コッツウォルズ紀行㉜~偶然見つけたアンティークショップ

1999年に、自ら企画、実行したイギリス自由旅行記「コッツウォルズの歩き方」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介していきます。 ———————— 偶然見つけたアンティークショップ 2日目の朝、BroadwayのB&Bを出てストラットフォードへ向かってB4632を北上する途中、「BARN Antiques Centre」という看板が目に入った。「Center」の「er」の部分が「re」となっているのがいかにも英国らしいと思いながら立ち寄ってみることにした。 驚いたことに、広さが約1000坪もあり、アンティークショップというより大倉庫といった感じだ。店内には、陶磁器、シルバーウェア、家具、調度品など興味深い品物がところ狭しと並んでいる。ひとつひとつ細かく見ているうちにあっという間に3時間が過ぎてしまった。ディスプレイキャビネットのいいのがあったが持って帰れないので諦めて小さいものを数点買って店を後にした。 偶然見つけたアンティークショップだったが、今回の旅の目的の一つである「アンティーク」についてはこれで目標達成だ。先に書いたコッツウォルズでは掘り出し物は見つけられなかったが、ロンドンに戻ってからはもうアンティークショップに行かなくてもいいくらいの大満足気分であった。 やがて、ストラットフォードに着き、ガソリンスタンドで給油する。イギリスではどこのPS(=Petro Station)でもセルフサービスのようだ。日本でもやったことがなかったが、何とか問題なく済ませて、アンハサウェイ・コテージに向かう。 Anne Hathaway’s Cottage と Shakespeare’s Birth Place の見物が終わったら今夜の宿を決めなければならない。どこにしようかと思案していると、妻が今朝見つけたディスプレイキャビネットのことを言い出した。どうも、いつまでも頭から離れないらしい。たしかに、以前、日本のデパートで見た同様の品物と比べてみると価格は10分の1くらいのようだ。 てんびん座生まれの妻は、一度迷いだすといつまでも迷い続ける性格なのだ。よし!ここはひとつ男気を出してと、はたまた予定変更して今朝のアンティークショップへ取って返すことに・・・。閉店時間も迫っているので車を飛ばす。(自由旅行のいいところ?冒険?) 閉店ぎりぎりで BARN Antiques に戻ることができたので、頭の中で考えていた質問を次々繰り出した。日本までキャビネットを輸送した場合の船運賃はいくらか?その他輸出手続き等の手数料は?と見積もりを依頼した。店の担当者は、すぐに業者に問い合わせてくれたが、返事がなかなか来ない。いらいらしながら暫く待たされたが、結局は購入することに決定!日本への到着は、2ヶ月後とのこと。 さて、これで心のわだかまりも取れ、スッキリした気分で再びストラットフォードへ向かう。何だか大仕事をやったような、してやったりの気分で鼻歌も出そうだ。まもなくストラットフォード・アポン・エイボンに入る。 しばらく行くと、道端にB&Bの看板(Willicote House)を見つけたので部屋を見せてもらう。レンガ造りの古い落ち着きのある建物で、ゆったりとしたツインルームが40ポンドというので、今夜の宿はここに決定!飛び込みの宿泊となった。自由の旅は今のところ順調だ。

コッツウォルズ紀行㉛~シャーロック・ホームズ博物館

1999年に、ツアーに頼らず自ら企画するイギリス自由旅行を敢行した「コッツウォルズ紀行」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介しています。 ——————————- シャーロック・ホームズ博物館 作家コナン・ドイルが生んだ名探偵シャーロック・ホームズのリビングルームなどを再現している。館内ではパイプや帽子などのホームズグッズも販売されている。小説に魅せられたシャーロッキヤンは、一度は訪れてみたいところだ。 小学校低学年の頃、いわゆる小説というものを初めて読んだのは「シャーロックホームズの冒険」だった。今から思うと、活字の一字一字が随分大きかったのを思い出す。殺人現場に残されたわずかな痕跡を手がかりに次々と推理を働かせ、やがて真犯人を炙り出してゆくその鮮やかさに魅了され、ぐいぐいと魅かれて行った。 5、6年生になって、英語に興味が出てきた頃、ホームズを原語で読んでみたいと思うようになり、そのことがその後の英語に対する興味、更には英語のみならず他の国の言語に対する興味へと繋がっていった。 シャーロック・ホームズのシリーズ本はほとんどすべて読んだ。私がその後本好きになった、そして英語好きになった源がシャーロック・ホームズなのだ。将来、もしロンドンに行くことがあれば、ホームズの事務所のあるベーカー街を是非とも訪れたいと思っていたが、それが今回の旅で実現した。感無量である。 まだ一度もシャーロック・ホームズを読んだことのない人にお薦めする一冊は、「踊る人形」だ。騙されたと思って読んでみてください。「暗号」や「謎解き」に興味のある人なら満足することうけあいです。でも、あなたをシャーロックの世界に引きずり込んでしまうかもしれないので注意してください!

コッツウォルズ紀行㉚~インド料理を食べたかった!

1999年に、自ら企画、実行したイギリス自由旅行記「コッツウォルズの歩き方」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介していきます。 —————————— インド料理を食べたかった! 旅の楽しみのひとつは、その土地土地の名物料理を味わうことである。どこにいってもその土地独特の料理があって、行く先々でいろいろな食べ物に出会うのは非常に楽しいものである。ただ,今回はイギリスということで、誰に聞いても「食」には期待しないほうがよいとのことであったので、まったく計画なしであった。ローストビーフとフィッシュ&チップスさえ食べればそれでOKと思っていた。 でも、よく考えて見ると、インド料理という手があったのではないか。イギリスは昔からインドとの交流が盛んであったからインド料理もかならず早くから入ってきているはずだ。しかもロンドンにはインド人が大勢住んでいるから本場の味が味わえたのではないか。そういえば、ブロードウエイのB&Bの主人がデイナーにと薦めてくれた3軒のレストランのうちのひとつがインド料理だったではないか。しまった、インド料理を試すべきであった。もちろんインド料理レストランは、今、日本にもたくさんあるが、ひょっとしたら日本人向けにアレンジされているかもしれない。中華料理がそうであるように。 というわけで、本場の(?)インド料理を食するチャンスを逸してしまったわけである。これから行かれる皆さんは是非、ご賞味あれ。

コッツウォルズ紀行㉙~どこでもビートルズ!?

1999年に、自ら企画、実行したイギリス自由旅行記「コッツウォルズの歩き方」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介していきます。 —————————— どこでもビートルズ!? 7月3日(土)午前中、ロンドンのショッピング街、ボンドストリート(Bond St.)、リージェントストリート(Regent St.)、オックスフォードストリート(Oxford St.)と廻った後、セルフリッジでランチ用に寿司パックと飲み物を買いハイドパーク(Hyde Park)のベンチで食べることにした。ロンドンではどこの公園でものんびり日向ぼっこをしている人が大勢いるので、一度その気分を味わってみたかったのである。 オックスフォードストリート側からベイズウオーターロード(Bayswater Rd.)に入り、オデオンからマーブルアーチ(Marble Arch)に続く地下道に下りたとき一人のストリートミュージッシャンに出会った。まさにロンドンらしくビートルズの曲ばかりつぎつぎと歌っているのだが、これがプロ顔負けの上手さなのである。 新宿あたりでもよく見かける光景であるが、歌っている歌が最近のよく分からない歌なら素通りしてしまうのだが、ビートルズならメロデイはもちろん歌詞も少しは覚えている。つられて自然と口ずさむと足取りも軽くなるのである。 そして翌4日(日)朝。この日は日曜日ということでたいていのお店は閉まっているので、市内観光に当てている。例によって、ツアーには参加せず自分で普通の市内バスに乗ることにする。 トラベルカードを前もって購入しているので何回乗り降りしてもOKだ。まず、地下鉄でオクスフォードサーカスまで行、そこから名物の2階建てのバスに乗りタワーブリッジ、ロンドン塔、ウエストミンスター寺院、ビッグベン、バッキンガム宮殿と廻る。 宮殿正面のザ・モール(The Mall)をトラファルガー広場に向かって戻り、アドミラルテイー・アーチ(Admiralty Arch)をくぐって地下鉄のチャリング・クロス駅につづく地下道に入った。すると、はたまたストリートミュージッシャンに出会う。 昨日の彼とは別の若者だが、歌う歌はやはりビートルズばかりだ。その歌声は地下道の壁に反響してこれがまたまた上手い。よりにもよって2日続けてビートルズの幻に出会うとは。我々団塊の世代にとって青春そのものだったビートルズは格別の感がある。そしてストリートミュージシャンでさえも本場の趣だった。

コッツウォルズ紀行㉘~旅程変更で自由旅行を満喫!

1999年に、自ら企画、実行したイギリス自由旅行記「コッツウォルズの歩き方」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介していきます。 —————————— 旅程変更で自由旅行を満喫! カッスルクームからバイブリーに至る田舎路をドライブするうちに、中世から脈々と伝わるコッツウオルズの村々の美しさや、その落ち着いた雰囲気にどっぷりと漬かってしまった。事前に調べた目的地に行って建物やアトラクションを見学するよりも、こうしてゆっくりとドライブすること自体が素晴らしい観光旅行であると思えてきた。 人工的に造られたものへの抵抗感みたいなものが心の中で次第に広がっていった。自然というものに感動を覚えるのも久し振りだ。こんな気持ちになれるところがほかにあるだろうか?ほんとうに来て良かったと思う。 さて、レンタカーによる旅は時刻表というものがなく、移動の時間が読みにくい場合が多い。慣れない土地での交通事情や突発事故による遅れを考慮に入れて、無理のない計画を立てるのがいいだろう。今回はまさしく、初めてのコッツウオルズだったので途中で迷うこともあろうし、田舎路でのドライブは時間がかかるだろうと思っていた。 ところが、1日目、ヒースロー空港からコッツウオルズの中心部まで思いのほか短時間で来れた。また、人工的な作り物より本物を見たいという気持ちから、ボートン・オン・ザ・ウオーターにあるモデル村(中世の村を再現したもの)やCotswolds Perfumeryへの訪問を取りやめた結果、約半日分、時間に余裕が出来た。 そこで、2日目に訪問予定のチッピングカムデンとヒドコート・マナー・ガーデンをこの日のうちに廻ってしまうことができた。こんなことが出来るのも個人旅行のいいところだ。まさにツアーではない自由旅行を満喫できたと思う。

コッツウォルズ紀行㉗~レンタカー事件!

1999年に、自ら企画、実行したイギリス自由旅行記「コッツウォルズの歩き方」を掲載しましたが、実はこの旅行についてのいくつかのエピソードや感想があります。随分と昔の話で恐縮ですが、書きためたものをいくつか紹介していきます。 —————————— レンタカー事件 旅も残るはあと一日、明日の夕方にはヒースロー空港を飛び立って帰国の途につくという日のことでした。旅行費用を出来るだけ抑えつつ自由旅行を楽しむという企画はうまくいったのだろうか。少し余計な買い物をしすぎたかなと思いつつ、残金と領収証のチェックを始めた。 二日前のチェックでは40ポンドほど計算が合わず、スッキリしないままでいたのだが、それはストラットフォードで飛び込みで泊まったB&Bの宿泊料だとわかった。レシートを貰わなかったために忘れていたのだ。 やっと計算があったとホットした瞬間に、ふとレンタカーのレシートが目に入った。なに? 合計206ポンド!? あれ、ちょっと高過ぎないか。たしか170ポンドほどのはずなのにと思いつつ明細をチェックしたところ、よくみるとFuel Purchase Option 29ポンドとある。満タンで返したのにガソリン代が請求され、しかも支払ってしまっている。そんな馬鹿な! あの時、ヒースローで満タンで返すといったらOKといったじゃないか。 これじゃ詐欺だ~! 車を返した時にレシートをチェックすべきだった。 その時点でクレームしておけばこんなことにはならなかったのに・・・と後悔する。悔しい!日本で事前予約した時に、保険のことや、道路税のことなど説明があったが、そういえばガソリンのことは一切何も聞かなかった。電話ででも出来る予約を、初めてだからわざわざ事務所まで来ましたという客に対して、日本の満タン返しと全く違う方式を説明しないのはレンタカー会社も不親切である。 冷静になって考えてみよう。 確かに、最後に領収書に目を通さず何のクレームもしなかったのは当方の不注意だ。しかし、客が「満タン返し」といったことを確認して契約書を作っておきながら、ガソリン代を請求しているのは完全に先方の不注意ではないか。契約書のコピーをよくチェックしたところ、Fuel Purchase Optionの欄にある accepted £0.58 p/L(+vat)の acceptedを一本の線で消してある。更にその上に先方の事務員の字で「RETURN FULL」と書いてあるではないか。 ストラッドフォードで最初に満タンにした時のレシートも、返す直前にヒースローのBPで満タンにした時のレシートも幸い残してある。よ~し、これだけハッキリ証拠があればクレーム出来るだろう。帰国時に空港のHertzに立ち寄ってクレームしようと心に決めた。 さて、帰国当日の午前中はほぼフルにBritish Museumで過ごし、いよいよ帰国の為ヒースロー空港に行く。今回の自主企画の旅はすべて順調にいったのに唯一失敗したのがレンタカーのガソリン代二重払い事件である。これが解決しないといつまでも心に引っ掛かりが残り気分が悪い。 昨日ホテルで決心した通り、勇んでHertzの空港カウンターに行った。実際に車を借りたのは、空港からバスで5~6分のところの事務所だが、この時は時間節約のため空港内のカウンターに行った。3組ほど先客がおり、並んで待つことにした。 一組の手続きが終わるのに大変な時間がかかりあっというまに30分が過ぎた。こんな事をしていると出発に間に合わなくなる。いらいらしながら待たされてあと一人になった時にはもうチェックイン直前の時間となった。 前の中国人にわけを説明したら快く順番を譲ってくれて感激した。さて、すべての事情を説明すると、ちょっと待って下さいといって、目の前のパソコンにカタカタ打ち込んで調べている様子だったが、結局返事は「ノー」だった。理由は、事件はすでに3日前のことでパソコンにデータがなくチェックできないという。この回答には驚いたと同時に落胆した。 明らかにダブルペイメントです。腹の虫がおさまらないので、一目瞭然の証拠書類を見ても対応しようとしない事務員に、次の事を口早に言い残して立ち去りました。 1) 「契約書の中の acceptedを消した線と その上に書いてある「RETURN FULL」はいったい何だ? これを書いたのは私ではなくお宅の事務員だよ。 2) Petro Stationに支払った時のレシートも全部あるぞ!。 3)お宅の会社のこのナンバープレートの Toyota Corolla 1600はリッター当り何マイル走るかわかるだろう?Corollaを返した時に記録されていた走行マ イル数をリッター当りのマイル数で割れば、合計何リッター必要であったかわかるはず。 4)これらの事実を勘案すれば、私の主張することの正しさが証明されるはず。 と、口角泡を飛ばし説明した。結局、あとは帰国後に、日本Hertz経由でクレームするしかなくなりました。 帰国後、まもなくして日本Hertzへ行き、上記の事情をすべて説明しHertzロンドンにクレームを要請した。 時間がかかるかもしれぬがやってみるということだった。思いのほか早く1週間ほどで結論が出た。結果は、大勝利!かくして二重取りされたガソリン代は返却されたのでした。 日本Hertzの言うことには、契約書に acceptedを消した線と「RETURN FULL」の文字が鮮明に残っていたから取り戻せたが、これがあいまいであったなら無理だったでしょう・・・とまるで他人事である。結果的には、溜飲を下げることになったが、もしこの二重払いが返却されなかったら、ホームページで世界に向かってこの事実を発信してやろうかとまで考えました。でもそのような行為は、時にクレーマー扱いされそうだし、幸いそうはならなくて済んでよかったと思いました。 みなさん、この話はこれから海外でレンタカーを借りる時にきっと何度も起こる話だと思います。そしてこのような場合、日本人は「まあいいか仕方ない」とあきらめてしまう傾向にあるような気がします。正当なことは諦めないで交渉しましょう。 念のために書き添えますと、返却時にガソリンがどれだけ残っていても、その分はレンタカー会社のものになり、返金は一切ありませんのでご注意を!

コッツウォルズ紀行㉖~アールズ・コート

空港から30分ほどでアールズ・コート(Earl’s Court)駅に着く。インターネットで初めて予約した海外ホテルであったが、情報に嘘はなく駅から徒歩2分で到着した。大きなトランクを引きずって歩くのは大変だし、かといって中途半端な距離をタクシーに乗るのもどうかと思うし、いろいろなことを考えていたが駅徒歩2分で助かった。電車を利用するなら、ホテルはやはり駅近くがいい。 「Burns Hotel 」は一泊ツインで£79。ロンドン市内では通常£100~150はするので安い方だが、それなりに部屋は狭くあまり優雅とは言えない。ホテルライフを楽しむ為の宿泊ではないのでこれで我慢する。荷物をホテルに置き早速外出。夕食までの時間を有効に活用してショッピングにあてる。なにしろ、日曜日は多くの店が休みで買い物出来ないので少しでも済ませておいた方がいいのだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 【お知らせ】ここまで私の拙い旅行記をお読みいただきありがとうございました。「コッツウォルズの歩き方」と題した旅行記は、ロンドン市内に戻ってきた今回で一旦終了となります。 引き続いて、旅行中のエピソードや思い出、ロンドン市内訪問中に感じたことなどを書いていきたいと思います。 西 敏

コッツウォルズ紀行㉕~オックスフォード

Warwick Castleをあとにして高速M40に入り、一路ヒースローを目指す。途中で喉が渇いたのでオックスフォード近くのサービスエリアに立ち寄ったが、ここで面白いものを見つけた。 広いオープンスペースの中央部にインターネットが出来る場所がある。家で留守番をしている子供達に一報を入れようと申し込んでみたが、残念ながら故障中とのことで使用できず。 海外でインターネットを試す絶好のチャンスだったのだが実現せず残念。すべてのサービスエリアに設備しているわけではないが、何個所かにはそういう場所があるようだ。ちょっとした連絡には便利なので、今後機会があれば利用したいと思う。 一服した後、再びM40に乗りヒースローに向かう。日本の高速の渋滞を考えると、信じられないくらいスムーズに車が流れている。もちろん時には混むこともあるだろうが日本ほどひどくはないらしい。暫くは心地よいドライブを楽しむ。 ゆっくり走って2時間ほどでヒースローに到着した。3日間お世話になったカローラを返却し、ヒースローから地下鉄で今夜の宿があるアールズ・コート(Earl’s Court)駅に向かう。 駅は空港から市の中心部に向かう途中にあり乗り換える必要が無いので便利だ。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行㉔~ワーウィック・キャッスル

シェークスピアカントリーを楽しんだ後、ロンドンに帰る前に少し時間があるのでWarwick Castleに寄ってみることにする。高速の入り口からも近いので友人から薦められていたが、実はそんなに期待はしていなかった。ところが、中世のお城の中の様子がなかなか面白く、ついつい時間をかけることにになった。近くまで来ることがあれば是非立ち寄ることをおすすめする。 ワーウィック・キャッスルは、ストラットフォード・アポン・エイヴォンの街の北東へ12km、エイヴォン川のほとりに建つ中世ノルマン朝様式による城建築の傑作のひとつである。もともとは1068年にウイリアム征服王の命によって建てられた城塞だったが、現在の建物の大部分は17世紀以降に建築された。 城にはノルマン人征服後から現在にいたるまで代々のWarwick伯が住んでおり、優雅な家具調度品類に加え、ルーベンスなどの絵画、銃器類、クロムウエルの胸像などを城内で見ることが出来る。また、14世紀の牢屋や拷問室なども残されていて興味深い。もうひとつの見どころは、パーティの一夜をろう人形で再現した”1898年のロイヤル・ウイークエンド・パーティ”という部屋だ。ロンドンにあるろう人形館で有名なマダム・タッソーの手によるものだ。 夏季には中世の騎士の衣装を身にまとってのイベントも行われる。われわれの訪問時も丁度その時期で、城内のあちこちで騎士の衣装をまとった人達が拷問室の説明をしたり、当時の話をとうとうと述べたりで、観光客とのやりとりが楽しそうであった。 Warwick Castleをあとにして高速M40に入り、一路ヒースローを目指す。一昨日借りたレンタカーをヒースローのHertzで返したら、地下鉄でロンドン市内に入る予定だ。直接ロンドン市内に入りそこで車を返す手もあったが、車の多い市内では運転しない方がいいという友人のアドバイスに従うことにした。それに乗り捨て料金の節約にもなる。ヒースロー空港からロンドン市内への地下鉄の切符は、格安の「ワンデイトラベルカード」を買うことにしている。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑱チッピング・カムデン

ストウオンザウオルドから約15km北にあるチッピングカムデンは、かって羊毛のマーケットタウンとして栄えた村で、ハイストリートには羊毛産業で富を築いた豪商たちが黄金期とされる16世紀から17世紀に建造したライムストーンの家々が軒を連ねる。 町の中心近くにマーケットがある。長年の風雪にさらされてか建物は傾いているが、その姿がかえって昔日の繁栄を物語っているようにも見える。 偶然飛び込んだ店で何気なく見ているうちに、妻の目がらんらんと輝き始めた。これまた趣味のひとつであるデンマーク刺繍に使うリネンの生地が日本の半額以下で売られているそうだ。私にはまったくわからないが、妻は安く変えた満足感に喜びを隠しきれない様子だ。 お土産や海外だから買うという特別の買い物ではなく、自分の普段の生活の中で使用するものを格安で手に入れられることも、旅の間の楽しみのひとつかもしれない。これが出来たときの喜びは大きく金額の多寡に関わらず満足感に満たされるということがわかった。 陽はまだまだ高く、時間は十分にある。次の目的地であるヒドコートマナーガーデンに向かう。 ~つづく~