スマホライフ 今日の一枚 趣味の作品展 VOICE
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コッツウォルズ紀行①まえがき

まえがき 趣味の一つとして旅行をあげたいところですが、13年ほど前からワンちゃんを飼っていることもあって、なかなか出かけられません。若い時は、父親が旧国鉄に勤めていたこともあって鉄道にも興味を持ち、青春18きっぷを利用してあちこち貧乏旅行を楽しんだものです。 もともとさすらいの旅が好きな方で、あまりしっかりとした予定を決めずにふらっと旅に出るのが好きでした。大学生のとき、高校を卒業してから会っていないクラスメイトを訪ねて全国あちこちを巡る気楽な旅を楽しんだこともありました。 熟年といわれる歳になってその若い時の気持ちが再び甦り、今度は海外に自由旅行がしてみたいと思いたち、妻の提案と友人の勧めでイギリスのコッツウォルズに行くことになりました。イギリスは、私自身は初めてで妻は2回目でしたが、アンティーク、イングリッシュ・ガーデン、ウイリアム・モリス、ビートルズなど二人の興味・関心が一致することでイギリスへの旅行に反対の理由は見つかりませんでした。 そこで、せっかく行くなら、パックツアーで振り回される旅ではなく、自分で作る自由気ままな旅をしようと決心し、この旅の計画が始まったのでした。出かける前は、後にホームページを作ることになろうとは夢にも思っていませんでした。 この旅行で訪れたコッツウォルズという村がとても気に入り、どうしてもこの感激を残しておきたいという思いにかられて初めて作ったのが「コッツウォルズの歩き方」というウェブサイトでした。当時はWordPressもBizVektorも全く知らず、ホームページビルダーで作ったシンプルなものでしたが、ある旅行雑誌に紹介されたことで、ウェブサイト制作が趣味の一つに加わりました。 もうかれこれ19年も前のことなので、旅行記の内容には時代のズレを感じる部分もあると思いますが、その辺りををご容赦の上拙文を一読していただければ幸いです。 西  敏 ~つづく~

雨の午後のレッスン~荻悦子詩集「流体」より 

雨の午後のレッスン 青年の方に首を巡らせ 自分の胸の辺りから 滞った空気を掬いあげるような目つきをして ピアニストが 曲の解釈を述べ立てている その根拠のほとんどは 同じ主題を扱った画家の絵や 言葉で書かれた書物に負っている 群衆のざわめきが やがて怒涛のような叫びとなったのです 過ぎ越しの祭りの日 どういう日でしたか そう 罪人のうち一人だけを許してもいい日でした イエスではなくバラバを その群衆の声が 次第に大きくなって聞こえてこなければなりません 彼女は弾き始める 大きくうねり 細やかにきらめいた後 息をひそめ 玉を繋ぐ糸がほどけたように 水底へ沈んでいく音色 初老のピアニストは 存分に歌い上げ 恐ろしいほどロマンチックにバッハを弾く ピアニストの背後に 大きく揺れる暗い塊がある 窓の外の 風と雨にあおられる葛である 秋の初め 広い葉の一枚一枚は まだ柔らかな色をして軽やかに見えるが それらがびっしりと重なり合うと 木の枝を覆い隠してしまう 表情の少ない青年は 蝋人形のように動かない 細いジーンズの足を揃え 額を光らせて ピアニストの音を追っている いま彼の感受性を支配しているのは 先に彼女によって説明された劇的な人間の情景 つまりは言葉ということになりはしないか 劇がなければならない なかったかも知れないなどとは言わせない 自信に満ちたピアニスト 灰色の細い眼 丸顔を縁取って ひとかたまりずつ ふわっと立ち上がる短い巻き毛 太い首から 顔を前に倒し その表情は梟を思い出させる 窓の外では 葛の葉と花が揺れ騒ぎ その下で 絡めとられた細い木の幹も撓う 木の枝や葉は葛に覆われてしまって 外からはほとんど見えない 雨のなか 葛の蔓はまた伸びて 取りつく先が見えないまま 宙で揺れている 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

オランダ点描(1)デルフトタイル

はじめに これから何回かにわたって掲載される文章は、筆者が仕事の関係で1990年代の約6年間をオランダのロッテルダムで過ごしていた時に、日本の知人に生のオランダの様子を伝えようと「オランダ点描」と題して折に触れ書き送った私的な雑文をベースに、後年一部手を加え、さらに注記したものです。 短い滞在ゆえの、オランダ事情についての私の理解力不足や、事実誤認、あるいは理由なき偏見なども含まれていることを大いに危惧しております。もしも、それらに気づかれ不快に思われた方がおられれば、誠に申し訳なく思います。 その時は、何卒暖かい目で笑い飛ばして頂き、また同時に寛大な心でお許しを頂ければ誠にうれしく思います。 宮川直遠 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ デルフトタイル デルフトブルーの古い壁タイル。これも骨董品の部類に入るのかもしれません。普通、骨董品蒐集にはそれなりの鑑識眼と多少の先立つものも必要ですが、それもなく、ただ古い物への郷愁だけでかび臭くて薄暗い店の中を眺めまわしていても始まりません。私も以前は、「アンティーク」と書かれた店は横目で見て通り過ぎるだけでしたが、ある時、デルフトのとある骨董屋の店先で思わず足が動かなくなってしまったことがありました。 角が欠け、いくつも傷のある年季のはいった一枚の壁タイル。中央に凧揚げをしている子供が二人小さく、白地に鮮やかな青の単純な線で描かれている約13センチ四方のもの。魅入られたようにすぐその場で買い求め、枠に入れ居間の壁に一枚・・・。 今にして思えば、この壁の有り余るスペースがよくなかったようで、気が付くといつの間にかこの種のタイルの数は百枚を超えておりました。「さあて、日本に還ったら一体どこに飾ろう。何とかうまい方法を・・・。」と思いつつも、まだまだ逸品(?)を探し続けています。 オランダの装飾タイルの歴史は16世紀ころのデルフトなどにまで遡ることができ、他の陶器類とともに歴史的・美術的価値のあるものも数多くあります。*注) しかし、目下私の興味の対象はこの「子供の遊び(Kinderspeelen)」を主題にしたもの。凧揚げのほかにコマ回し・竹馬・縄跳び・ブランコ・馬飛び・喧嘩(これも立派な、子供の遊びなのです)・石蹴り・人形遊び・ビー玉・かざぐるま・魚釣り・スケート、さらにオランダならではの長い棒を使っての運河飛び等々。これらのモチーフは今でもまだ使われていますが、味わいのあるのはやはりごく初期のものから18世紀頃のものまででしょうか。 二、三百年も昔のオランダの子供たちの遊ぶ姿が、絵付け職人たちの暖かい眼差しと軽妙な筆さばきで生き生きと描きとめられ、時代を越え、国を越え、今も見る人に何かを語りかけてきます。 *注)昭和8年、柳宗悦と浜田庄司がこのオランダのアンティークタイルを「工藝」という雑誌で紹介しており、銀座の鳩居堂で一枚5円から10円で販売中云々という一文を書いていますが、あまり売れなかったようです。

しんごのキになる話61 大竹囲碁名人の言葉の巻(その2)

インドの景色が違うのです。モンスーンが来る前と来た後では景色が違うのです。 それが如実に判ったのは北インドのラジャスタン州のジャイプールに出張した時です。 乾季の4月に行った時の荒々しい山々が、その次に訪れた8月には緑豊かな優しい景色になっていました。 下の写真は4月に行った時のジャイプールです。 最初の二枚はジャイガール要塞、3枚目は水中宮殿です。 8月に行った時とほぼ同じ場所の写真です。砦の中の池は満水、山は緑一色です。 我がアパートでも外の景色が違っていました。 毎日見ているので気付きませんでしたが、写真を比べてみると一目瞭然でした。 写真左下は4月のアパートの外の景色です。バラック小屋の周りは潅木です。それを牛の群れが食べに来ます。 真ん中は8月です。草が生い茂り、緑一色となります。そして牛も幾分肥えて来たようです。 『天高く馬肥ゆる秋』でなく、『空低く牛肥ゆるモンスーン』ですね。インドは。 それにしても大竹名人の言葉は、真実を見極めることの大切さ、そして真実は変化に表れることを教えてくれました。 大竹囲碁名人の言葉の巻 おわり

しんごのキになる話60 大竹囲碁名人の言葉の巻(その1)

私はシンガポールにも駐在しておりました。 そしてシンガポール駐在時は私は日本人会の囲碁部に所属していました。 登録者数約30人、週一回の定例会には10人くらいが集まる会でした。 シンガポール囲碁協会や韓国の囲碁グループとよく友好囲碁大会を行っったものでございます。 その当時は日本の囲碁棋戦7番勝負は第一局を海外で行うことが流行りました。 ある棋戦の第一局がシンガポールで開催されることになり、日本人会囲碁部のメンバーがプロ棋士の対局前日の夕食会に招待されました。 さすがに対局者二名はその会食に参加されませんでしたが、あの伝説の『呉清源』さんとその奥様、大竹英雄名人、テレビでよく見ていた若手の棋譜読上げや記録係りの棋士たちが同席されました。 大竹名人はサービス精神旺盛で私たちのテーブルに来てくれて気さくに話してくれました。 大竹さんが『どうですか、シンガポールの生活は?』とみなに質問されました。 私よりも高段位の囲碁部長を差し置いて私が答えました。 『季節がありません、乾季と雨季だけです。』 そのとき、大竹名人は立ったまま私をじっと見つめてこう言われました。 『そうですか。でも、毎日よーく見てみなさい。何かが違うはずです。同じ毎日というものはありません。囲碁と一緒です。一手一手で局面が違ってくるはずです。』 さすが名人でした、おっしゃることが違いました。 その時の言葉だけがずーっと頭の中に残っていました。 インドに赴任して来て3ヶ月が経ちました。 そしてその言葉を確信したのでした。   大竹囲碁名人の言葉の巻(その2)につづく

しんごのキになる話59 ギリシャ神話 エコーの巻(その7)

かたやナルキッソスはエコー以外の妖精にも冷酷な対応をしておりました。 するとその妖精は復讐の女神ネメシスに恨みを晴らしてもらうように頼んだのです。 まるで必殺仕掛け神でございますね。 一説によりますと復讐を頼まれたのは妖精が仕えていた女神アルテミスだという話もございます。仕掛人が誰だか表に出てこないのはギリシャ神話も日本のドラマも同じでございますね。 それで復讐の神はナルキッソスが自分しか愛せない人間になるように罰を与えたのでございます。 そんなことも露知らぬ、ナルキッソスはある日、狩りにでて汗をかいたので水を飲もうと澄んだ泉に口をつけようとすると、はっとする美しい青年がその水面に映っているのを見たのでございます。 まるで太陽神アポロンのような美青年がそこにいるように見えたのでございます。 その青年にキスをしようと唇を近づけるとさっと消えてしまい、すこし見つめているとまた現われてくるのです。そして、ナルキッソスがその青年に微笑むと相手も微笑返し、手を伸ばすと相手も手を伸ばしてくるのです。 しかし、触ろうとした瞬間に相手は消えてしまうのです。 あのー、当時は同性愛というのは別に不自然な恋愛感情ではなく、友情の一種だと考えられていたのでございます。ゼウスもアポロンにも同性の恋人はいたのでございます。 その日からナルキッソスは毎日その泉に来て水面を眺め同じことを繰り返しました。 そうしているうちにナルキッソスはやつれ果てて最後の言葉を発しました。 ナルキッソス      むなしい恋の相手だった青年よ、さようなら。 するとエコーが『むかしい恋の相手だった青年よ、さようなら』と答えました。 ナルキッソクがやつれて体が消えて行ったその泉の側には一輪の花が咲いておりました。その花が英語のナルシサス(Narcissus)、水仙でございます。 自己愛をあらわすナルシズムはこのお話しから精神科学者のフロイトが広めてものでございます。 まあエコーと申しますと、年配の方には格安タバコの銘柄を思いだされるのではありませんか。 しんせいやゴールデンバットと並ぶ旧3級品とよばれました。しかし、20本入りで310円とほかのタバコが400円以上するのにエコーは安いため人気が出ているようでございます。 えっ、この落語の落ちはなんですかって? そりゃあ、妖精のエコーも、水仙のナルキッソスも最後はタバコのエコーのように煙になって消えたということでございます。 お後がよろしいようで。 ギリシャ神話 エコーの巻 おわり

しんごのキになる話58 ギリシャ神話 エコーの巻(その6)

それで、ヘラはとうとうゼウスがエコーを送り込んで来た理由を知ってしまい、ヘラはエコーに対して自分からはおしゃべりができないという罰をあたえてしまったのでございます。 そして自分から話しかけられなくなったエコーではございましたが、ある時恋をすることになったのでございます。エコーは美しいナルキッソスという青年に一目惚れをしてしまったのでございます。 ある時ナルキッソスは狩りをしているうちに仲間とはぐれてしましました。そして大声で叫びました。 ナルキッソス      誰かいるかい、近くに エコー              ここよ ナルキッソス      来てくれ エコー              行くわ すみません、日本語で話すと、意味がわかりませんので英語に直しますと ナルキッソス      Here エコー              Here ナルキッソス      Come エコー             Come なのでございます。我ながらなんと簡単な訳でございましょうか。 そしてナルキッソスの呼びかけに姿を現したエコーはナルキッソスに手を差し伸べました。 そして、二人は話しを始めたのですが、エコーは同じ言葉と繰り返すばかりで面白くなく、ナルキッソスは退屈になってエコーの手を振りほどいて去っていったのです。 ナルキッソス      もう君とは会いたくない エコー              もう君とは会いたくない エコーは言ってはいけない言葉を恋い焦がれた相手に発してしまい、驚き、落胆し、洞窟に隠れてしまったのでございます。 そうして、一人洞窟で思い悩み、身も心もやつれて、とうとう声だけの存在になり、自分を呼ぶものだけに返事をするようになっていったのでございます。 ギリシャ神話 エコーの巻(その7)につづく

しんごのキになる話57 ギリシャ神話 エコーの巻(その5)

その女神アルテミスに仕えていた妖精のひとりがエコーでございます。 このエコーにはおしゃべり好きという欠点がございました。 ゼウスは自分の浮気を監視する妻ヘラの追跡をのがれようとそのエコーをヘラの話相手につけたのでございます。 その時のゼウスとエコーの会話は次のとおりであったのでないかと思います。 エコー   私は一体、奥様と何を話せばよろしいのでございますか ゼウス  何でもよい、ヘラの側にいて相槌を打っておればよいのだよ エコー  その相槌とはどのようにすればよろしいのですか? ゼウス  『おはよう』といわれれば『おはよう』と答え、『良い天気だね』といわれたら『よい天気だね』と答えればよいのだよ てなわけで、ゼウスはエコーを妻ヘラのもとへ遣わしたのでございます。 ヘラ      おはよう エコー  おはよう ヘラ      良い天気だね エコー  良い天気だね へラ      お茶でも飲もう エコー  お茶でも飲もう すみません、ギリシャの神々がお茶を飲んでいたかどうかは定かではございません。 最初の内はまあなんとか話が合っておりましたが、やはり相槌だけでは間がもちません。 ヘラ      今、何時ですか エコー  今、何時ですか ヘラ      私が聴いているのよ エコー  私が聴いているのよ ヘラ      私が聴いているといっているの エコー  私が聴いているといっているの ヘラ      私が聴いているといっているのといっているの エコー  私が聴いているといっているとのといっているの ヘラ      馬鹿じゃないの エコー   馬鹿じゃないの そんな会話があったとかなかったとか。 ギリシャ神話 エコーの巻(その6)につづく

しんごのキになる話56 ギリシャ神話 エコーの巻(その4)

エコーといえばカラオケで使う反響音でございますが、自然の中では『やまびこ』や『こだま』でございます。このエコーもギリシャ神話がもとでございます。 エコーのお話しに入ります前に、やはり最高神ゼウスについてお話ししなければなりません。 ゼウスもエコーに関係してくるのでございます。 ゼウスは恋多き神でもあり、恋愛が仕事のようなものでございました。 ゼウスの妻ヘラは貞淑ではありますが嫉妬深く、自分の目を盗んではせっせと浮気に精を出している夫やその相手を厳しく追及したのでございます。 ゼウスは恋心が芽生えた相手にはあらゆるものに変身して近づきます。 それは牡牛であり、白鳥であり、そして空から降る黄金の雨にも変わることがありました。 そしていとこのレトを好きになった時に鶉(ウズラ)に変身して近づき目的を達成しました。 そのレトがゼウスの子を身ごもったことがわかると妻のヘラは出産の妨害を始めました。 ヘラと夫ゼウスとの間には軍神アレスのほかの出産の神エイレイテュア、青春の神へべがいましたが、その子供達はあまり活躍をしておらず、夫ゼウスが浮気して生ませた子ども達には英雄が多かったのでございます。それでヘラの嫉妬が激しかったのでございましょうね。 それでヘラはすべての土地に対してレトが出産する場所を与えてはならいと命じました。 出産を間近に控え困ったレトは妹を頼りました。それは妹というよりも浮島でございました。 というのは、レトの妹もかつてゼウスに言い寄られて困り、鶉に変身して海に逃げたのでございますが、怒ったゼウスによって岩、つまり浮島に変えられてしまったのでございます。ちなみにゼウスはその時には鷹に変身して追っかけたのでありました。 ヘラもレトの妹には同情はしておりましたのでレトが浮島で産むことを許したようでございます。 そこで難産の末に生まれた月の女神アルテミスと太陽神アポロンの双子でございます。 アポロンはギリシャ神話の中でも一番の貴公子ですから皆さんもよくご存じのことと存じます。 姉のアルミテスは処女神であり、弟のアポロンが生れた時に母のレトを助けたということで出産の神さまでもあります。 アポロンとは双子なのにギリシャ神話は一体どんな時間経過になっているのでしょうね。 ギリシャ神話 エコーの巻(その5)につづく

しんごのキになる話55 ギリシャ神話 エコーの巻(その3)

ギリシャの神話に話を戻しますと、身の周りには靴のナイキ、高級ブランドのエルメス、ホンダのオデッセイ、マヨネーズのキューピー、飲み物のネクター、野球ではジャイアンツ、最近の池井戸潤の小説『イカロスの翼』などなど日本中がギリシャ神話であふれているのでございます。 また最近は私なんぞも、いろんな商品をアマゾンで買うことがございます。 そのアマゾン社の社名の由来はAmazonのAがアルファベットの検索リストのトップに来て有利だとか、世界の最大の流域面積をもつアマゾン川のようにあらゆる商品を揃えているからといわれますが、アマゾンそのものはギリシャ神話に登場する女だけの部族であった国のでございます。黒海沿岸にあったそうでございます。 アマゾン社と言えば人工知能AIを利用したスピーカー『エコー』をまもなく日本でも発売いたします。 人口知能のスピーカーとはスピーカーに向かって声を掛けると天気を教えてくれたり、その日のスケジュールを答えたり、またほかの電子機器を自動で操作してくれると言うしろものものなのですよ。あれっ、シロモノ家電とは冷蔵庫や洗濯機とかじゃなかったのかな。失礼しました。はい。 でも、そのスピーカーは人工知能AIですから、名前は、『愛ちゃん』と名付けたらいいなと私は思いますがね。 ギリシャ神話 エコーの巻(その4)につづく

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