オランダ点描(13)ドラッグ

政府が、地方公共団体が、教会がドラッグを認めているといえば、大抵の方は「まさか?」と思われるでしょう。そう思うのが普通、世界の一般常識だと思います。しかし、視点を少し変えてみると、酒、煙草などの嗜好品も程度の差こそあれ、広い意味ではドラッグと同じ部類に入らぬこともないと言えます。飲酒も過度になれば、当然心身ともに蝕まれ、人間としての社会性さえ奪いかねません。ドラッグの常習者がそうであるように。 ドラッグ・薬物と一言でいっても種類はいろいろあり、識者によればほとんど習慣性がなく一時的に軽い幻覚を起こさせ気持ちよく(?)させるだけのものから、習慣性があり最終的には人間を肉体的にも精神的にも蝕んでしまうものまで、幅がひろい由。オランダでも、当然のことドラッグに対する賛否両論はありますが、この国は少なくとも他のヨーロッパの国とは少し違うユニークな考え方を持っていることはたしかです。 オランダに住み始めて間がない頃、アムステルダムの運河沿いの花市場を通りかかった時、観光客と思しき連中が不思議そうにそこで売っている鉢植えを見ながら何やら議論しています。話している内容を聞くとはなしに聞いていると、「こんなところで売っていていいのか」ということのようで、その対象とは大麻の苗です。立派に4-5枚特徴のある切れ込みの深い紅葉のような葉がでていて、MARIJUANAと書かれていました。はい、いいのです。禁止はされていません。買うことは自由です。しかし、ここでは買えても、おそらく自分たちの国には持ち込めないでしょうがね。 また、コーヒーショップという看板のある店では公認でソフトドラッグを買うことも吸うことも出来るそうです。私自身経験したことでないので、これは単なる受け売りですが、これもオランダの特徴と言えなくもありません。隣国から、また隣国を経由してその目的のためだけに不良外国人がオランダに吸い寄せられているという非難も随分聞かれます。ドイツ国境近くのV市では、マリファナを吸いたいだけの輩が町に入ってきて風紀が乱れるので、それを防ぐために(?)いっそのこと町の手前に専用のドライブスルーでも作ってはということが真面目に検討されたとか、話として聞いたことがあるくらいです。 ロッテルダムの中央駅は正面から1・2・3番線と奥に向かっていくつものプラットフォームがあります。私の赴任したすぐの頃、出口を間違えて出たところ、そこには一見周りの人たちとはちょっと違う雰囲気の人たちが大勢たむろしています。何か変だなと思いながら急いで通り過ぎたのですが、後で聞くと、彼らはその日その時刻に配られるはずのドラッグを待つ連中だったとのこと。その場所は、人呼んで「プラットフォーム・ゼロ」。注) そして、配るのはロッテルダムの有名な教会の牧師さんだとか。要は、ドラッグを買う金欲しさの犯罪を未然に防ぐための措置として、継続して定期的に行われているある種の慈善事業(?)らしいです。 注)現在、中央駅はすっかり建て替えられているので、「プラットフォーム・ゼロ」はどこへ行ったのかな、少し気になりますね。

オランダ点描(12)美術館

ヨーロッパにはそれぞれの国を代表する立派な美術館がいくつもあります。オランダの絵画と言えば16・17世紀のフランドル絵画から始まりレンブラント・フェルメール・ブリューゲル・ハルスさらにゴッホ等々そうそうたる画家を輩出しています。それらの作品に出合うにはやはりアムステルダムの国立美術館(写真左)、ロッテルダムのボイマンス美術館、さらにはデンハーグのマウリッツハウスがお勧めです。特にゴッホがお好きな方にはアムステルダムのゴッホ美術館と、少し遠いがアペルドーンのクレーラーミュラー美術館は如何でしょう。 旅行者としては滞在時間の制約があったりして、それらの美術館をいくつも見て回ることはちょっと大変ですね。しかし、住んでいる者にとって美術館はとても身近で便利な所なところでもあるのです。しかも、1年間有効のミュージアムイヤーカードという利用カードを買えば(大人45ギルダー。子供、老人割引あり)、特別の企画展などを除き、殆どの美術館・博物館などに何度でも好きなだけは入れます。注) 大体、4-5か所を見れば、それでカード代の元が取れてしまう計算です。それならば、旅行者にとっても、2-3日滞在できるなら、このカードを最初から買っておいた方が、後々便利です。 さらに、このカードのもう一つの有難い点は、多少不謹慎かもしれませんが、トイレを自由に使えることです。外出先で急にトイレに行きたくなった時、なかなか見つからず困ったことはこれまでにありませんでしたか?ちょいとレストランでトイレだけ貸してもらう?それとも駅まで我慢する?しかも、殆ど無料ではありません。オランダも街なかには公衆トイレなるものは殆どなく、そんな時大変困ります。でも、その時の強い味方がこのカードなのです。大小合わせるとたくさんの美術館・博物館などがあり、見つかった手近のところに飛び込めば、芸術鑑賞も出来、身も心も晴れ晴れとするでしょう。いや、まったくおかしな効用があるものです。私は一度それを経験してからというもの、期限が来ればほとんど自動的に新しいカードを作るようにしています。   注)45ギルダーというのは、1995・6年当時のカードの料金です。当時1ギルダーは     50-55円くらい。

オランダ点描(11)電球

ヨーロッパを旅した人はたいてい経験されていることでしょうが、オランダもやはり例外ではありません。というのは、ホテルであれ、家庭であれ、室内の照明が一様に薄暗いということです。旅先の一流ホテルの部屋でも、夜は部屋中の照明を全部つけても本を読むには光が足りないように思います。 ゲーテでなくとも、「Mehr Licht!(もっと光を!)」と言いたくなりますね。よくこんな暗いところで居て目が悪くならないものだと変に感心させられます。どうもこれはヨーロッパ人と日本人とでは目の生理的な構造というか機能に違いがあるためではないかと想像します。極端に言えば、ヨーロッパ人がサングラスをかけて見ているのと日本人が裸眼のまま見ているのが似たような感じではないかと思います。 そんなことで、今私が住んでいる家も照明が問題です。天井には大体電気の配線がありません。つまり天井から電灯をぶら下げる発想がないようです。したがって、私たち日本人にちょうどいい明るさを得るためには、フロアスタンドをいくつも置いたり、さらに壁に自前で照明器具を取り付けたりすることになります。しかし、間接照明であるため効率が悪く、相当なワット数の電球を灯けなけらばならない羽目になります。さらに問題なのは、この電球が昔ながらの白熱灯で、消費電力に比べ明るさが今一つです。日本で蛍光灯の明るさに慣れている私としては、このヨーロッパ式の照明にはいささか閉口します。ムーディーな雰囲気を演出するにはいいと思いますが。 さらに、これは技術的な事でしょうが、これら電球がまた実によく「切れる」。製造会社(日本人でも名前を知っている世界的な電気器具メーカーP社など)の技術的問題なのか、それとも220ボルトという高電圧のせいなのか分かりませんが、日本で住んでいた時よりも電球の交換頻度がはるかに高い。したがって、いつ切れるか分からないので、それぞれの照明器具のサイズの違う電球をいくつも買い置きしておくことになります。 車のヘッドランプについても同様です。日本にいた時は、一度も電球が切れたこともなく、自慢じゃないが電球交換などしたことありませんでした。ある夜運転中に、突然片目になってしまい、慌てて近くのガソリンスタンドに飛び込んで車種を言って同じと思われる電球を買ったものの、薄暗がりでもあるのでうまく交換できず四苦八苦した苦い経験があります。それ以降、車の中にも予備の電球は必ず用意するようにしています。 注)電球交換ということでは、今日本は寿命の長いLEDにどんどん変わっていますが、オランダもそうなんでしょうか。LEDでも日本ほど長持ちはしなさそうに思えてなりません。というのも、よく切れるのは電球のガラス部分と金属部分の接合に問題があるのではないか?とオランダに住んでいる時からずっと思っていたことです。果たして、真相は?

オランダ点描(10)シンタクラース(シントさん)

オランダにはほんとに年2回クリスマスがあるの? そう、あるんです。 世界中で一般的にクリスマスと言えば、キリストの誕生日を祝う12月25日です。しかし、ここオランダではさらにもう一つ祝うべきクリスマスがあるのです。それは、12月5日のシント・ニコラース祭。 昔、小アジアにニコラ―スという人がいて、死後聖人に列せられた彼の徳を偲んで彼の命日を祝うようになったものです。オランダでは12月25日よりもずっとこのシント・ニコラース祭が重要なのです。特に、子供たちはこの日にシンタクラース(これはオランダでの呼称で、在オランダの日本人は、親しみを込めて「シントさん」と呼んでいます。)からお菓子やいろんなプレゼントがもらえるのです。したがって、オランダの子供達には25日には何のプレゼントもありません。ジングルベルもほとんど聞こえず、町も静かなもので、オランダのクリスマス商戦というのも10月末から12月上旬です。 ここからは、シントさんで呼びます。このシントさん、実は毎年11月中旬、何と蒸気船に乗ってスペインからオランダまでやってくるのです。シントさんは白い長いひげが特徴で、真っ赤なきらびやかな法衣と冠をかぶり、白馬に乗って、街々を回ります。その時、大きな袋(プレゼントが入っている)を持ったズワルト・ピートという黒い人を何人もお供に連れています。 現在のサンタクロースと比べると面白いですよ。両者の共通点もあり、少し違う点もあり。学問的にクリスマスの起源についてはいろいろ難しい話になりますが、少なくとも現在のクリスマスの主役サンタクロースの原型はどうもこのシンタクラースにあるように思えます。新天地アメリカに渡りニューアムステルダム(今のニューヨーク)で暮らしたオランダ移民たちの原シンタクラース像にいろんな人種の考えが混ざり合った結果、現在我々が知っているサンタクロースに変わっていったと考えられます。 ともかく、この時期になると子供たちは早くシントさんにプレゼントを持ってきてもらいたくて、夜寝る前に家の前に、干し草、ニンジンそれに水を用意します。角砂糖もかな・・・。これらは、シントさんが乗る馬に用意したもの。まさに、将を射んと欲せば、まず馬を射よ、です。さらに、早く来てもらえるように、「シントさんの歌」というのも大真面目で歌います。確かわが娘も、それらしいオランダ語で歌っています。 ただ、子供たちにも怖いことがあり、もしいい子にしていればプレゼントをもらえるが、もしそうでなければズワルト・ピートが持っている大きな袋に入れられてスペインまで連れていかれるのです。ここには現在のサンタクロースにはない教育的指導というものが見られます。親は子供に対して「おー、怖いですね、怖いですね。いい子にしてましょうね・・・。」

オランダ点描(9)山

オランダに山はありますかという質問には答えにくいですね。ですが、オランダの海抜最高地点はどこですかと尋ねられれば、南部のリンブルフ州にあって、海抜は320m強ということになります。ただし、北部から比べるとドイツ国境に近い南部は丘陵地帯で少しずつ地面全体が高くなっているので、その海抜最高地点(写真左)は頂上らしさも感じられず、丘と呼ぶにも少々気が引けそうです。日本もそうですが、山には特に定義はないので、わずか数メートルでも地域の人が「○○山」と呼ぶものが日本にもたくさんあります。だから、オランダ人がこれは山だと言えば、こちらはそうですかということになるんでしょうね。 それは別にして、オランダには山を意味するBerg( ベルフと発音します)を使った「・・・ベルフ」というスタイルの名字が意外と多いのも面白いことです。例えば、会社の同僚にもSchaberg (スハベルフと発音)Stunnenberg(スツネンベルフと発音)という人物がいます。また多い名前ではVan den Berg(ファンデンベルフ)というのがあり、そのままの意味では「山出しの人」ということですが、日本流で言えば、山本さん、山中さん、はたまた山上さんとでも言ったところでしょう。 16世紀ごろからのオランダの絵画は風景を題材にしたものが多くなりますが、その絵には結構険しい山が描かれています。あたかもヨーロッパの他の国の山のある景色を羨むような何か強い情念を感じられます。オランダにもこういう山があればいいのに、と言った感じでしょう。昔のオランダに生まれた人の大半はほとんど山を見ずに一生を終えたことでしょう。隣の国のドイツ人が今でも夏になると海を求めて、西へ西へと北海を目指しオランダに押しかけますが、彼らも大陸のど真ん中で海からは遠く、一生海という大きな塩辛い水たまりを見ることなく一生を終えたかもしれない、それと似たことがオランダの山への憧れであったのでしょう。 ある時、オランダ人とイギリス人と私の3人で、食事のあと雑談をしていて、オランダ人が自国の一番高い「山」について話始めたら、急にイギリス人が話を遮り、言うことには「それは山(mountain)とは言わない、丘(hill)でもない。単なる土盛り(mound)だ。」と。野球のピッチャーマウンドと同じ感覚だということを言いたかったようです。横で聞いていておかしくなったのを思い出しました。 今私が住むロッテルダムの北の郊外、かなり広い荒地に下から30-40mくらいはありそうな小高い丘のようなものがあります。低いながらも丘があるではないかと思ったのですが、これは自然物ではなく人が作ったものだそうです。第2次世界大戦で、ドイツ軍の空襲でロッテルダムはほぼ壊滅し、その時のレンガやら瓦礫をこの場所に集積して山にしてしまったのです。今では、夏でも人工スキーができるそうで(冬はスキーができるほど雪は降りません)、頂上までの階段と照明が整備されています。この程度の高さであっても、周りにほとんど障害物がなく真っ平だと頂上では爽快な気分を味わえます。

オランダ点描(8)泥棒

盗難の頻発する地域、すなわち治安の悪い地域で住むことを敬遠したくなるのは当然です。たしかに、泥棒被害が頻発するとなると、どうやって防ぐかということをまず一度は真剣に考えるでしょうが、相手はその道のプロ。普通の民間の住宅に押し入るのにはそれほど苦労はないものと思わねばなりません。もちろん、充分に施錠はしていても、プロから見れば「朝飯前」なのかもしれません。 こういう私自身も、近所に泥棒が入ったということを噂で聞いて、「大変だ。うちも用心しなくては。」と道具屋に行って錠前やドアチェーンなどを買ってきて、あちこちのドアにつけて、多少の気休めにしておりました。しかし、私自身がどことなくほんとうに安心できていませんでした。それをあざ笑うように、数か月後、家族全員で夜6時過ぎから2-3時間の外出中に、勝手口のドアそのものを簡単に壊され、第一巻の終わり。錠前、ドアチェーンではなく、ドアそのものを壊されたらどうしようもない。見事にプロの泥棒の洗礼を受ける羽目になってしまいました。被害は確かにかなりの痛手でした。装身具などは女房がその時身に着けていたもの以外は全部根こそぎ持って行かれました。後で気が付いたのですが、台所に置いてあったHarrodsの大きなバッグがなくなっており、どうも小物などはこのバッグに入れて持ち去ったようです、思わず笑いが込み上げてきました。しかし、さすがのプロも全く手をつけなかったのが3階という屋根裏部屋。たまたまここの電球が切れていて真っ暗だったことで難を免れました。それに、せめてもの慰めは泥棒の仕事中に帰宅して泥棒と鉢合わせをしなかったことでしょう。 ということで、初めてオランダで自ら警察に通報、おまわりさんを呼んだはよいが、3人の土足のおまわりさんが、荒らされた現場を雨上がりの泥靴のままでさらに踏み荒らし(?)、言うことには「明日、鑑識班が来るから、それまでは現場には手をつけないで。」とのことで、10分くらいで引き上げ。マットレスからすべてひっくり返されたベッドは使えず、結局毛布だけ何枚か引っ張り出して家族でごろ寝をすることになりました。勝手口のドアは壊れたままで、平常時ならばこれ以上の不用心はないが、泥棒が目ぼしいものをもっていった後だから、もうこれ以上盗られるものもないかと思いながら、妙に安心して眠りにつきました。注)警官はこんな派手なパトカー(写真)でやってきます。 翌日鑑識班が来て現場を調べ、形式的に何カ所かで指紋を取る作業をしておりましたが、あまり被害者の私たちの助けになるようにも思えませんでした。あとは、被害届を出して、保険求償の手続きをすることで本件もあえなく終了!コソ泥・空き巣は都会では頻繁で警察もあまり真剣に(?)犯人を検挙するまでの捜査も現実にはむずかしいのか、実に事務的な処理ですべてが終了ということのようです。要は、自分の財産は自分で工夫して守らなくてはならないというどこかの教科書に書いてあるようなことが現実に起こったわけです。

オランダ点描(7)窓

限られた乏しい経験から敢えて大胆な事を言わせて頂くとすれば、ヨーロッパの一般的な住宅を比べた時、オランダの窓が一番大きいのではないでしょうか。窓の大きさの違いには、それなりの理由があると思われます。 北の国では冬の寒さを防ぐ意味で窓は割と小さめになっているようです。それが南へ行くに連れ大きくなり、また地中海に面した南欧では昼間の暑さから逃れるため窓は小さく鎧戸までついています。その中間に位置する(少し北寄りですが)オランダは、ヨーロッパ諸国の中で年間の日照時間の一番短い国でもあり、少ない太陽光を少しでも多く取り入れようと窓をできるだけ大きくしているように思えます。 また、住宅地ではどの家も大きな窓をレースのカーテンでさりげなく飾り、さらに窓際には観葉植物か季節の花などを置き、時にはちょっとした置物を置いてある家がほとんどです。通りがかりに、見るとはなしに(実は後学のためしっかりと)見ると、家の中はキチンと片付けられ「さあ、どうです。なかなかきれいなリビングでしょう。」と言わんばかり。昼間であれば、部屋の中は薄暗く、夫婦共働きの家庭が多いこともありあまり人気がありません。ここでいかにも人間が生活していますと言うという生活感は少し希薄ではありますが、確かに整然としていて目にするものにとっては大変気持ちのいいものです。 たまに住人が居合わせ目が合ってしまうこともありますが、その時は中からにこやかに挨拶してくれます。日本人は窓を通して外から通りすがりの人に家の中を見られるのをあまり好まないようで、この大きな窓をすっかり開け放し中が丸見えのオランダスタイルには多少の抵抗があるかもしれませんが、一度如何でしょう? 私が最初に住んだ家は築20年位のいわゆるローハウスという5-6軒連らなった2階建て(屋根裏部屋を入れて3階)棟割長屋でしたが、表側・裏側とに2枚ずつ、合計4枚の大きなガラス窓がありました。 この窓は2mx2.5mの一枚ものの2重ガラスで開閉は出来ません。開閉はその横についている小さな窓のみ。この大きな窓はまた厄介で、簡単に磨けません、一階部分なら脚立を使えば何とか、でも二階部分は長い梯子か足場がないと素人では無理。 そこで、窓拭きを専門にしている者がいて、近辺の住人は大体2ケ月に1度頼んで拭いてもらいます。さらに、割れるとかなり費用がかさみ大変なので、大抵みんな保険に入っています。窓拭き賃・ガラス保険料とも大した額ではないですが、日本では考えられないオランダならではのものです。

オランダ点描(6)ニシン

現在、日本ではニシンはそれほど一般的な魚ではなくなったようです。京都の身欠きニシンをのせたニシン蕎麦などは有名ですが。ただ、その卵である数の子は今も昔も正月には欠かすことのできないものです。しかし、ここオランダでは少し事情が違います。なんと、数の子は見向きもされません。魚ですから身を食べることには変わりはありませんが、その食べ方が少し変わって(?)います。もちろん、我々日本人の目から見て変わっているということであって、よく考えてみると我々が最も好きな魚の食べ方にも似ていなくもありません。 オランダ流ニシンの食べ方。 6月半ば過ぎ、解禁日(正式に決められているようですが、私はそこまで知りません)になると、一斉に新ニシンが街角のあちこちの屋台で売られます。実は解禁日の前に女王陛下に献上されることになっており、庶民はその後というわけです。屋台で調理する人は、まずニシンの頭を刎ね、はらわたを出し、中骨を取って、身を開き、尻尾だけ残し、皮をむいて、ササっと塩水で洗うだけでおしまい。その手さばきの速いこと。注文すると、たいてい2匹をプラ皿に並べ、玉ねぎのみじん切りをぱらぱらと振りかけ、ハイどうぞ。調味料?そんなの無し。この玉ねぎと塩水で洗った後の微かな塩気のみ。屋台の周りで食べている人を見ると、どんなにめかし込んだ御婦人でもおもむろに天を仰ぎ大きな口を開けて、片手にニシンのしっぽをつかみ高く持ち上げ、そうっと口の中に落とし込みます。ほぼふた口でペロリ。その他の食べ方としては、コッペパンを開き中に一匹はさみサンドイッチとして。これがオランダ流ニシンの食べ方。 日本人は刺身を食べるわりに、このオランダ流があまり得意ではないようで、醤油だワサビだといいますが、何にもなしでも結構いけますよ。一度機会があればお試しを。きっと、オランダ人が「Prima!(最高!)」と言って親指をたててウィンクしてくれること間違いなし。食べた後、手が魚臭くなるのには困りますが。 日本にいた時、よく紹介されていたニシンの酢漬け・塩漬けというのは間違い。ただの生ニシンです。番組を作る人が実際に食べてない事がまるわかりです。 また、この時期になると、それぞれの家庭や企業などでもHaaring Party(ニシンパーティー)というのがよく開かれます。その時飲む酒は決まってオランダのSoul drink ともいうべきJENEVER(発音が面倒なので、ジュネーバーと書きますが)です。いつかこのジュネーバーについてはお話しする機会もあるでしょう。

オランダ点描(5)キス

オランダで一番戸惑ったのが、これでした。初めて会った女性がいきなり顔を近づけてきて、チュッ、チュッ、チュッとキスするではありませんか。しかも、右頬、左頬、右頬と、3回も。そして、また帰り際にもチュッ、チュッ、チュッ。男同士は握手なので問題ありませんが、女性との3回のキスには正直戸惑いました。慣れてしまえば(なかなか慣れません。いまだに。)単なる挨拶ですから、顔を合わすたびに、また別れ際にもチュッ、チュッ、チュッ。どうということはありません。握手よりも親近感を表わせていいのかもしれません。 パーティーなどで女房と一緒の時なども、デカいオランダ人男性が何人も女房にキスしています。ああ、これがオランダの習慣なんだ・・・。でも、こちらからオランダ女性に積極的にキスをしに行くだけの勇気はありません。第一、オランダは女性でも平均身長が170cmちかくあり、中には180cm近い人もざらで、私の背丈からすると背が高すぎる。そのために男のほうが背伸びするというのもちょっと恰好悪いし・・・。 ヨーロッパの他の国でも挨拶として頬にキスをしていることは知っていますが、殆どが1回、たまに2回のようです。3回もするのはオランダだけのようです。なぜ、オランダは3回なのか。何か理由があるはずですが、そこまでは知りません。今度機会があったら物知りに聞いておきます。ただ、ここで間違ってはならぬことは、顔を傾けるのに左右を間違わない事。もし間違うと正面衝突、正面からもろにキスしてしまうことになります。3回は単なる挨拶。夫婦とか恋人とかの間では、むしろ1回だけのようです。これもよく分かりません。 会社の同僚も、日本人のあいさつはお辞儀であること、握手はするがオランダ式のキスはあまり得意ではないことをよく知っていて、キスしたのは初対面の時だけで、後は親切にも遠慮(?)してくれました。日本人がやってもあまり絵にはならないこともよく分かっていたのかもしれませんね。

オランダ点描(4)木靴

大きなお椀のように見える木靴。クロンペンというのがその名前です。日本のポックリと同じように、履いて歩く時の音をそのまま名前にしたように思えます。 履き心地?あまりよさそうには思えません。昔は藁などを緩衝材として入れて、大き目のものを履いていたようです。今履くなら、厚手の靴下を履いてからということになりますね。私自身は実際に履いて使ったことはありません。 今では普段の街中でも木靴を履いている人はほとんど見かけることはなく、週末など庭で土いじりをしている人とか、ちょっとした農作業をしている年配者などが履いているのを目にするくらいです。じめじめした所とか、ちょっと汚いところでは長靴感覚で足元を気にせず自由に動けるメリットはあるようです。 一度あの大きな木靴を履いて器用に自転車に乗っている老人を見かけたことがあります。実際、木靴をよく目にするのは、インテリアとして壁にかけて花を生けたり、小物入れに使ったりが多く、たまには玄関ドアにかけてあったりします。いずれも綺麗にデコレーションされたものです。そう言えば、うちの女房殿も木地の小さい木靴を買ってきて、アッセンデルフトというオランダのトールペインティングで絵付けをしていました。出来上がりはどうでしょうか。 オランダ人の感覚からすれば、木靴は日本の下駄と同じです。日本でも最近は下駄履きの人は見られなくなりましたが、我々の下駄への愛着は「普段着と下駄履き」という言葉で表現されるように、飾らない日常を表しています。オランダでも木靴は徐々に日常性を失ってきているようですが、民族にとってはどこか深いところにしっかり根を張っているように感じます。 同じ木を素材に使っていても日本の下駄は暖かい土地柄から足をすっぽり包み込むようにはならず、しかも扁平に作ってありますが、木靴は足を包み込む立体構造になっている。着物と洋服の構造的な違いともどこかでつながるかもしれません。 木靴の材料は柔らかいポプラのようですが、アムステルダムの北に位置するザーンセ・スカンスというところで観光用ですが木靴を作っているところがあります。今は機械で削りだしていますが、昔ながらに木の塊を万力で固定し、長い柄の鑿で彫っているのが見られます。 宮川直遠