オランダ点描(5)キス

オランダで一番戸惑ったのが、これでした。初めて会った女性がいきなり顔を近づけてきて、チュッ、チュッ、チュッとキスするではありませんか。しかも、右頬、左頬、右頬と、3回も。そして、また帰り際にもチュッ、チュッ、チュッ。男同士は握手なので問題ありませんが、女性との3回のキスには正直戸惑いました。慣れてしまえば(なかなか慣れません。いまだに。)単なる挨拶ですから、顔を合わすたびに、また別れ際にもチュッ、チュッ、チュッ。どうということはありません。握手よりも親近感を表わせていいのかもしれません。 パーティーなどで女房と一緒の時なども、デカいオランダ人男性が何人も女房にキスしています。ああ、これがオランダの習慣なんだ・・・。でも、こちらからオランダ女性に積極的にキスをしに行くだけの勇気はありません。第一、オランダは女性でも平均身長が170cmちかくあり、中には180cm近い人もざらで、私の背丈からすると背が高すぎる。そのために男のほうが背伸びするというのもちょっと恰好悪いし・・・。 ヨーロッパの他の国でも挨拶として頬にキスをしていることは知っていますが、殆どが1回、たまに2回のようです。3回もするのはオランダだけのようです。なぜ、オランダは3回なのか。何か理由があるはずですが、そこまでは知りません。今度機会があったら物知りに聞いておきます。ただ、ここで間違ってはならぬことは、顔を傾けるのに左右を間違わない事。もし間違うと正面衝突、正面からもろにキスしてしまうことになります。3回は単なる挨拶。夫婦とか恋人とかの間では、むしろ1回だけのようです。これもよく分かりません。 会社の同僚も、日本人のあいさつはお辞儀であること、握手はするがオランダ式のキスはあまり得意ではないことをよく知っていて、キスしたのは初対面の時だけで、後は親切にも遠慮(?)してくれました。日本人がやってもあまり絵にはならないこともよく分かっていたのかもしれませんね。

オランダ点描(4)木靴

大きなお椀のように見える木靴。クロンペンというのがその名前です。日本のポックリと同じように、履いて歩く時の音をそのまま名前にしたように思えます。 履き心地?あまりよさそうには思えません。昔は藁などを緩衝材として入れて、大き目のものを履いていたようです。今履くなら、厚手の靴下を履いてからということになりますね。私自身は実際に履いて使ったことはありません。 今では普段の街中でも木靴を履いている人はほとんど見かけることはなく、週末など庭で土いじりをしている人とか、ちょっとした農作業をしている年配者などが履いているのを目にするくらいです。じめじめした所とか、ちょっと汚いところでは長靴感覚で足元を気にせず自由に動けるメリットはあるようです。 一度あの大きな木靴を履いて器用に自転車に乗っている老人を見かけたことがあります。実際、木靴をよく目にするのは、インテリアとして壁にかけて花を生けたり、小物入れに使ったりが多く、たまには玄関ドアにかけてあったりします。いずれも綺麗にデコレーションされたものです。そう言えば、うちの女房殿も木地の小さい木靴を買ってきて、アッセンデルフトというオランダのトールペインティングで絵付けをしていました。出来上がりはどうでしょうか。 オランダ人の感覚からすれば、木靴は日本の下駄と同じです。日本でも最近は下駄履きの人は見られなくなりましたが、我々の下駄への愛着は「普段着と下駄履き」という言葉で表現されるように、飾らない日常を表しています。オランダでも木靴は徐々に日常性を失ってきているようですが、民族にとってはどこか深いところにしっかり根を張っているように感じます。 同じ木を素材に使っていても日本の下駄は暖かい土地柄から足をすっぽり包み込むようにはならず、しかも扁平に作ってありますが、木靴は足を包み込む立体構造になっている。着物と洋服の構造的な違いともどこかでつながるかもしれません。 木靴の材料は柔らかいポプラのようですが、アムステルダムの北に位置するザーンセ・スカンスというところで観光用ですが木靴を作っているところがあります。今は機械で削りだしていますが、昔ながらに木の塊を万力で固定し、長い柄の鑿で彫っているのが見られます。 宮川直遠

オランダ点描(3)風車

オランダといえば、風車という程に有名ですが、現在オランダ中に一体何基の風車が残っているのか残念ながら私は正確な数を知りません。うーん、当て推量ですがざっと1000基といったところでしょうかね。 一口に風車といってもその形・大きさ・構造・用途はさまざま。今もなお昔ながらに粉を挽いたり、油を搾ったり、低地の水を汲み上げ排水していたりと現役で立派に動き続けているもの、もはや実際の使用には耐えず観光のためだけに維持・保存されているものいろいろです。最近は、北海に面した風の強い場所に大きな飛行機のプロペラのような3枚羽根の風力発電機(味気ない)が何基も回っているのが見られるようになりましたが、それまではまさに風車から自然の再生可能エネルギーを得ていたのです。 郊外に出て、どこまでも平坦に広がる田園風景の一角に小さな風車の姿を見つけると、私は日本人なのになぜか懐かしい気持ちになり心が和みます。 しかし、実物をすぐ目の当たりに見るとその印象はまるで違ってきます。長い年月で少しくたびれたところはあるものの、前に向かって力強く今にも動きだそうとしている巨大な機械、というよりも、生き物を感じさせられます。4枚ある羽根も、その一枚の羽根自体が想像以上におおきく、畳を何枚も敷き詰められるくらいの大きさ。もちろん、カンバス地の布を4枚の羽根全面に広げて回りだすと、大きい音は言うに及ばず、そのスピード・迫力に圧倒され近寄るのが怖くなるほどです。 もし、すごい勢いで回る羽根に触れようものなら重傷を負うこと間違いなしで、命も補償の限りではありません。風車は、羽根が取り付けられている頭の部分が360度回転するようにできており、常に風をとらえることができ、しかも風の強さによって布の張り方を変えて(羽根の面積を変える)羽根の回転数を調整できるようになっています。 一旦、風車の土台部分の狭い入り口から一歩中に入ると、さらにまた趣をがらりと変えます。すべての居住部分は小さめの寸法で作られていて、船の中のキャビンを連想させます。ともかく、我が物顔に場所を占める機械部分(中心部に、木製の巨大な歯車と回転軸がある)に遠慮するかのように効率よく空間を利用して設計されています。ちょっと驚かされるのは、寝室に組み込まれているベッドの寸法の小さいこと。今街を闊歩しているオランダ人はいずれ劣らず大男・大女なのにと、不思議な気がしました。 でも、古い風車を維持補修することを条件に、風車守りとして住みたいという人が多いと聞きます。 宮川直遠

オランダ点描(2)運河

何百年も数知れず多くの人々が踏みしめ、あたかも石工が最初から磨き上げたように光沢と丸みを帯びた街なかの石畳の細い道。その道に沿って静かに水をたたえている運河。水面は地面からわずか20センチあるかなしかで、考えようによっては危なっかしい感じもしないではありませんが、水がごく身近にありむしろ親しみが感じられます。 同じ街なかのものでも、何百年前のシックな赤いレンガ造りの7-8階建の建物が両岸からこちらに玄関を向けて隙間なく立ち並ぶその間を縫うように造られた運河。観光客を乗せた運河めぐりの船がゆっくりと行きかいます。両岸の建物の前の幅の狭い道にくらべると、昔この運河が交通・輸送の面で果たした役割の大きさが容易に想像できます。 街なかから少し離れた閑静な住宅地で、道路に沿って路肩から始まる緩やかな草のスロープを下り自然に水の中に滑り込んでいきそうな運河。また、なぜこんなところにまでわざわざ水を引き込んでいるのかと思うように住宅ギリギリのところまで迫っています。水辺の住人にとって運河は道路代り、自前のボートで気軽に移動します。 さらに郊外に出ると、ところどころ牛や羊たちが悠々と草を食んでいる果てしなく広がる牧草地。その緑を切り裂いて遥かかなたの町まで続いている運河。 そんな運河も季節によって表情は変わります。冬ともなると、一面分厚い氷が張り詰め、あちこちの運河が子供たちのスケート場に早変わり。オランダ北部のフリースラント州では毎年ではありませんが、1月か2月の厳冬期に氷の張り具合を見定めて、まさに突然、Elfstedentocht(11都市巡り)という名の言わばスケートマラソンが開催されます。 その舞台は、Leuwarden市からスタートして各都市を運河伝いにめぐってスタート地点に帰ってくる全走行距離は200kmのコース。まだ薄暗い早朝にスタートしますが、なお夜になっても滑り続け暗闇のなかゴールする人も大勢います。滑る当人も大変ですが、それをコース沿いにサポートする家族・友人たちの苦労も並大抵ではありません。給水・食事・医療支援・トイレ休憩などなど。さらに、コース沿いの牧草地などは大勢の人で荒らされ放題、農家の人はお気の毒です。 夏場に運河で見られるのは、長い棒を持って運河を跳び越すFierljeppen(フィエルヤッペン)というオランダならではのユニークな遊びです。これは、春先、牧草地に野鳥(タゲリの一種)が産んだ卵を食用に採集する習慣があり、牧草地を区切る運河・水路を跳び越す手段として始まったということです。今では、夏場のスポーツになっています。 宮川直遠

オランダ点描(1)デルフトタイル

はじめに これから何回かにわたって掲載される文章は、筆者が仕事の関係で1990年代の約6年間をオランダのロッテルダムで過ごしていた時に、日本の知人に生のオランダの様子を伝えようと「オランダ点描」と題して折に触れ書き送った私的な雑文をベースに、後年一部手を加え、さらに注記したものです。 短い滞在ゆえの、オランダ事情についての私の理解力不足や、事実誤認、あるいは理由なき偏見なども含まれていることを大いに危惧しております。もしも、それらに気づかれ不快に思われた方がおられれば、誠に申し訳なく思います。 その時は、何卒暖かい目で笑い飛ばして頂き、また同時に寛大な心でお許しを頂ければ誠にうれしく思います。 宮川直遠 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ デルフトタイル デルフトブルーの古い壁タイル。これも骨董品の部類に入るのかもしれません。普通、骨董品蒐集にはそれなりの鑑識眼と多少の先立つものも必要ですが、それもなく、ただ古い物への郷愁だけでかび臭くて薄暗い店の中を眺めまわしていても始まりません。私も以前は、「アンティーク」と書かれた店は横目で見て通り過ぎるだけでしたが、ある時、デルフトのとある骨董屋の店先で思わず足が動かなくなってしまったことがありました。 角が欠け、いくつも傷のある年季のはいった一枚の壁タイル。中央に凧揚げをしている子供が二人小さく、白地に鮮やかな青の単純な線で描かれている約13センチ四方のもの。魅入られたようにすぐその場で買い求め、枠に入れ居間の壁に一枚・・・。 今にして思えば、この壁の有り余るスペースがよくなかったようで、気が付くといつの間にかこの種のタイルの数は百枚を超えておりました。「さあて、日本に還ったら一体どこに飾ろう。何とかうまい方法を・・・。」と思いつつも、まだまだ逸品(?)を探し続けています。 オランダの装飾タイルの歴史は16世紀ころのデルフトなどにまで遡ることができ、他の陶器類とともに歴史的・美術的価値のあるものも数多くあります。*注) しかし、目下私の興味の対象はこの「子供の遊び(Kinderspeelen)」を主題にしたもの。凧揚げのほかにコマ回し・竹馬・縄跳び・ブランコ・馬飛び・喧嘩(これも立派な、子供の遊びなのです)・石蹴り・人形遊び・ビー玉・かざぐるま・魚釣り・スケート、さらにオランダならではの長い棒を使っての運河飛び等々。これらのモチーフは今でもまだ使われていますが、味わいのあるのはやはりごく初期のものから18世紀頃のものまででしょうか。 二、三百年も昔のオランダの子供たちの遊ぶ姿が、絵付け職人たちの暖かい眼差しと軽妙な筆さばきで生き生きと描きとめられ、時代を越え、国を越え、今も見る人に何かを語りかけてきます。 *注)昭和8年、柳宗悦と浜田庄司がこのオランダのアンティークタイルを「工藝」という雑誌で紹介しており、銀座の鳩居堂で一枚5円から10円で販売中云々という一文を書いていますが、あまり売れなかったようです。