詩~鳥

 鳥   鳥が 身体を垂直に 尾を下にしたまま 枝から落ちるように すとんと下がり そのままの姿勢で 元の位置へ昇ろうとする 胸の位置に 両足をたたみ 羽根は ほとんど広げず 身体を震わせ 三十センチほどの 垂直の上昇 窓の外 私の目の前に 動いている鳥の 白く膨らんだ胸が 露にあった 折り曲げた足は 魚の胸の 一瞬に了解する 空の 海との近さ 水面をめがけて すいと昇る魚 水槽の透明な壁ごしに 目に親しい魚の上昇 だが 野鳥のうごめく胸 垂直の上昇を 真正面から見てしまった時 いけないことをしたように 私の心臓は波打った 鳥は 糸に手繰られ ぐぐっと昇るように見え 抗っているようにも見え 翔ぶというより 震えていた 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

詩~冬の市

冬の市 脂肪が焦げる匂いがする 勢いづいた音が跳ね オーブンの熱い排気口から ごく細く青い煙が揺らぎ出る 家の鶏は卵を産むでしょう 肉は固いから 食べたりはしない そんなさもしいことはしない でも そうする所もあるでしょう さあ 何処ででしょう ことのわけを 現実としては決して話さない母 昔であっても 今であってもかまわない 本の中の物語のように 朧な十二月 私は 姉であったか母であったか どちらであっても変わりはない そう囁く声がして 私の目が テレビの画像に釘づけになる 日焼けした子供たちが 鶏の喉首をおさえて 無理やり生米を詰め込んでいる 手っ取り早く目方を増やすためだよ 売るんだよ 豚には冷たい泥を塗り 木の枠に仰向けに縛り付ける 豚はギイーと鳴く カンボジアの子供たちは 「はは」と笑う 軽く笑う かつてあったか なかったか 芝草が凍る冬の休暇 さあねえ どうしてかしらね 物好きなのよね 本の中の物語のように わけは朧で 母方の祖父の家には コーチンやチャボ 無花果の木の傍に ある時には 山羊が繋がれていた 脂肪が焦げる匂いがする 勢いづいた音が跳ね オーブンの熱い排気口から ごく細い青い煙が揺らぎ出る あたりまえだよ 食べるんだよ テレビに映る日焼けた笑顔 後ろめたさなど知らない子供たち 記憶はくるりと入れ替わり 照葉樹の下の 彼らの流儀が 十二月 鮮やかに 私の過去の冬となる 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

詩~祖父の庭・十二月

祖父の庭・十二月 納屋の 広い土間の隅 鳥の羽根が 紙の上にこんもりとある 触らないのよ 訝しげに言う母の声を遮って 一本だけ ね つやつやした羽根 赤茶色にさまざまな斑点があって 光の具合で色が変わる きれいな一本だけ 引き出しの奥にしまっておくの 羽根ペンというのはどうかしら 姉の言葉に全身を染めて 末の子は座りこんでしまう なかなか決められない すてきな僕の一本 台所の 古いベンチのクッションにも 新しいカバーが掛けられた カバーには鳥が刺繍されている その鳥の羽根は 納屋にあった羽根とよく似ている 微妙にちがう斑点の色や 翠に光る背中の羽根 叔母が丹念に刺した鳥は いま椅子にもたれ 目を半分閉じて陽を浴びている やっと決まった僕の一本 男の子は クッションの刺繍の鳥の背に 選んだ羽根を差してみる 本物の羽根 生きた鳥の羽根 と思ったとたん謎にふれる あの鳥 囲いから飛び上がり 辛子の束や 乾いた豆を蹴散らして 走り狂った大きな鳥 お祖父さんの家の 裏庭のはずれに 今朝はいた鳥 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

終わりの空~詩集「流体」より

終わりの空 丸い錫の写真立てに 入れておくのは 他人の冬 夢と呼ぶな 幻とも なつかしい なかった聖日 ここではない土地の 雪の降る祝日 椅子に上着を掛けたまま 人はわけもなく人を呼んで なごりの空を眺めに立った 裸木の林の上に 層を成して にじむ黄色と 浅い水色 暗い雲の帯が 逃げるように掠る 終わりの空は 妖しい明るさ 夕日は 沈みながら 裸木の林をすかして 窓辺を照らし 台所の隅の 古い木のワゴンが 沈んだ赤さで浮かび上がる 香料の壺と 玉葱 こわばった青菜 林に枯れ落ちた枝は 火の幻影に優しく燃やされ 悔恨と 甘い思いが焦げている 裸木の幹をひそかに昇る若い水 その水音も聞き分けて 私たちは 疵だらけのワゴンの前に戻って来る 羽根のない雛鶏の 皮膚の手ざわりを恐れながら 腹の空洞には たっぷりと 香草や果実を詰め込む 聖日と言い 正餐をくぐれば 空もまた 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。