荻悦子詩集「樫の火」より~「蔓の午後」

蔓の午後 豌豆の花が咲いただろうか 五月になれば きっと思い浮かぶ小さな花 赤紫の花びらが 開ききるのを拒むように向き合い 円形の葉は花より少し大きくすっかり開き 蔓の先は糸の細さでふるふる伸びる 何にでも取りつき螺旋状に伸び あなたの午睡の枕辺まで 蔓のひげのぜんまい 楊梅のまだ小さい緑の実や 木の笛の緩い音色を絡め取っている やみくもに先へ先へと蔓は伸び 莢の中のうす緑の丸いまどろみに憧れ 畝から畝へ 畑から古い道へ 空中で巻き合って溢れ出る 不揃いな野の石を敷いた道は遥か空へと続いて…… (子供のころ私は確かに聞いた 柴を背負って古道を下りてきた人が この柴は「あのそら」から刈ってきたと言うのを) 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。  

荻悦子詩集「樫の火」より~「白桃」

白桃   水蜜桃 そう呼んでいた 桃を入れた竹の籠が 縁台の傍に置かれていた 好きな時に食べなさい 祖母は言ったが 繊毛のある白い肌 手に余る大きさ 柔らかさ 大人の誰かが どうにかしてくれないことには 澄んだ水が 岸壁の裾をゆっくりと過ぎる 桃は甘く匂ったが 私はほかのことを思っていた 狭い流れの向こう 岩山が水の中から聳え立ち 頂上に松の木 はっきりと見えるその木の下に 母が子供のころに見たように 鹿が現れないかと 鹿は高く一度だけ鳴いた カンヨー 遥か下の水面に身を投げた 鹿は気絶したかのようだった いっとき浮いて流され それを見た人たちが舟を出した その後のことを母は決して話さない 私もことの終わりを思わない 川の水は澄みわたり 泳いで戻ると 甘い水蜜桃 きれいに上手に食べなさい 一日にひとつ 果肉の白いところ うっすらと桃色の部分 ほとんど水のように消え 細かい繊維がわずかに残る どこかはばかるところがあって 黙りがちになる 藍色の薩摩硝子の鉢に 白桃を盛った そうして一日眺めている 陽ざしに合わせて 白桃は匂い 母の悲しいひと声 鹿が断崖を跳ぶ 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

荻悦子詩集「樫の火」より~「水位」

水位 鉱山の跡で採って来た石を 幼い子が放り投げた 庭石に当たってカーンと音がした 午後三時五十九分 川に近い小屋に繋がれた猟犬が いっせいに声を上げた 獲物を追い立てる声ではない 餌をねだる声でもない ふっと漏らしたため息に 細い声が乗ってうねる 辺りの犬という犬がそれに合わせ 高く尾を引いて人のように鳴く 子供たちははっと顔を見合わせ 鉱石をつつくのをやめた 二人の足元で 鉱石は乾いた墨汁のように照っている 犬が河原に飛び出してきた 水際までワイヤーが一本張られている 犬は五匹 鎖の長さだけ互いに離れ 吠えながら ワイヤーの左右を疾走する 鎖の先を留めた金属の輪が シャーシャーと滑る 犬の鼓動 根の悲しみが 禍々しい金属音となって 冬の山峡に響く 川の水は日を追って減り 向こう岸の岩壁に まだ濡れて 昨日の水位が印されている 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

荻悦子詩集「樫の火」より~「双子座流星群」

双子座流星群   東の方 それから南へと空を仰いだ 点々ときらめきがあり 翳りのあるレモン色 光は強くない 流星は どの辺りに現れるのだろう 双子座が どんな姿をしていたか ともかく今にやって来る 北半球の 冬 主な星座の名前と形 あなた 大まかにでも話せますか 子どものころ 空が 頭上に迫るような夜にも 星座を見分けるのは 難しかった 山稜に縁取られ 丸い空いっぱいの星 谷間の夜 父が星を指指すたび 途方にくれた 夥しく光がある その輝きのなかから 柄杓や熊の輪郭を掬い取る 星と星とを 存在しない線で結ぶ 私は八歳だったが 理科を学んでいるとは思えず 遠い昔の人々が 星に絡めた地上の物語に ほとんど魅力を感じなかった なぜか 双子とされた星のまわり 塵がたなびくなかを今 地球が 私たちが過っている 強い光が 一点から溢れ出るはず 放射状に現れるはず 後から後から すぐ上に 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

荻悦子詩集「樫の火」より~「冬の星」

冬の星   流星が見えない夜が明けると 父の命日だった 夜には昨年と同じように 近くの大学のホールへ クリスマスコンサートを聞きに行った 高名なヴァイオリン奏者は 姿からして鮮烈だった ドレスの色が真ん中で 縦に白と黒とに分かれていた その人はすぐに聴衆をひとつにした 流浪する人々から想を得たという ラヴェルのツィガーヌ 遠くにあった畏れ 耳で身体でそれに触れさせる 大きく弓を引き 最後の一音を終えたとたん 幼い男の子がわっと泣いた 演奏会が終わると 丘の上の空に 星がいくつか瞬いていた あれは何等星くらい? 推し測る目安をもう思い出せない それから幾日か過ぎ 同じ人の演奏をCDで聞いている リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ ひとつひとつの音がくっきりと立ち ヴァイオリンの音色は 太く深く響きながら高みへふいと舞い上がる このようには私は翔けられない 私は車輪梅の枝を手にしていた 黒い小さい実を棚に飾ろうとしていた 部屋の明るさ 椅子の綻び 実の枝を飾る位置 心にあったことが飛び去り 手近な物の色や形が遠退いてしまう 窓に近寄って空を見上げた 空は星の光を隠して暗く凪いでいる ピアノの音が 澄んで流れる水面を叩きながら渡ってきて 鳩尾の辺りから身体を揺さぶる 葉も実も乾いた車輪梅の枝を握ったまま 私はくっと頭を垂れた 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

荻悦子詩集「樫の火」より~「比率」

比率   太くない幹があり 高くない所で ふたつに分かれる ふたつの枝が より細い枝に分かれ 若い緑の葉を茂らせている 白い花房がさわさわ揺れている その木の根元から幹へ 幹から枝へ 木が伸びる方向にそって 鉛筆を動かし 木を描いてみた 幹と枝 葉を付ける細い枝 それらの大きさの比率 分かれ方 予め比率があり 木はそのように枝葉を広げる 五月が来れば 白い細い総状の花を垂らす 木も人も 予め規定され 知らないで生きて さわやかに 五月が来た 会う人もいなくて 高くない一本の木を描く 見映えのしない木と思いながら 何回も線を消し 影を付け足し なおも わたくしという 痕跡 荒れ地のはずれに 灌木が一本ある 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

荻悦子詩集「樫の火」より~「紫」

紫   自転車を折りたたんだ 硝子の水差しに水を満たした 人に伝えたいことを思いながら 何ということもない作業を重ねる 短い旋律が湧いてきた 丸く膨らんだ花 大きめの薊の花が色を失っていく 初めは冴えた紫だった 萼までが濃い紫だった 薊の花に水を注ぐ 注がない ここでわたしが何をしないでも あなたはすこやかに旅を終えるだろう 鮮やかな紫は目くらましだった 濃い紫が薄緑の茎の色に戻っていく 空が黄ばんだ灰色に変わった 薊を買ったのはあなたが住む町 その日ふと耳にした曲がつきまとう 地下街をもの憂く歩いていて 蛍光を帯びた紫に目を奪われた 太い雨がやってきた 重い速い雨の音があらゆるものを叩く 染料を吸い上げた花が窓際で乾く 長い棘だけがぴりぴり光る 激しい雨がこの空間を遮蔽する 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。  

荻悦子詩集「樫の火」より~「なつかしい人」

なつかしい人   散った花びらを握っている 乾いて褐色になり よじれたガーベラの花びら 綿毛の下に 細い種が付いている 一日一日を問い尽くし ほぐれた花びら 種との境にふわり冠毛を生やして 待っていた 鳥の柔毛に似た冠毛 ごく細い一本一本は堅い 指で押すと 扇の形に広がった なつかしい人と会いたかった ひと気がない真昼 広い道がまもなく下り坂になる 風を選んでもう少し先へ ボートを積んだ車が左に寄り過ぎ 被害が増えています 電話の声に騙されないようにと 市の有線放送が降ってくる どこかになつかしい人がいるのか 会いたかったのは誰なのか 崖がある ガーベラは濃い茶色だった 艶があり 光の加減で妖しい黒にも見えた 腕をさ下げたまま手のひらを緩く開く よじれた花びらは足元を離れ 低い方へ ふわり 冠毛 飛んで欲しい 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。  

荻悦子詩集「樫の木」より「影絵」

影絵   暮れかかるころ 真新しい教会の前を通った 教会の破風にはダビデの星が光っていたが 私はその先に用があるのだった 前方を男が歩いていた 男の右足の先に何か影があった 夕闇と見分けがつきにくい 影はすぐに左側にまわるようだった 色の濃い犬にちがいない できるだけゆっくり歩いた 男の歩調はもっとゆっくりだった 男に追いついてしまった 男は道の端に停まっているトラックに近づいた ドアを開けてエンジンキーを抜き取った そばに犬の姿はなかった 私は目を逸らせて通り過ぎた 昨日なぜか戻ってきた郵便物の 封筒を替えたものを同じ宛先にまた投函し 薄暗い道を折り返した 男がトラックを離れ やはりゆっくりと同じ道を引き返している 男のジャンパーが膨らんでいた 俯いて男を追い越した 教会のクリスマス飾りの明かりを抜けた 胸の辺りに重みを感じた 私は両腕を上げてそれを支えた 腕の中で重みは小さな犬になった 子犬は足をつっぱり 声をあげた しっかり抱いて 死んだ人の声だった 荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。