追憶のオランダ(46)カフェバーの鐘

日本流の飲みにケーションではないが、会社の近くのカフェバーに入ってビールを何杯かひっかけながら、オランダ人の仕事仲間と愚にもつかぬ話に花を咲かせることが時々あった。そんな時、仕事の話は殆どしない。普通は仕事が終わるとそそくさと帰宅する連中がほとんどだが、たまにお互いに一杯やろうと近くのカフェバーに入る。 筆者は最初のうちは店の中にある調度品とか壁に飾ってある写真・絵とか様々なものを物珍しそうにしげしげと見ていて、ふと頭の上、カウンターの上からチャペルなどで見るような形の小ぶりの釣り鐘がつるしてあり、紐が下がっているのに目が留まった。どんな音色がするだろうという興味で、何気なく触ろうとした時、一緒に飲んでいた彼が大声で「やめろ。触るな。」と叫ぶ。こちらの方がビックリして、なぜと尋ねると、彼が説明してくれた。 この種の鐘は昔からのカフェバーには必ずと言っていいほどつるされていて、そこでこの鐘をならすことは、その店で飲んでいる連中皆に一杯酒をおごるよ、という合図なのだと。上の写真は私が鳴らそうとした鐘ではありませんが、画面中央にちょうどカウンターの上にぶら下っています。左の写真でもそうです。その時ざっと3-40人は飲んでいたと思うので皆に一杯ずつおごるとまあまとまった金額になってしまったはずだ。「知らぬとはいえ、危うく怖い鐘を鳴らすところだった、有難う。だから今日は君にすべておごるよ。」といいながらまた話は盛り上がり、何杯も何杯も飲んで、ビール以外にも大好きなジェネーバーも飲み過ぎてかなり酩酊してしまった。実際、いくら払ったのか、どうやって家まで帰ったのかもすっかりもわすれてしまったが、鐘のことだけは、しっかり記憶していた。 そう言えば、その後大分経ってオランダのカラオケのビデオの背景動画で、船乗りが陸に上がり港のカフェバーで飲んでいる場面で、一人がうれしいことがあったようでこの鐘を鳴らしその場の皆に酒をふるまうシーンを見たような気がする。Het kleine café aan de haven「港の小さなカフェ」という題名のオランダの流行歌。 皆さん、オランダでカフェバーに入った時、くれぐれもこの種の鐘だけにはご注意を。でも、鳴らせば、少し高くはつきますがその場の全員と一気に仲良くなれそうで、いいかも・・・。  

追憶のオランダ(45)ヒートホーン

ヒートホーン(Giethoorn)はアムステルダムの北東120kmに位置する小さな村で、聞くところによると、ここは「オランダの小さなベネチア」と呼ばれているそうだ。 まず、その地名について一言。筆者自身、会社の同僚から一度観ておくといいよと勧められた観光地の一つ。地図にも出ているからということで、地名のスペルまで聞かず、後からロードマップで調べればすぐわかると思っていた。しかし、いくら調べてもなかなか見つからない。地名を聞き間違ったかなと思った。確かにヒートホーンと聞いたのだが・・・。なかなか地図上で場所を探し出せなかったその理由は、オランダ語のGから始まる言葉の難しさのためだった。このGから始まる言葉の音は日本人には殆どはなじみのない音で、あえてオランダ語の発音をカタカナ表記すると、ヒートホーンかヒートホールンとなる。最初の頃はこんなヘマをよくやっていたものだ。 余談だが、ある程度年配の方々ならご存知だろう、1964年の東京オリンピックの柔道無差別級で金メダルに輝いた巨漢、アントン・ヘーシンクを。彼の名字はGeesinkと綴り、これでヘーシンクと読むのだ。 もう一つ言うと、それもオランダで割と有名だったサッカー選手、フリット。彼のことを調べようとした時も苦労した。「フ」で始まるから、FあるいはVのところを調べたが出ていない。実はこれもGから始まる名前だったのだ。書くとGullitであるが、そんなの日本人には想像できるか! 因みに、Vの発音も澄んだFの音になるので、これも最初違和感があった。あの有名な画家ゴッホもオランダ流発音は「フィンセント・ファン・ホッホ」としか片仮名表記できない。日本で言い慣わしている「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」という表記は実際の発音からは程遠い感じがする。 つい、話が大きくそれてしまったが、本題に戻ろう。 「奇妙な地形(1)」でもご紹介したが、ここヒートホーンでは昔泥炭を掘り取った後に出来たボーベンワイド(Bovenwijde)という大きな水溜まりとその水を排水するための水路を観光にうまく活かしているのである。実際、そこには3000人程度の人が生活をしていながら、自分たちの住居の周りの水路から観光客に自由に見せているのである。見る方も、見られる方も、実にあっけらかんとしている。排水のための水路が村を縦横に巡っており、その水から少しだけ(ほんの少しだけ)高い陸地の部分に昔ながらの茅葺の民家(それも古民家というべきか)が立っている。いずれの家もきれいに手入れされ、家周りの貴重な地面は庭としてきれいに緑に覆われて、花壇なども作られている。おとぎ話にでも出てきそうな風情さえ感じられる。ただし、それらの家々を結ぶ道路は殆ど見あたらない。言わば、水から少し顔を出している浮島のようなところに皆それぞれ住んでいる格好だ。どうやって生活しているの?心配にさえなる。主な交通手段は、水路を走る舟である。その水路を行くと、たまに家と家とを連絡する水路を跨いだ木製のアーチ状の橋がかけられているところもあるが、いわゆる道路で結ばれているわけではない。 訪れる観光客は、この村の入り口付近の駐車場に車を止め、水路を行き来する小さな観光用のボートで村の中を巡る。 「オランダの小さなベネチア」、水と住居の関係から言えばそう言えなくもない。日本なら、水郷ということになろうが、やはり生活するにはかなりの不便さが付きまとうのではなかろうか。前述のレーウワイクでは細いながら対面通行こそかなわないが、一応車で自分の家まではたどり着ける道路があるが、ここヒートホーンではそれもない。なんという徹底ぶりか。それがむしろ、この村の「売り」なのだろう。

追憶のオランダ(44)ホームドクター

外国で病気になるほど不安なことはないと思います。筆者はもともと元気な方で、冬場に風邪をひく程度であまり医者にはかかったことはありませんでした。ただ、海外赴任前の健康診断の時、あることで今後は半年に一回は定期的に検診を受けるようにと医者に言われ、多少気になることがありました。 着任してしばらくはバタバタと忙しくしていましたが、4ヶ月ほど経って自分でも行動できるようになり、また家族も来たので先輩格の同僚に病院のことを尋ねました。近所ということもあり、「紹介するから、俺たちがかかっているホームドクターに見てもらったらどうか」ということで、さっそくドクターを訪ね、我が家のホームドクターになってもらいました。 オランダでは、仮に病気になっても、日本のように自分で勝手に探して医院や大学病院などに直接受診しに行くのではなく、地域ごとに皆各々ホームドクターを決めており、まずそのドクターの診察を受けることになります。そのドクターがさらに専門の大病院などでの受診が必要と判断すれば、彼から紹介状を書いてもらうというシステムです。日常の風邪ひきや腹痛などのちょっとした病気ならこのホームドクターで十分対応でき、処方箋を書いてもらって薬局へという形です。 オランダに来て半年経ち、例の検診をする時期になったので、最初の挨拶の時以来の2度目のホームドクター訪問でした。要件を話すと、すぐに近くの大病院を予約してくれ、数日後に無事検診が受けられました。そして、その大病院での診察券を作ってもらいました。 しかし、問題はさらにそのあと半年後の検診でした。私は、ホームドクターからも半年ごとの定期的な検診が必要だと言われていたので、2回目はその言葉通り診察券だけ持って直接その大病院に行きました。すると、受付で問題になったのです。まず、「なぜ君はここに来たのか?君のホームドクターは誰なのか?予約など入っていない。」等々、一方的に言われ、何が何だか分かりませんでした。そして、これまでの経緯を説明しました。結局、病院側とホームドクターとで電話で話してもらい、その時は何とか飛び入りという形で受診はできましたが、制度をよく理解していないがゆえの大失敗でした。あとで理解できたのは、要は、大病院などでの診療はすべてホームドクター経由でなければ話が進まないということです。 また、ホームドクターにも当然休診日がある訳ですが、そんな時病気になった時は連携する近所の他のドクターに見てもらうことも出来る体制になっているようですが、幸い帰国までにその経験はありませんでした。  

追憶のオランダ(43)オールドアムステルダム

「オールドアムステルダム」これは私が一番好きなオランダのチーズの銘柄です。オランダのチーズなのに、なぜか英語の名前なのです。別に宣伝するつもりはありませんが、いろいろな銘柄を試した結果私自身が一番気に入ったものなのです。日本流で言えば、ゴーダチーズ(オランダ語では、ハウダ・カースと発音します)ですが、数ある銘柄の中でも最も旨味が凝縮して感じられるのです。約6年の任期を終え帰国する時には、丸ごとを持って帰りたかったくらいです。しかし、実際は直径が約35cm・厚さ約11cmほどのゴロンとした12kgもの塊をまさか手荷物で持って帰るわけにもいかず、また丸ごとならいくら現地では日本より安いと言っても値段は馬鹿になりませんので、結局4分の1にカットされたものを2個だけ(要は半分)で我慢しました。 チーズが好きだからと言って、オランダ人が食べるほどは食べませんが(ある統計によるとオランダ人は日本人の10倍くらい食べるという数値が出ています)、何ケ月か経って最後の一切れを食べ終わってからのさびしかったこと。輸入チーズを売っている店にもあちこち足をはこびましたが、今から20年以上前にはオールドアムステルダムを置いている店はなく、諦めていました。それが、いつの頃か偶然銀座のあるデパートのチーズ売り場で小さい幅の扇形にカットしたものが並んでいるのを発見し、女房と二人で、「やった!」と大喜びしたことを思い出します。その夜は、我が家は急遽オランダ飯になりました。何ということはない、オランダ飯と言っても我ら夫婦が勝手にそう呼んでいるだけで、チーズ・ジャガイモ・ソーセージ、それにビールとワイン、これが食事のすべてです。質素そのもの。このワインというのも、本当のワインももちろんですが、オランダのスピリッツであるジュネーバー(これをかの地ではコーレンワインと呼びます)は欠かせません。これを欠くと、ドイツと差がなくなります。また、その頃ほとんど手に入らなかったホワイトアスパラガスかムール貝などが手に入った日には、我家はいつも自動的にオランダ飯になったものです。 最近はいろんな所(小田急系のスーパーでも)でオールドアムステルダムを見かけるようになり、今では我家の冷蔵庫には小さく扇形にカットされてはいますが、常備されるようになりました。娘も、時々「見つけたから買ってきたよ。」と言って、持ってきてくれます。爺が食べ、母親も食べるので、小さい孫までが喜んで食べるようになっています。食習慣とは恐ろしいものです。小さい時からチーズを食べ続けるとオランダ人のように背が高くなるでしょうか?でも、オランダ人並に食べないと期待はできないかもしれませんね。  

追憶のオランダ(42)オリボーレン

「オリボーレン(Olibollen)」と言われても、何のことか皆さんお分かりにならないと思います。これは年末になると食べるオランダのお菓子の名前です。勘のいい方なら、この名前からOil Ballという英語を想像され、もしかしたら油で揚げた丸いお菓子かなと推測されたかもしれません。そうです、それが正解なのです。穴の開いていない、丸いドーナツのような揚げ菓子でまわりに砂糖をふりかけてあります。ちょっと見には、沖縄の名物サーターアンダーギーとよく似た(サーターアンダギーをもっと丸くしたような)お菓子なのです。オリボーレンのレシピは各店で微妙に違っているのでしょうが、基本は小麦粉がベースで、あとはイースト・牛乳。揚げた後、砂糖を振りかける。レシピもサーターアンダーギー(砂糖・油・揚げ)と非常によく似ています。これはプレーンで、他のバリエーションとしてはドライフルーツを細かく刻んだものを混ぜ込んで揚げたものもあります。 オランダでは年末になると一斉にあちこちにオリボーレンを売る屋台がでます。一個は小さなお菓子なので何個も袋にいれて買って帰ります。しかし、それは年末の時期だけで、年中売っているわけではありません。言わば年末の風物詩とでもいえるものです。街角がオリボーレンを揚げる油の匂いが漂い、年末になったなあと思います。これは、もともとは大晦日に食べるお菓子だったようです。 このオリボーレン、一説には、これこそがアメリカのドーナッツの原型だと言われています。ピルグリムファーザーたちが新天地を求めてイギリスを出てアメリカに渡るまで、彼らはオランダで何年かを過し、その後にロッテルダム港からアメリカを目指して渡っていきました。その後ヨーロッパからの多くの移民たちも同じコースで新大陸を目指しました。その彼らが、さらには彼らの子孫たちがオランダで食べただろうオリボーレンをヒントに穴の開いたドーナッツを作り出したのだと。あるいは、オランダからの移民が作った町ニューアムステルダム(そのあとニューヨークと呼ばれますが)に住む彼らが故郷を懐かしみ作ったものかなとも思ったのですが、もしそうなら穴あきのドーナッツではなく、やはり丸いボール状のものをそのまま踏襲したはずですから、やはり穴あきドーナッツはイギリス系あるいはオランダ以外の移民の子孫の発想かもしれませんね。 今日は大晦日。オリボーレンを食べると、明日からは新しい年が始まります。

追憶のオランダ(41)ジャンキー風の男に助けられる

ある日、夜遅くまで友人たちと飲んでいて自分でも結構酔ったなと思い、その日に限って車はガレージに置いたまま久しぶりに地下鉄で帰ろうと思ったのです。あとで考えれば最初からタクシーで帰ればよかったものを、あまり深く考えずに地下鉄に乗ったのです。しかし、乗ってすぐに、それは住んでいた所の途中までしか届かない終電だったことが分かりました。まあ途中まででもその駅でタクシー位あるだろうと、ここだけは日本式に考えていたのです。オランダではそうはいかない事はちょっと考えればわかりそうなものですが、酒のせいで正常な判断が出来ていなかったのです。 やはり、最終の駅についてみたがタクシーなどいるはずもありません。しようがない、電話で呼ぼうと思い、電話ボックスの方へ歩いていく途中、嫌な予感がしたのです。というのも、4-5人のどう見てもまともとは思えないジャンキー風の連中が皆酒の瓶やらビール瓶を手に、なにやら大声で騒いでいるのです。しかし、電話を掛けようにも手元にあるのは電話機では使えない2.5ギルダーという大きな硬貨だけだったのです。もたもたしていると、連中の中から一人こちらに歩いて来ます。そして、こちらが電話を掛けられないのを分かった様子で、「電話が掛けられないなら、俺が掛けてやる。タクシーを呼ぶんだろう?」と、すっかり見透かされているのです。そうだと答えると、おもむろにポケットから携帯を出して電話を掛けだした。「今ここに日本人がいる。タクシー1台。」。 何と親切かと思ったが、こちらもまだ警戒は解いてはいませんでしたが、それでも、ここはキチンと礼をしなければと思い、「おかげで助かった。」と言って、10ギルダー札を差し出すと、「そんなには受け取れない。」といって、持っていた2.5ギルダー硬貨を指差すのでした。ということで、それだけを受け取り、それでも「Too much」と言うではないですか。 その時はこちらの方が恥ずかしくなりました。人を外見で判断してはならない、こんなことは分かっているはずだったのですが、その時の自分はそうではなかったことに恥じいりました。もう先程までの酔いはとっくに醒めていました。 ほどなく、タクシーが来たので乗りこみ、窓をあけて親指を立てて言ったのでした。Prima! Dank u well. Goede avond! 最大級の感謝の気持ちをを込めて、なぜか英語ではなく、私が言える数少ないオランダ語で。

追憶のオランダ(40)高速道路でも跳ね橋にしてしまう

オランダでは、日本では普通にあまり考えられないことが実際にそこここに見られます。それは日本での普通という概念がそれほど普遍的ではないのか、オランダ式の発想自体が突飛過ぎていて、あるいはユニーク過ぎてで、我々日本人から見るとちょっと普通ではないように思えるのか、よく分かりません。でも、そんな光景を実際自分の目で見てみると、「あっ、そういう考え方もあるんだ・・・。」と、つい頬が緩んで納得してしまいます。 例えばその一つが、高速道路が大きな川を跨ぐ場所で、交差する川を通行する船舶のために高速道路そのものが開閉式の大きな跳ね橋になっているところがあります。船舶の通行は日に何回か決められており、定刻になると高速道路上の車は手前の信号で止められ、開閉式の道路部分が大きく跳ね上がります。その間船舶は悠々と通過して行く。この時刻を知らずにそこを通りかかると、突然の渋滞に巻き込まれます。おそらく日本なら、一般道路ならこの種の跳ね橋もあるにはありますが、高速道路の場合は川を跨ぐ大きな立体交差の橋を架けて通すことを考えるでしょう。しかし、オランダは少し発想が異なります。「奇妙な地形ー2」でもご紹介した高速道路の上を跨いで川が流れ、そこを舟が悠然と通過する、これもオランダならではの光景です。 高速道路が跳ね橋になって跳ね上がる? 言葉では理解できるが一体どんな光景になるの?と思われる方は、我が第二の故郷ロッテルダムを舞台にしたジャッキー・チェン主演の少し古い映画「Who am I?(我是誰?)」をご覧になると、最後のところでこのシーンが使われてますので、ご覧になれます。ちょうど今、Gyaoの無料視聴サイトでこの映画を観ることが出来ます(これはGyaoの宣伝ではありません)。 ついでに、ロッテルダムの案内を少し。この高速道路はマース川と呼ばれるライン川の最下流部分を跨いで北はアムステルダム、南はブリュッセルとを南北につないでいます。ロッテルダムはこの川沿いに出来た町で、さらにこの跳ね橋(?)から下流がすぐロッテルダム港となっています。日本などでは港と言えば海沿いの「海港」なのですが、ロッテルダムもハンブルグも実は川沿いの「河港」なのです。 跳ね橋のことをお話していて、今ふと古い記憶が蘇ってきたのですが、跳ね橋で命を落としかけた人が私の友人にいました。彼は、夕暮れ時初めての道(一般道路)を運転していた時のこと。橋があることは分かっていたようですが、日の長い夏の夕方のことで、その橋が閉じていると思いそのまま走っていき、川の中にダイブしてしまったのです。つまり、観音開きのように手前に橋が跳ね上がっているのが見える橋ならかなり手前から見て分かりますが、その橋は水平なまま橋の部分の路面が上に吊りあがるタイプの橋だったのです。したがって、夕方だったことも手伝って手前からは橋は向こう側が見えることで、橋が開いていないように錯覚したらしいのです。たまたま、その橋の近くの家の住人が屋外でそれを目撃してくれたおかげで、すぐに救助してくれたので命は助かったようなのですが、もし真冬ならおそらく誰にも目撃されないということもあったかもしれません。跳ね橋の手前に信号機はなかったのでしょうか?それとも、その友人は信号に気付かなかったのでしょうか?

追憶のオランダ(39)ストリッペン・カート

ストリッペン・カート(Strippen Kaart)、これはオランダ語ですが、英語で書けばストリップ・カード(Strip Card)。なにやら怪しげに聞こえるかもしれませんが、変な想像はしないで下さい。これは、オランダ全国で使える公共交通機関用の乗車切符の名称です。バス・トラム・地下鉄・鉄道すべてでこのカードが使えます。しかし、このシステムは2011年に廃止となり、現在はストリッペン・カートに代わる新しいシステムが導入されている由。したがって、ここからは、ストリッペンカートにまつわる「むかし話」をすることになります。 この切符は、細長い紙で、購入金額に応じて何段かのコマに区切られています。そうです、4コマ漫画というのがありますが、あれをStrip Comicと言いますね。そのストリップです。あらかじめ各都市でゾーン分けされていて、どのゾーンからどのゾーンへ移動するのかによって、必要なコマ数(これが乗車料金となる)が決められています。そして、乗車の際に、行先までの必要なコマ数分のところでカードを折り曲げて、乗り物の中や駅の改札などに設置されている黄色い自動スタンプ・マシーンに挿入して、ガチャンと乗車したゾーン番号・日時を印字します。 例えば、同一ゾーンの中での移動なら2コマ必要、隣のゾーンへの移動なら3コマ必要、さらに遠方なら何コマとか決められています。また、いろいろな路線を乗り換え、乗り継ぐことも自由です。何度乗り換えても構いません。さらに、複雑に思えるのが、移動の距離が長くなれば、利用する際の制限時間が距離に応じて長く設定されています。その時間内であれば、多少の道草なども平気です。 日本では、例えばJRで中野島駅から隣の登戸駅に用事があって往復する場合、往復の運賃がかかりますが、これは当然です。しかし、オランダのこのストリッペン・カートは、3つのゾーン間の移動(その距離は片道2-3kmはあります)の場合など、1時間以内であれば、行きにスタンプを押しておけば、帰りはそのままスタンプの必要はなく、用事を済ませて帰ってくることができます。つまり、ストリッペン・カート流に置きなおせば、登戸で30分くらい何か用事をすることがあっても出発から1時間内で中野島まで帰ることができれば、中野島で買った140円の切符で往復可能なのです。どうです、面白いシステムでしょう? このストリッペン・カートは、大きな駅とかキオスクなどで売っています。もし、事前に買っていないと、バスやトラムなどには車掌は乗っていませんので運転手のいるドアから乗って、いちいち少し割高の一回分の切符を買わなければなりません。これは面倒だし、時間が余計にかかり他の乗客に迷惑にもなる。 このシステムは無賃乗車あるいはコマを少なくするなどのズルをしようとすれば、いくらでもできそうです。ただし、時々、トラムなどの停留所で、すべてのドアから制服を着た人たちがドドッと乗り込んできて、乗客すべてのカードを検札することがあります。その時、正しくスタンプが印字されていなければ、その何倍かの罰金を払わされることになります。この一斉検札はそれ程の頻度ではありませんが、運悪く(?)無賃乗車が見つかって罰金を払わされている人を見かけたことがあります。 無賃乗車かどうかの確認はできませんが、あまり風体のよくない奴がさっと乗ってきて、乗り換えでもないのにカードに印字もせず、2-3駅でスッと降りてしまう、こんな光景はよく目にはしました。人を疑うのはよくない事とは思いながら、どうしても無賃乗車のことが気になったことを思い出しました。でも、近くまで来て、さっさと用事を済ませて帰っていく人だったのかもしれません。それはそれで、あり得ることなのです。  

追憶のオランダ(38)押す?それとも引く?

ドアの前で、これは実によく間違えました。特に、オランダからドイツに出かけた時はなぜだか分かりませんがよく間違えました。ドアにはキチンとDruecken(「押す」という意味のドイツ語)と表示されているのに、その前で思わずドアを引いてしまうのです。そして一瞬、あっ、間違えたと思う。そして改めて引く動作をしながら、「引く」はドイツ語でZiehen だったと思い直します。 オランダ語では押すはDuwenで、引くはTrekkenなのです。Trekken の引くというのに慣れてしまっていて、Drueckenを見て、Trekken と同じだと思い無意識のうちに引いてしまうようなのです。なぜだか、頭の中で混線しているような感じさえします。しかし、もしもほんとうに混線しているなら、ドイツからオランダに帰ってきてTrekken をみて押すことがあっても不思議ではないのですが、実際押したりするようなことはありませんでした。実に不思議です。 また、Ziehenの表示のあるドアではほとんど間違わずに引きますし、Duwenの前では押します。そして、Trekkenのまえでもキチンと引いて、殆ど間違えることはないのです。なぜ、Drueckenだけよくまちがうのか、その点がいまだに不思議です。ドイツ語のDrueckenの「・・・cken」という語感が、オランダ語のTrekkenの引くを連想してしまうからなのでしょうか。 それと似た話で、スペイン語圏のホテルでよく間違うのが、蛇口に付いた「C」と「F」の文字。英語の表示で「C」は冷たい水、「H」は暑いお湯で慣れているところで、「C」と「F」の二つの並んだ蛇口を見ると、水だと思って「C」をひねって思わず熱いお湯にびっくりしたことがありました。スペイン語圏では 「Caliente(熱い)」と「 Frio(冷たい)」 なのですね。それを知ってからでも、頭では分かったつもりがつい忘れて(?)水だと思って何気なく「C」をひねってしまう・・・。もう笑い話ですが。やはり、赤・青の色表示の方が安全ですね。 皆さん、これに似た経験、簡単なことなのに何度も同じまちがいをする、といった経験をされたこと、ありませんか?

追憶のオランダ(37)シントさんのプレゼント

実は私もシントさんからプレゼントをもらったことが1回だけだがある。プレゼントをもらうのは、別に子供に限ったことではなかった。ある年の12月、たまたまアムステルダムの国立美術館にヤン・ステーン(オランダの国民画家の一人)展を見に行ったところ、入り口でミュージアムイヤーカードを提示すると、係員がにこやかに小さなものを差し出し、そして「シントさんからのプレゼントですよ。」と言うではないか。オランダ語がダメな私でもこのくらいのオランダ語なら理解できる。「有難う。」と言って、見るとレターチョコ。日本の皆さんはご存じないかもしれませんが、これはシントニコラース祭の定番のプレゼントのお菓子の一つで、アルファベットの大文字一字を形にしたチョコレートなのだ。このプレゼントをもらって、今日が12月5日だったことに改めて気付いた。国立美術館も味なことやるなと感心したものだ。 その日の展示では、ヤン・ステーンがクリスマスの家庭の光景を面白おかしく絵に描き止めているものがあった。多分、プレゼントをもらえなくて泣いている子と、たくさんもらってうらやましがられている子、それを微笑ましく見ている大人たち。泣いている子はどうもヤン・ステーン自身の小さい頃の姿のような気がする。彼はどちらかというと男前ではないが、彼の絵にはどこかに自画像を忍ばせていることが多く、よく見るとこの子は確かに似ている。写真を拡大してご覧ください。 シントさんのプレゼントと言えば、レターチョコのほかには、人形の形をした焼き菓子(硬いクッキーのような)、マジパンのお菓子などがある。しかし、このアニス風味のマジパンだけは私がどうしても最後まで馴染めなかったものの一つ。ジュネーバーやブラックドロップのアニス風味は早くから殆ど気にならなかったにもかかわらず・・・。自分でも、どうしてなのか未だに分からない。