シンゴ旅日記インド編(その59)川柳単身赴任の巻の巻

インドの単身生活のあれこれを五七五で綴ってみました。 (朝の部) コーランと ハトのクルルで 目を覚ます     ハトってうるさいです。肉は美味しくないのかなあ。 目覚ましを セットせずとも 目が覚める     昔は鳴っても遅刻したのに、歳の所為か。 今朝もまた ヤカンに火を点け ヒゲを剃る    火を点けるのはコンロにです。主夫、朝一番。 ニンニクと ゴキブリ小ぶりな 台所           写真でお見せしたいくらいのコキブリです。 お茶頂戴 言っても何も 出てこない         すみません、日本ではわがままな夫です。 この国で タマゴご飯は 夢の夢               命と引き換えにと言うわけにはいきません。 圧力鍋 買ってはみたが 棚の中             インド料理をマスターしようと思ったのですが。 賞味期限 それは自分で 決めるもの       舌にビリッときたら捨てればいいのです。 洗いもの 私がしなきゃ 溜まるだけ          お茶碗も洗濯もです。 この国で 裁縫上手に なるかしら            『西方浄土』はもっと西の方でしたっけ。 洗う度 なぜか靴下 単身赴任               洗いものでペアなのは靴下だけです。 ひとり言 鏡の我が 話してる                   ノイローゼの始まりでしょうか? コンロの火 消したはずだが Uターン         ゆで卵の爆発が2回、点っ放しで寝たのが一回 アパートの 鍵をかけたか 今、会社         きっと誰も来ないでしょう。ガードマンもいるし。 牛たちが 学生たちと 通学路                 時にはヤギの群れも引率されて歩いています。 ラクダ行く サファリのような 大通り          鳥が豚の上に乗っているのを見た時はビックリ ニューデリー 牛の都と 人は言う            昨年のコモンウェルズ・スポーツ大会で牛は排除? 助手席は スターウォーズの 心持ち        車の運転マナー。とても前を向いておれません。 インドでは 挨拶代わりの クラクション       やたら鳴らすのです。うるさいったらないです。 朝寝てる 帰る時にも まだ寝てる            これ守衛のおじさんです。『まだ、もう』の盗作。 (昼の部) 遅刻して 理由並べる 百八つ                どんなことでも言い訳になります。 沈黙が 金にはならない インド人             この国では『沈黙は無知』となるのです。 まずは聞け 聞いて話せと 叱る我           毎朝、朝礼で部下に怒鳴っています。 電話かけ かけた私が 聞き役に             こっちが用があるから掛けたのですよ。 電話取る お前誰だと 聞いて来る           あなたは一体誰にかけたんですか。 今日もまた 待つことだらけ 明日を待つ    あせらず、あわてす、あてにせずです・ 笑顔みせ 問題ないと 首ゆらす             問題ないが問題なのです。 道聞けば 皆親切に 右左                     違っていても知らないとは絶対に言いません。 物乞いが いけ高々に 金せびる             10ルピー(20円)で嬉々とし、お礼なしで去ります。 レストラン どの鍋見ても カレー鍋            カレーライスは日本の料理です。 インド料理 カメラに収めりゃ 同じ色         赴任当初にメニュー作ろうとしたのですが 日本でも 寿司オニギリは 手でつまむ      別に手で食べたって問題ないですよね。 ダイエット バナナ一本 二円なり             ダイエットと節約の一石二鳥ですよ。 12億 モンスーン頼みの 食・事情          この人たちがマグロ食べだしたら大変です。 12億 井戸の中の 蛙かな                    世界は自分たちのために 母国語は ヒンズーよりも 英語なの?      方言が何百もあれば仕方ないです。 インドでは 牛の糞も 信心から                日本は鰯の頭ですよね。 釈迦の国 どこに行っても 象の像            ガネーシャは神様の司会者、玉置宏です。 いつからか 解脱しないで 金儲け            ちょっと日本のお寺さんをからかってみました。 日本では 誰もが死ぬと 受戒僧             戒名って本来は出家し、僧になる時貰うのです。 ワシの骨 流せと言ったに 塔の下            お釈迦様はきっと怒っておられるでしょうね。 菅公は 俺のことかと シヴァが言い          同じ自在天なものですから。 ムスリムが 世界で2番目 ヒンズー国       なんせ12億人の13%がイスラム教ですから 三国は 天竺唐土 して日本                  昔は三国一の美人、花嫁って言いましたよね。 駐在し 日本が浄土に 見える日々          日本は極楽です。本当に天国です。 この国を 誰がアジアと 名付けしか          インドはアジアじゃございません。中近東です。 アデランス きっと売れない シーク教            きっと髪の薄いシーク教徒もいるでしょうに。 ムンバイと 名前変えても ボリウッド            ボンベイの方が有名ですよね。 この国で トンコツラーメン 客がない              イスラムもヒンズーも豚を食べないのです。 […]

シンゴ旅日記インド編(その58)ある一日 食べ物の巻

駐車場に八百屋さん:私の住んでいるアパートは近くに植物園や競馬場のある郊外にあります。商店街から離れていて、近所には野菜、乾物などを売る小さな商店が2軒+卵専門店+床屋さんがあるだけでした。しかし回りにアパートが林立して来たため、最近は野菜を路上販売する人が出てきました。それどころかある朝、下に降りていくと、何か布が掛かったものが駐車場に置いてありました。きっとお祭りの準備の飾りだろうと思っていたら、人が来てその布を払いのけました。中には野菜が並んでいました。私のアパートの中にも野菜売りが入ってきたのです。 会社の昼食:スタッフは弁当持参ですが、運転手と私は外から買ってきて食べています。いつもは運転手に買いに行ってもらいますが、その日は運転手が他のスタッフと出張で不在だったので、別のスタッフが買いに行くことになりました。どんなお店で食事を作っているだろう思い、ついて行きました。その店の調理場を覗かせてもらうと、私のオカズをヒゲ親父が作っていました。 インドのランチボックスTiffinです。語源はインド英語とありました。 その日の会社の帰りにフードプロセッサーを買いました。と言うのは朝に露店で大根を売っているのを見つけ、夕食に『おろしうどん』を作ろうと思い立ったからです。 運転手が『下ろし金』はインドにもあると言うので、帰宅時に探しに行きました。日本で手に入るようなものがなかなか見つかりません。するとジューサー、ミキサーのほか12種類の加工ができるフードプロセッサーを薦められました。回転部が2箇所ある代物でした。加工する種類が多いので付属品が多いのです。一万円相当の品物ですが8千円にまけると言うのです。 私が思ったような下ろし金は見つからないのでフードプロセッサーならジュースもできるし、野菜を細かく切ることが出来るしと思い奮発して買いました。ところが二日後の土曜日にあれこれ野菜を試していたら、メインのカッターのモーターが動かなくなってしまいました。キャベツを入れて千切りみたいにしようと思っただけなのです。それでミキサーの方を使っておろしを作りました。味はイマイチでした。壊れたモーターは次の週にお店で無償で直してもらいました。モーターが焼けたので無く連結しているベルトが外れたそうでした。なお、一番右の写真はフードプロセッサーとは全く関係ありません。こちらで買った台所用品ですが、何に使うか分かりますか。 最近買った台所用品をご紹介します。(左端)圧力鍋―インドの家庭では一般的です。フタの上に蒸気が抜ける時に音(ホイッスル)が鳴るバルブが付いています。そのホイッスルの鳴る回数で煮る時間を決めます。(真ん中)野菜スライス器―ニンニクなど小さいものは上部についた容器に入れてスライスします。(右端)レモン搾り器―蜂蜜と一緒に毎朝飲むと血圧が下がると言われ買いました。レモンは半分に切って入れて搾ります。 左の写真の道具はタマネギを入れてハンドルを下げると左の金網からみじん切りになって押し出されてくる道具です。私の運転手が500円で買いました。私の場合、道具はそろいましたが、問題は腕です。

シンゴ旅日記インド編(その57)寅さん インド単身赴任の巻

いえね、今度、日本に帰りましたら、贅沢は申しません。 うっすらと醤油をかけて、カラカラと掻き回した生卵を、熱~い、白~いご飯の上に乗っけましてね、そして、混ぜて食べることができれば、それだけでよろしんでございます。 でも、ちょっとだけ、贅沢を言わせていただけますとね、あとお皿が二つありましてね、右に焼いた塩シャケ、左にバリバリの焼き海苔があれば申し分ありません。 そうそう、あれでござんすね、奈良漬が二切れ、いや三切れ、大根おろし、納豆、ついでにこんがり焼いたタラコなんぞがあればそれ以上贅沢は申しません。あっ、お味噌汁なんかも豆腐とワカメもよろしいんでござんですが、シジミ汁なんかであっても構いませんよ。 夜になりますと熱い風呂に肩までつかって『ごくらく、ごくらく』と言えればそれだけでよろしいんでございますよ。 『おとこごころ~におとこ~がほれえて~』なんて歌えれば本当に極楽でございますね。 出来ましたら、それが海の見える岩風呂とか、夜空に天の川が見える露天風呂であれば申し分ございません。 西洋式のシャワーって言うのは、あっしにゃ合いませんね。 アレですとね、シャンプーを頭にブチュとつけましてね、頭で泡をこしらえて、その泡を脇や腕に持って行って、なすりつけ、それにちょっと下がってけっこう毛だらけに塗りたくって、そんでもって次にその泡を体中につけて水で流すだけっていう手順になるんでございますよね。 石鹸なんぞがつい要らなくなるんでございますよ。 あれは体を洗った気がしないんでございます。やはり、風呂桶に腰掛けてタオルに石鹸をつけて体をゴシゴシと洗わないとお風呂に入った気がしやせんね。 そんでもって、風呂から上って、浴衣に着替えて部屋に戻りますと、女の人が座卓の上に丁度料理を並べていたりしましてね。『あら、もう出ていらしたんですか。まだお料理の支度ができていないんですよ。でも、風呂上りに冷たいビールでもいかがですか』とか何かと言いましてね。冷蔵庫から一本ビールを持って来てくれるんですよ。そして私にコップを持たせて注いでくれようとするんで、あっしが『おねぇさん、そいつぁ、いけねぇ、あっしゃ、いつも手酌ですから、気を遣わないでおくんなさい』なんて断りますとね『イイじゃありませんか、なんですの、私のお酌じゃご不満なの、さぁ、どうぞ』ってチラッとこっちを見る目がいたずらそうに笑ったりなんてしましてね。『そうですかい、そいじゃ、一杯だけ』ってコップに冷えたビールをついで貰い、グィーと一気に飲み乾しますとね『あら、旦那、粋な飲みっぷりだわ』なんて言うもんですからね、あっしもここで『そいじゃ、おねぇさんも、一杯どうだい』なんて言いますとね、『いけません、私は、、、そうですか、でも一杯だけなら』なんてことになりましてね。一杯が、二杯、二杯が三杯となったりして、良い気分になるんでございますよ。 お酒のつまみですかい、贅沢は申しません、塩辛と、そして刺身が二切れもあれがそれでようござんす。まぁ、ちょっと言わせてもらえば、それに山菜の煮付けなんぞがあればよろしんです。そうそう、その横に小さなコンロがあって、下に丸い石鹸みたいなロウソクが入ってましてね、上に鍋が載ってまして、フタを開けて中をのぞくとフグか何かが野菜と一緒に入ってたりしましてね。そしてビールがいつの間にか熱燗に変わってまして、そんな頃にチリトテチンとかいって三味線の音なんかが聞こえて来るんでございます。そして外ではサラサラと水の流れる音がしたりしましてね。時々コーンとなったりするんですよ。 そんで眠くなってきて、畳の上で綿の入った布団にくるまって眠ることが出来ればそれでいいんでございます。年中、ベッドで布団なしの生活なもんですからね。こっちではね、たまに寒い朝もあるんですがね、そんな時は厚手のシーツで我慢しておりやす。はい。 そして、朝方の少-し暗い頃に、鶏の声を聞いて目が覚めればいいんです。あの犬の吠え合いや、鶏でなくてハトのクークー言う鳴き声はいけません。それにあれ、何て言うんですか、お経みたいな、民謡みたいな、イスラム教の歌、そうそう、コーランなんぞで目が覚めちゃいけませんね。こちとら、帝釈天の生まれ、育ちでございましょ、御前様に申し訳ないような気がするんでございますよ。やはり、源公の野郎が打つ鐘の音で目を覚ましとうございやすね。 そんでもって、さぁ、起きようかな、まだ寝ていようかなと布団にくるまってぼんやりしていますとね、遠くに汽車のボォーと遠ざかる音が聞こえたりすればようござんすね。そうです、汽笛じゃなきゃいけませんね。ディーゼルのブァーー、ゴトゴトと言う音はいけません。あれを聞くと、お腹を壊して、へェーひっているような気がしますんです。そして、まだ寝てようかなと思ってしまうんですよ。そして朝日がカーテン越しにサァーと差し込んで来て、カーテンに木の影なんぞがくっきり映っておればよろしゅうござんすね。いけませんねぇ、この南の国は、さっきまで真っ暗だったのにアッと言うまにお日様が空に上がるんでございますよ。お日様に手を合わせる時間が無いんでございます。 そして、手ぬぐいを肩に引っ掛けて、下駄を履いてカランコロンと音を立てて外に出ますとね、井戸があって、つるべでカラカラと水を汲んで、ザァーと洗面器に水を注いで、シャキっと顔を洗えればよろしいんでございます。そして部屋に戻って食卓につくと、朝飯です。贅沢は申しません。熱い、白いご飯に卵をかけて、あれっ、これってさっき言いましたっけ。 日本に帰ったらそんな宿屋に一泊3千円で泊まれればいいんでございますよ。 決して贅沢は申しません。 それにしてもやっぱり、日本の料理ってのはよろしいござんすね。なんといっても種類が多いんでございますよ。調理っていうんですかい、料理の仕方が多いんでございますよ。 寿司、天ぷら、すき焼き、刺身、うなぎの串焼き、焼き物、煮物、蒸し物、何でもございますでしょ。麺類なんぞは、ソバ、うどん、ソーメン、ニューメン、キシメン、ラーメン、スパゲッチィ、それも汁物ものからザルもの、熱いものから冷たいものまであるんでございます。 行き届いておりますね、日本の食べ物ってものは、本当に。 世界で一番種類が多いんじゃござんせんか。外人さんが日本料理を食べたいなんて申されましても、どれにするか迷ってしまうんでございますよ。 その点インド料理とか中国料理は簡単でございますね。 南か北からの違いは多少ありますが、材料とか調理の仕方がもう決まっておりますでしょ。 特にインド料理はいけません。まあ、そこそこ美味しいんではありますがね、ネタがみんな一緒でござんしょ。それに料理の仕方がフライパンや鍋で煮るだけなんですよ。出来上がった料理もどれも同じような按配で色が似ていますから、どれがどれだか分からないんでございます。 やっぱり、食べるもんは日本のものが一番でございますね。いえね、贅沢は申し上げません。

シンゴ旅日記インド編(その56)寅さん 天竺を語るの巻

お兄ぃさん、ちょっと声をかけさせてもらってよろしゅうござんすか。 さっきからお見受けしていますと、こんな飲み屋の食いモンを旨そうに食べておられますが、そんなに旨いもんでございますかね?えっ、久しぶりの日本の飲み屋なんで、何を食べても旨いもんだらけだっていうんですかい。へぇー、そんじゃ、どこかよその国にでも住んでいらっしゃるんですかい?えっ、インドですかい?遠いところでございますね。 まあまあ、お近づきのしるしに一パイやっておくんなさい。 ええ、あたしゃ、さっきからビール一本で、結構、出来上がってましてね。けっこう毛だらけなんでございますよ。おばちゃーん、シイタケの焼いたやつ頂戴。 お兄ぃさん、インドと言いなすったんですよね。インドと言やぁ、天竺(てんじく)、天竺と言えば三蔵法師、そして孫悟空でござんすな。それに沙悟浄、猪八戒の西遊記でございますね。孫悟空と言えばエノケンさんのオペレッタ西遊記、面白うございましたよ。死んだ親父が兄貴とあっしを浅草に連れて行って見せてくれましたよ。戦争が始まるちょっと前の昭和15年でしたかね、確かあっしが4つくらいの時でございました。歌い手さんは確か李香蘭さんでしたよ。 お酒が入ると昔のことをしっかりと思い出すもんでございますなあ。 でも天竺と言えば唐土(もろこし)の中国でございます。中国ではインドのことを天竺と書く前には『身毒』とか書いたそうでございますね。そして次に『印度』でございますよ。インドの川の名前をね、あれ、その~、そうそうインダス川って言うんですかい、それを声に出して言って、漢字に当てはめたんでございますのでしょうね。あれっ、インドにはインダスじゃなくって、ガンジスって言う川が流れているんじゃありませんでしたか。チャラチャラ流れるガンジス川ってね。 えっ、何でございますか、インドではみなさん立ちションベンをされてるって言うんですかい。 そりやあ、いいやね、立ちションベン良くぞ男に生まれけりってですかい。 ええ、日本でもね、ちょいっと前まで女の人でもやらかしたもんですよ。おばちゃんがちょっとかがんだなと思ったら、ぺロットお尻をまくって用を足したもんでございますよ。ですから四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋なねえちゃんたちションベンてなことを申したんでありますよね。 おばちゃ~ん、おばちゃんも若い時はそうだったよね。えっ、そんなことは知らないって、それに今でも若いっておっしゃるんですか?お見それしやした、じゃ、ビールをもう一本頂戴。 お兄ぃさん、でもホテルでは西洋式の便所が多いじゃありませんか、あれでございますよね、あのパタンパタンとフタを開けるやつ、何て言うんでしたっけ、そうそう、風邪薬と同じ名前のやつね。ありゃ、いけませんや。あたしなんざぁ、こう、しっかりと腰を落とさないと何か、用を足した気になりません。モノが全部出て行った気がしないんでございますよ。それにあたしぁ、早飯早糞芸の内って申しましてね、じゃがんだって思ったら、スーッと出て行ってしまうんですよ。この前なんか用を足す前にケツ拭いちまいましたよ。えっ、おばちゃん、可笑しい? そう言えば、昔の日本人はね、世界に三つの国しかないと思っていたんでございますよ。 日本、唐土、天竺のこの三つなんですよ。ですからね、昔しゃ、とびっきりの美人や嫁さんを褒める時にね、『よっ、三国一の美人』とか『三国一の花嫁だぁー』とか言いやしたもんですよ。 天竺って言やぁ、そりぁー日本から遠―い国のことと考えられておりやしてね、オランダの国から入って来たダリヤの花なんかも『天竺牡丹』なんで言ったそうでございますよ。えっ、インドのチェンナイってところに『天竺牡丹ダリア』って日本の居酒屋があるんでございますか?旦那がかなり年季の入った日本人で、奥様が日本語ペラペラのインドのご夫人ってんですかい。へぇー。 また、天竺って言やあ、あたしたちバイ仲間ではインド木綿のことを単に『天竺』って言うことがあるんですよ。 それにあのモルモットのことを『天竺鼠』って言うんだそうですな。なんでもオランダが昔、南米からヨーロッパに持ち込んだ時にリス科のマーモットと間違えたというんでございます。それでね、モルモットは実験台に使われますから他人に利用される方のことも『あの人は天竺鼠だ』って言うそうですよ。えっ、大阪の吉本というところのお笑い芸人に天竺鼠っていうお名前の人がいるってのですかい。へぇー、そいつぁ、知らなかった。 そいでね、笑っちゃいますのが、天竺を『唐(から)過ぎる』に掛けまして、『辛すぎる料理』のことを言うんだそうですね。『天竺みそ』、『天竺ひしお』なんてぇーのがあるそうでございます。 日本には天竺っていう屋号のカレー屋さんも多うござんすね。 そういやぁ、富山に天竺温泉ってぇーのもありましたね。あそこのかみさんにね、一時惚れちゃいましてね。しばらくご厄介になったもんでございますよ。天竺川ってもたしかありましたよ。 えっ、柴又の帝釈天様はインドから来られた神さんですかい? わたしゃ漢字で書くから、てっきり唐土の神様かと思っていましたよ。 お兄ぃさん、インテリだね。おばちゃん、サバの照り焼きある?えっ、ないの。 インドの女(おなご)さん方は日本の男をどう思っているんでしょうね。ヤマト魂とか、サムライのように思っているんじゃ、ございませんか?えっ、インドの女性はみな西洋を向いているってですか?そんでもってインドの女性は外国人と結婚する場合は西洋の男が多いってですか、逆にインドの男性は日本の女性と結婚したいっていうのが多いのですか?へぇー。あっしが毎日取り扱っておりやす、統計の本にはそのようなことは書いてありませんでした。   天竺の人は肉を食べないんですってね。ヘェー、牛が神様のお使いなんですかい。それで牛を食べないんですかい。そりゃ、ようござんすね。肉なんてものは西洋人の食べるもんでやんすよ。日本人は肉なんてちょっと昔までは食べていませんでしたよね。義経や謙信や信長がステーキ食べて戦争したって聞いたことがありませんや。 おばちゃん、イカの天麩羅を、もう一皿頂戴。 お兄ぃさん、この『天麩羅』の由来をご存知ですかい? 天は天竺、麩は小麦粉、羅は薄い衣を表すんでございますよ。 まぁ、天竺から来た浪人が売る小麦粉の薄物って言う意味なんでしょうな。 江戸時代の戯作者が名付けたらしいんですよ。『天婦羅』って書くのは当て字だそうです。 なんでもね、この天麩羅ってのは、室町時代に入った来た料理らしいんでございます。ポルトガル語とかスペイン語が基になっているとも申しやす。たいしたもんでございますよ。たいしたもんだよかえるのションベン、見上げたもんだよ屋根屋のふんどしでございますね。 おばちゃ~ん、この天麩羅はころもばかりで身がないよ。   丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(その55)インド駐在員の話の巻

昨年の正式赴任前にインドに出張し日系企業のお客様にご挨拶して回りました。 その時に駐在員の皆さんからお聞きした話です。 こちらからの質問は単身赴任なので次のようなものでした。 『食事はどうしているか?』 『掃除はどうしているか?』 『休日はどうしているか?』 『会社の特別手当はどうなっているか?』 『帰国休暇はどうなっているか?』   メーカーの工場長:休みの日に自分のアパートの部屋をメイドに掃除してもらうって? とんでも無い、休みの日くらいはインド人の顔を見たくないのだよ。 毎日会社で顔を見ているだけで十分だよ。   メーカーの総務担当:駐在員の皆さんはそれぞれにこだわりがありますよ。 歯ブラシ、歯磨き粉。シャンプーとか。 インド製では駄目で皆さんが日本に帰国したときに買って来られますよ。   メーカーの主任さん:子供が大学生と高校生で教育費の支払い、住宅ローンの支払いが まだあります。お金が掛かるのです。 ここは特別手当が出るので単身赴任で我慢しているって感じです。   銀行の次長さん            :私はミラノ、ドバイに駐在しインドに来ました。 今回は家族は日本です。私は単身赴任です。 自分で言うのも何ですが、料理を作るのが好きなのです。 毎日自分で作った手弁当です。今日は『すき焼き弁当』ですよ。 日曜日に作り溜めをしておきます。冷凍しておけば結構長持ちしますよ。   メーカーの部長さん:バンコクに次にいつ行けるのかを楽しみにしています。 タイとインドは天国と地獄です。 タイはマッサージもあるし、居酒屋もあるし、DVDもあるし。 そして買ってくるものは玉ねぎと生卵です。 大きな冷凍庫がアパートにあります。 そこに保存して置くのですよ。 こちらの玉ねぎは硬いのです。それに小さくて柔らかくないのです。ここの卵は生では怖くてとても食べれませんよ。 唯一インドが好きだと言われた方がいました。 プネ在住9年間の東京外語大学ヒンディー語出身の方でした。 東京と大阪に違いはありますが、私も外語大出身ということで話が盛り上がりました。 でもこの方はタイの大学に招待されていて、そこでインドのヨガ哲学を講義されております。 プネにいるのは年に2-3ヶ月のようです。 奥様は日本人です。お会いしたときはサリーを召されていました。 短時間のお話でしたので、話題がコロコロ変わります。コ―ヒー・ショップでの昼の会話です。 ここ2-3年ですよ、インドが注目されて来たのは。 この前もNHKが放送すると言うので私にインタビューに来ました。 それまではインドに住んでいるというと変わり者扱いでした。 でも面白いですよ、インドは。 政治はなんといっても国民会議派が面白いです。 またインドはアーリア人が征服したと言われていますが最近の研究ではそれが違うという学説が出てきました。 3大財閥のうちタタはペルシー(ペルシア人)、つまりゾロアスター教なのです。 貧民救済、慈善事業を社会貢献と考えています。 リライアンスはグジャラティ商人で、株主に貢献することが社会貢献としています。 ビルラはジャイナ教です。ラジャスタン州のマルワ-ル商人です。 インドと日本の間で時間的、空間的に宗教、文化、言語がどのように伝播していったかに興味があります。現在はタイの大学でヨガ哲学を教えています。 日本に帰国した時は帰りに中国や台湾に寄って調べています。 インドネシアのヒンズー教、言語にも興味ありますよ。 インドネシア語やその文化について今度教えてください。   上記の他に私が赴任した時にこんな話も聞いたことがあります。昔のインド駐在員で帰国時に空港でチェックインした後は見送りの人に振り向きもせず一目散に飛行機に乗り込んだ人がいたというのを。   そして今、私は赴任二年目を迎えました。先日デリーの日本大使館、ジェトロの人たちとお話をする機会がありました。そこの若い人たちはインド大好き人間が多かったのです。希望して二回目の駐在をしている人もいました。インドは変わりつつあります。デリーなど大都市ではもう昔の不便さはなくなってきたのでしょう。   私も好きになりました。モヘンジョダロ、ガンダーラ、ゴダイゴ、モンキーマジック、あれっどっかで違ってしまいました。インドって知れば知るほど面白い国ですよ。   丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(その54)インドの免許証の巻

インドはご存知のようにモーターライゼイーションの真っ最中です。 でもルール・マナーは今ひとつです。自動車の前座席に座るとそれが分かります。 はっきり言って怖いです。映画の「『スター・ウォーズ』の戦闘シーンそのものです。 右から、左から、後ろからバイクや車が飛んで来ます。時には前からも突っ込んで来ます。 とても私にはインドで自動車を運転することは出来ません。 下の写真は整然と遮断機が上がるのを待っているように見えます。が、違うのです電車が直ぐそこまで来ているのです。遮断機が降りていても電車が見えていても、まだ大丈夫と判断すればバイクや自転車は遮断機を掻い潜り線路を横断します。ここ一方通行のように見えますが、そうではありません。反対側も同様です。ですから遮断機が開くとどうなるかわかりますよね。 インドのバイクと自動車の免許証は20才から取得できます。 でも例外もありました。私を送迎してくれている会社の運転手は18才で免許を取ったと言います。何故取れるの?当時親父さんが車を持っており、友達が役所に居たのでごまかして免許を買ったそうです。やっぱり、インドですねえ。 通常は20才以上になり免許取得の申請をし、講習を受けて仮免で一ヶ月運転することとなります。自動車の場合は仮免期間中は免許を持っている人の同乗が義務付けられているとのことです。 そして一ヶ月経過して筆記試験と実地試験をパスして正式の免許がもらえるそうです。 免許の期限は20年です。次の写真はパスポート・タイプの旧式免許証です。 表紙 2000年発行の免許証。今はカード・タイプです。 有効期限は20年。   次は最近のカード・タイプの免許証の裏表です。 免許資格を表すMCWG(Motor Cycle With Gear)はギア付きバイクを意味します。 スクーターはMCWOG(Motor Cycle Without Gear)です。 LMV(Light Motor Vehicle)は乗用車のことです。 TR(Transport)は州を越えて運転出来るという意味です。 TRがないと都度費用を払う必要があります。 カード式は違反すると左中央の電子タグに全て記録が入れられるとのことです。さすがインドは電子化が進んでいますね。一番右の写真は総務担当の免許証です。昔のパスポート・タイプから現在のカード・タイプに移行する前の一枚カードです。実物の本人は優しい顔をしているのに写真の顔は怖そうですね。そして、よく見るとどちらの免許証も父親の名前の欄があります。 免許資格はMCWG、LMV、LMV-TRの3種あり。 免許証の裏には免許の種類一覧表。沢山の種類があります。 父親の名前が記載されています。 次はバイクの証明書です。ここにも電子タグが採用されています。 そして一番右の写真は昔の運転免許証の裏表紙です。 ちゃんと書いてありました。『Driving is a Privilege not a Right』と。 これって『運転することはあなたに与えられた特典であり、誰もが得ることができる権利ではない』と訳すのでしょうか。私は最初これを読んだ時に『Right』を『Fight』と読み違えました。 インド政府も自国の人たちの性格をよく理解しているのでしょうね。 バイクの所有証明書表側 同左の裏側 昔の免許証の裏表紙 インドの街にはドアの無い市内バス、方向指示器やランプの点かないリキシャ、二人乗り、三人乗りのバイク、乗用車、荷車も通っているのです。そして牛も。     丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(その53)ハウス・ウォーミングの巻

ハウス・ウォーミングという言葉をご存知ですか?日本で言うと引越し祝いというか建前みたいなものでしょうか。先日の日曜日にうちのスタッフの引越し祝いパーティに参加しました。 彼がアパート(中古)を購入し入居したのです。 知り合いを呼び、部屋を見せ、一階の駐車場で食事のもてなしをするのです。 私は他のスタッフおよび日本からの出張者と一段落した午後にお呼ばれしました。 本日のホストです。 同僚も正装 部屋の入口の上のガネーシャ 神棚と手形 引越しは2年前に終わっていたのですが、その後ホストの父方の祖母が亡くなったりして、お祝いは喪が明けてからということで延期していたようです。 スタッフはこのアパートにご両親と住んでいます。 部屋の片隅にある神棚に赤い手形がありました。これはお母さんのものです。お母さんが唯一の女性で、家庭神のラクシュミー(弁財天)になるからです。 各部屋を案内してもらいました。招待された親戚の子供たちがベッドの上で遊んでいたり、別の部屋では母方の祖母がベッドの上に腰掛けていたりと部屋は人で一杯でした。母方の祖母は90歳とのことでした、その長寿のおばあさんにあやかりたいと彼女の両手に私の両手を合わせました。一通り部屋を見せてもらい、ベランダで記念撮影をしました。 そして一階の駐車場でのお食事です。 私はその日の朝に出張先から飛行機で到着したばかりでした。朝食を取っていなく、昼食もこのパーティがあるので控えていました。それでお腹いっぱい食べました。 我がグループで記念写真 お食事もてなし 食事内容 丹羽慎吾

シンゴ旅日記インド編(その52)帰りは怖い茶壷の巻

子供の時の遊び歌で『遠りゃんせ』と『ずいずいずっころばし』の歌詞がずっーと気になっていました。神社は怨霊を鎮めるために作られたと言われています。なぜ帰りが怖いのでしょう? 『ずいずいずっころばし』は左手で作った穴に右手の人差し指を入れます。何か卑猥な意味があるのでしょうか?  (とおりゃんせ) とうりゃんせ とうりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ ちょっと通してくだしゃんせ 御用の無いものとおしゃせぬ この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります 行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ 7歳までは神の子、昔は乳幼児の死亡率が高く、7歳に無事になったことを祝い、生まれた時に貰ったお札を天神様に返しに行きました。行きは子供で帰りは責任ある大人と言う意味でしょうか。この歌の発祥地は埼玉県川越市の三芳野神社(807年創建)と言われています。 祭神はスサノオとクシナダヒメ、菅原道真、ホンダワケノミコト(応神天皇)を祀ります。 天神様が城内にあったので入る時はお札があり本人確認ができますが、帰りはお札を納めたため何も確証がないので城内を探った間者ではないかと厳しく検問を受けたため、帰りは怖いと唄われたようです。別に怨霊ではありませんでした。 ちなみに『からすの子』で、からすは山に、かわいい七つの子があるからと言います。 7匹の子でしょうか7歳の子でしょうか?それとも答えは、からすの勝手なのでしょうか。 (ずいずいずころばし) ずいずいずっころばし、ごまみぞずい、 茶壷に追われてとっぴんしゃん、ぬけたらどんどこしょ。 俵のねずみが米食ってちゅう、ちゅう、ちゅう、ちゅう おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでも行きっこなあーしよ 井戸のまわりでお茶碗欠いたのだあれ 茶壷とは将軍が飲む宇治の新茶の入った信楽焼の壷です。その茶壷を大名行列みたいにして宇治から江戸に向かって運ぶ『お茶壷道中』と言うのがありました。 この歌の意味は沿道の庶民がこの将軍様へ献上するお茶壷行列を見てはいけないので慌てて家に入り、戸をぴしゃりと閉めて、ゴマ味噌を舐めてじっとして、一行が去った(抜けた)後はドンドコショと遊ぼうという歌です。ジットしているためネズミが米を齧る小さな音が聞こえたり、慌てたために井戸で洗っていた茶碗を落として欠けさしたのです。 でも童謡には『かごめ、かごめ』のように鶴と亀がすべるなど意味不明のものがまだあります。 これって『ツルっと、甕がすべって転んだ』という意味ではないでしょうね。

シンゴ旅日記インド編(その51)ジェットストリームの巻

小学生の時に岐阜の田舎で始めてFM放送を聴きました。 今まで聞いていた中波放送のガチャガチャした番組と違い、時間をゆっくりと使い、 コーヒーを片手に都会の人の会話が続き軽音楽が流れていました。 コーヒーカップがソーサーと当たるカチャ、カチャという音が聞こえました。 なんて田畑の風景とはかけ離れた都会的な番組だろうと思いました。 私にとっては大きな驚きで、それこそ別世界でした。 私も都会にあこがれる年頃だったのでしょうね。   そのFM放送の中でもご存知ですか『ジェットストリーム』という深夜番組を。 長寿番組でした。FM東京で1970年4月26日に始まりました 元は東海大学の実験局であったFM東海で1967年から試験放送として流れていたようです。 私はジェットストリームをFM東海で聞いたのですね。 その『ジェットストリーム』の詩をネットで見つけました。 音楽も映像とともに見ることができました。 都会にあこがれていた子供の頃に戻りました。 まずはあの城達也さんの定番の台詞から。   『遠い地平線が消えて、ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、 はるか雲海の上を 音もなく流れ去る気流は、 たゆみない宇宙の営みを告げています。 満点の星をいただく、はてしない光の海を ゆたかに流れゆく風に 心を開けば、 きらめく星座の物語も聞こえてくる 夜の静寂(しじま)の、なんと饒舌なことでしょうか。 光と影の境に消えていった はるかな地平線も瞼(まぶた)に浮かんでまいります。 日本航空があなたにお送りする音楽の定期便 ジェットストリーム 皆様の夜間飛行のお供を致しますパイロットは 私、城達也です。』 上記のナレーション以前に使われていたのは次の詩でした。 『太陽が沈んでから、もう随分時が流れました。 昼間の騒音と埃に汚された時間は、 すっかり宇宙の果てしない暗黒の中へはき出され、 今、私たちの周りを音もなく流れている時間は 高度1万メートルの空気のようにフレッシュです。 地球の自転によって成層圏で起こる壮大な大気の流れ、ジェットストリーム。 その神秘的な永久運動さえこの純粋な時間の流れの中では、 夜の潮騒のように私たちの身近に迫ってまいります。 これからの1時間、日曜を除く毎晩、日本航空があなたにお届けする音楽の定期便 ジェットストリーム 皆様の夜間飛行のお伴をいたしますパイロットは私、城達也です。』 そしてエンディングです。 『夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは 遠ざかるに連れ次第に星の瞬きと区別がつかなくなります。 お送りしてますこの音楽が美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように・・・。 ではまた午前零時にお会いしましょう。 おやすみなさい。 日本航空がお送りしたジェットストリーム そろそろお別れの時刻が近づいてまいりました。 皆様のお相手は、わたくし、 城 達也でした。』 そして城さんの最終回の1994年12月末の放送です。 『日本航空がお送りいたしました、ジェットストリーム、 そろそろ、お別れの時間が近づいて参りました。 皆さまのお相手は、わたくし、城 達也でした。 25年間、わたくしがご案内役を務めて参りましたジェットストリームは、 今夜でお別れでございます。 長い間 本当に、ありがとうございました。 またいつの日か、夢も遥かな空の旅でお会いいたしましょう。 そして、来年(1995年)1月2日からは、装いも新たなジェットストリームが旅立ちます。 夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは、 遠ざかるにつれ次第に星の瞬(またた)きと区別がつかなくなります。 お送りしておりますこの音楽が、美しくあなたの夢に溶け込んでゆきますように。 では皆さま、さようなら。よいお年をお迎えくだい。』 このナレーションの作詞は堀内茂男という人の散文詩です。 城達也さんは放送終了後2ヶ月後の1995年2月25日に食道がんで亡くなりました。(享年63歳)。 このジェット・ストリームは40年以上もJALの単独提供番組でした。JAL再建のため2010年6月にイオンとの2社体制になり、ナレーターも五代目になったとネットには書いてありました。 最近はJALに乗ることもなく、FM放送も聞いていませんので私にとってジェット・ストリームは過去の番組なのです。

シンゴ旅日記インド編(その50)インドの航空会社の巻

インドの航空業界は1991年の経済開放から自由化が進んでいます。 しかし競争が厳しくなり、かつての国営会社エア・インディア、インデァン・エアラインズは多額の債務を抱え政府の管理下に入っています。あれっ、日本もそうでしたっけ。 民間航空会社が乱立しており、生き残るため機内サービスを有料とする格安航空会社が増えて来ています。 エア・インディア(AI):かつての国営航空会社。国際線がエア・インディア、国内線がインディアン・エアラインズ(IC)に分かれていました。2007年に合併し、エア・インディア一本になりました。かつての国有航空会社だけにインド各地に細かい路線網を持っています。しかし、お役所仕事的でサービスは今ひとつのようです。 ジェット・エアウェイズ(9W):1993年から運行開始。民間航空会社の草分け的存在かつ最大手です。拠点はムンバイ。国内42都市とバンコク、シンガポール、香港など海外18都市を結んでいます。2008年からANAと提携しムンバイへの共同運航便を就航。エア・インディアを追い上げていました。最近はキングフィシャー社に人気を抜かれています。保有機台数77機。 ジェット・ライト(S2):1991年サハラ・エアラインとして設立。2000年にエア・サハラに社名変更。2007年にジェットエアウェイズが買収し、ジェット・ライトに社名変更。格安航空会社。 国際線はジェットエアウェイズの路線に引き継がれた。デリー、コルコタ、ムンバイ、チェンナイを中心に国内26都市を結んでいる。 保有機数28機。 キングフィッシャー(IT):ビールで有名な財閥(United breweries社)が2004年に設立。国内線を就航して以来、質の良いサービスと低価格で急成長し、もっとも人気のある航空会社になっています。拠点はバンガロールです。2005年には同じくバンガロールを拠点とするエア・デカン(2003年設立、格安航空会社)を吸収しました。ロンドン、バンコク、シンガポール、香港のほかにドバイ、コロンボ、ダッカの国際線もあります。ジェットエアウィズを追い抜きインド第二の航空会社となりました。また航空会社の格付けでもシンガポール航空、キャセイ航空と並ぶ五つ星です。保有機台数66機、エアバス380を5機発注済(2014年納入予定)   インディゴ(6E):2005年設立。 2011年1月にインド政府から国際線の運航権が与えられた。シンガポール、バンコク、ドバイ、マスカットを予定。同月エアバスA320neoを150機発注しました。   スパイスジェット(SG):2005年設立。オンライン予約で低価格航空券の販売を売りにしている。ムンバイやチェンナイを中心に国内18都市を結んでいます。2010年10月からカトマンズ、コロンボに運航し国際線に進出しました。ボーイング737-800を200機、同900を5機所有     ゴー・エア(G8):2005年設立。国内のみで18都市に運航。A320を10機所有。   以上のほかにエアインディアにより2005年に設立され、中近東を中心にインドと結ぶ国際線を運航するエア・インディア・エクスプレス(IX)があります。