの後輩ちゅうわけですわ。   なんで、インドでワイン計画が行われたか知ってまっか。 ここなら、どんなおいしい肉が出来る牛ができても、インドやったら、それを食べる人がおらんちゅう発想ですわ。 中国でしたら、あきまへんがな、コーハイする前に食べられてしまいますやろ。 それにしても、あのころは日本とインドは仲が良かったんでっせ。 けど、なんで、日本にビーフカレーとか、ポークカレーちゅうて、インド人が聞いたら怒るような料理がでけたんやろか。 まったく、けったいな国でんな、日本は。 そうやったら、カレー・スパゲッティ、カレー・バーガー、カレー茶漬けちゅうもんも、でけてるんとちゃいまっか。 こうなると、日本と世界の国の料理のコーハイでんな。 えっ、日本料理が世界遺産になったんですか。 ビーフ・カレーも世界遺産になるんやろか。   コーハイちゅうたら、オトンの一族のコーベギュウもな、もとは田んぼで仕事しとったタジマギュウと西洋のブラウン・スイス種ちゅう乳や肉がぎょうさん取れる牛とのコーハイやそうですわ。 あれっ、ちゅうことは、我輩にはスイスの牛の血が流れておるちゅうわけですな。 我輩はこれでちょっと仲間に対して鼻が高(たこ)うなりますな。   あんさん、日本では、売られてる牛肉に『和牛』と『国産牛』の表示があるそうですな。 和牛はわかりますが、国産牛ってなんですのん。 えっ、外国から輸入した牛でも、日本で飼育し期間が外国で飼育していた期間よりも長いと国産牛になるんですって。外国におった方が長かったら輸入牛になるんですか。 ホーン、そしたら人間やったら、帰化するようなもんですな。 けど、そうやったら、外国で長いこと飼育されて、日本に輸入された牛と和牛とをコーハイさせてできた牛は和牛なのやろか、国産なのなやろか、それとも外国産なのやろか。 我輩にはようわからんですわ。 えっ、日本の牛肉の生産量を知ってるかってですか。 2010年度の日本の牛肉の生産量は、和牛が155千トンで、 国産牛が202千トンで、国産牛の方が和牛を大きく上回る量が生産されておるんですか。 そして1991年から自由化されている『輸入牛』の輸入量は、国内の生産量(357千トン)を大きく上回る、511千トンやったというんですか。ホーン。 ちゅうことはあんさんは、畜産関係のひとでっか?   えっ、何ですか?チェンナイにおる我輩の弟はどんな奴かってですか。 あんさん、相変わらず、話がつながらん人でんな。 今、牛肉の生産について話しておったばっかやないですか。 弟でっか、牛でっせ。えっ、そうやのうて、どんな性格やってですか。 弟な、なんせチェンナイに行きましたやろ、タミルナドゥ州ですがな。 タミル人ちゅうたら、独立心が強うて、言葉もヒンズー語とまったく違うクルクル文字でっせ。 お尻文字とも言う人がいますけどな。 それにお祭りや儀式の多いタミル人の社会やないですか。 そんで、おとなしい我輩と違うて、弟はお祭り好きで、独立心旺盛な牛になりましたんやで。 えっ、誰がおとなしいってですか。あんさん、結構耳がよろしいおまんな。 そんでね、弟とも時々、テレパシー通信で近況を連絡し合っておりますわ。 そうするとね、なんか偉そうにインドの政治や、経済の話をして来ますわ。 我輩な、あんさんのことも、時々弟に連絡してましたさかい、チェンナイに行かはったことを弟に伝えておきますわ。 我輩らの通信は言葉だけやのうて、映像も送ることが出来るんでっせ。   そやけど、お祭りちゅうたら、日本にはコーハイ、ちゃうコーハク・ソング・バトルちゅうんですか、12月の終わりの日にぎょうさんの歌い手さんが順番に出て来て歌う祭りがありますやろ。 あれで、最後にサブやんが、よう歌ってましたな『まつり』ちゅうやつを。 我輩は、こう見えてもサブやんのファンですねん。 えっ、サブやんやない、サブちゃんですって。 サブやんゆうたら、パチンコのクギシですって、なんですかクギシって。 パチンコちゅう遊ぶ台のピンを調整して玉が穴にはいることを加減する人ですって。 へぇー、パチンコちゅうたらあの昭和の始めに西洋のコリントゲームとかウォールゲームからスタートしてできたギャンブルでんな。 なんかオトンから聞いたことがありますわ。 けど、インドにはそんなんは、おませんで。 えっ、その漫画の原作は牛(ぎゅう)次郎っていうんですか。 なんか我輩らと関係がありそうでんな。 そんで、その牛さんは1986年に臨済宗妙心寺派で出家しはって牛込(うしごめ)覚(かく)心(しん)と名乗り、1989年に自分で設計したお寺を静岡県伊東市に建てられたちゅうんですか。 ホーン、ますますインドに関係が深いひとですなあ。   そんでね、サブやん、ちゃう、サブちゃんが歌うときにな 『ねぶた』ちゅうもんが出てきますやんか。 我輩はそれを最初に聞いたときに『寝豚』かと思いましたわ。 酢豚は知ってましたけどな、ネブタは知りりませんでしたで、 何で祭りに寝てる豚が出るんやろうと思うて不思議でしたわ。 そんでな、弟の祭り好きはオトンの血も引いてるようですわ。 オトンな、葵祭りなんかにも、よう出ておったらしいですよ。 えっ、葵祭りってなんやてですか。 あんさん、葵祭りをご存知ありませんか。 石清水祭、春日祭と共に歴史のある京都の三勅祭(ちょくさい)の一つやおませんか。 勅祭わかりますか?朝廷、つまり天皇さんが音頭を取る祭りでっせ。 そやから、一般の人たちの祭りの祇園祭に対して、葵祭りは賀茂氏と朝廷の行事として行っていたのを貴族たちが見物にいくようになったちゅう由緒ある祭ですのやで。 それに、京都三大祭りの一つですがな。 えっ、京都の三大祭りってなにやってですか。 これまた、難儀やなあ。 そやそや、あんさん、岐阜の生まれでしたさかい、ご存知おませんのやね。 岐阜の祭りについては、あのヒダの奴から聞いたことがありましたわ。 岐阜の三大祭ゆうたら、タカヤーマ祭り、グジョー祭りそしてドーサン祭りやて、これホンマでっか。 ドーサンちゅうたら京都出身のお侍が油売りになって、岐阜に移って、土岐氏滅ぼして、斎藤家をのっとって美濃を押さえたマムシのドーサンのことですやろ。   そんで、話は戻りますけどな、京都の三大祭りゆうたら、5月の葵祭、7月の八坂神社の祇園祭、それに10月の平安神宮で行われる時代祭りですがな。 これもオトンの受け売りですけどな。   葵祭りは、正式には賀茂祭ちゅうてましてな、賀茂(かも)御祖(みおや)神社(下鴨神社)と賀茂別(わけ)雷(いかずち)神社(上賀茂神社)で、本来は陰暦四月の中の酉の日やったけど、今は5月15日に行なわれてますわ。   祭りの行列の人達の冠や牛車や桟敷(さじき)の御簾(みす)をフタバアオイとカツラで作った葵(きっ)桂(けい)で飾ることから『葵祭』と呼ばれるようになったとのことですわ。 これね、葵がメスで、桂がオスやちゅう説もおますんやで。 こんな話があるなんて、昔の人は粋やったんやね。 葵祭りな、さっき言いました三勅祭りの一つの石清水八幡宮の『南祭』に対し『北祭』ともいわれますんやで。 そして、平安時代に祭といえば葵祭り、つまり賀茂祭のことやとオトンが言ってましたで。 あれっ、オトンはそのころ生きておったんやろか。   そんでや、ここからでっせオトンの出番は。 […]