コッツウォルズ紀行㉑初めて本場のパブへ行く

初めて本場のPUBの扉を開ける。店内は結構混んでいたが、夕食には少し早いのか皆ビールを飲んでいる。入り口で立ち止まって少し様子を見たが、誰も案内には来ない。レストランとは違うのでさもありなんと思う。 空いているテーブルについたが誰も注文を取りにこない。また様子を見る。やはりガイドブックで読んだ通りだ。カウンターまで行ってまず現地のビールを1パイントずつオーダーし、テーブルに持って帰って飲む。 さて料理はどうやって注文するのか。聞いてみると、食事ならこちらへどうぞと奥の部屋へと案内された。そこはレストランとなっておりこちらにはちゃんとウエイトレスが注文を取りに来た。このPUBはPUBスペースとレストランスペースをわけているのだ。納得してオーダーにかかる。 イギリスで初めてのディナーは、私はビーフステーキ、妻は無難だろうということでサーモンにするという。期待と不安で味わったステーキは予想通り堅く、サーモンは味がなかった。「がっかり」というよりは、「やっぱり」という感じ。ビールだけが妙に美味しかった。 会計はしめて20ポンドほど。2ポンドのチップを足して支払いをすませてPUBを出る。「イギリスでは食事に期待は禁物」と最初から聞いた上でのことだったが、もし知らずにあの食事をしていたら、宿への帰り道で夫婦喧嘩になっていたかもしれない。やっぱりインド料理にした方がよかったかな。 宿に戻ったあと早々とバスに身を委ねると、急に眠気が襲ってきて二人ともまもなく(多分9時頃-外はまだ明るかった)眠ってしまった。 翌朝は早く目が覚めて朝食までの時間(7時から)をもてあました。時間が来てやっと朝食にありつく。 フル・イングリッシュ・ブレックファストは、たっぷり量があり普段朝はあまり食べない私には重過ぎるくらいだ。オレンジジュース、紅茶、薄く切ったトースト、ベーコン、卵、いためたトマト、ソーセージ、グレープフルーツそれに欲しければコーンフレーク・・・イギリス人は、毎朝同じものをしかもこんな量を食べているのだろうか。この時ばかりは、我が家で毎日バラエテイに富んだ朝食を供してくれる妻に感謝した。 宿に置いてあるゲストブックを覗いてみた。いろいろなところから訪れているのがわかる。イギリス国内からも結構多い。コッツウォルズはイギリス人の憧れの地方で、現役を引退した裕福な人たちが住みたいと思うところだそうだ。日本人のサインもあった。記念にと私も書き込む。 豪華なホテルを望んでいるわけではない我々にとって、ここでの宿泊はまずまずの満足度であった。精算(ツインルームで50ポンド。一人当たり5000円)を済ませ部屋で少し休んだら2日目の出発だ。聞くとストラッドフォードへは車で20分程で行けるという。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑳ブロードウェイ

この村に車で入っていった時、一瞬おとぎの国に迷い込んだような感覚におそわれた。 中世には交通の要衝として栄えたブロードウエイは村名にも由来する幅の広い道路沿いに古めかしいライムストーンの館が並ぶ。軒を連ねる家々は、その軒先に思い思いの花をあしらい、そこで暮らす人々の心の温かさを醸し出している。 少し道に迷ったが、ほどなくイギリス最初の宿、オリーブ・ブランチ・ゲストハウス(The Olive Branch Guest House)に到着した。正面玄関の案内に、「Parking Rear」とあったので裏の細い道から駐車場に回ると、ヒゲをたくわえた見るからに人のよさそうな宿の主人が出迎えてくれた。 ここはこじんまりとしたB&B(Bed and Breakfast)で部屋数は7つ。長旅の疲れもあるのでシャワーよりバス付きの部屋を希望したら空いていた。はるか遠く日本からインターネットでの予約もきちんと管理されており、改めて時代も変わったなと思う。 夕食はついていないのでおすすめを聞いてみると、宿の主人が村で評判のレストランを3軒紹介してくれた。心得ていて、B&Bへの顧客には高いレストランは不要とばかりに、安くて美味しい(?)ところばかりを教えてくれた。 それは、インド料理とウエスタンとPUBであった。部屋に荷物を置いて、早速散歩に出た。メルヘンの世界にしばらくタイムスリップして散策したあと、イギリス最初の夕食はやはりPUBにしようと決めた。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑲ヒドコート・マナー・ガーデン

チッピング・カムデンの高台に建つ館のこの広大な庭は、19世紀初頭に、植物収集家として知られるアメリカ人、ローレンス・ジョンストン少尉が40年の歳月を費やして完成させたもので、20世紀を代表するイングリッシュガーデンと賛えられている。 このガーデンの最大の特色は、それぞれの庭は部屋(アウトドア・ルーム)とみなされ、合計28もの独立した庭で構成されていることであろう。長さが200mもあるロングウオーク、赤い花のみのレッド・ガーデン、4匹の小鳥のトピアリーがシンボルのホワイト・ガーデンなどいずれも個性的である。 今朝方、バーンズリーハウスガーデンを見たときも感動したが、ガーデンの構図というか全体のイメージは、スケールこそ違っていても日本でも見ることが出来そうなものであった。しかし、この庭園は違う。初めて本場のイングリッシュガーデンを肌で感じたこの感動は筆舌に尽くし難い。 旅の初日で随分といろいろなところを訪れ、たっぷりと異国情緒を味わうことが出来た。陽はまだ高く時間的には何の心配もないが、少し疲れたので今日は早めに宿に入ることにしよう。今日の宿は初めて日本からインターネットで予約したB&Bだ。ブロードウエイにあるOlive Branch Guest Houseというメルヘンチックな名前のB&Bに向かう。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑱チッピング・カムデン

ストウオンザウオルドから約15km北にあるチッピングカムデンは、かって羊毛のマーケットタウンとして栄えた村で、ハイストリートには羊毛産業で富を築いた豪商たちが黄金期とされる16世紀から17世紀に建造したライムストーンの家々が軒を連ねる。 町の中心近くにマーケットがある。長年の風雪にさらされてか建物は傾いているが、その姿がかえって昔日の繁栄を物語っているようにも見える。 偶然飛び込んだ店で何気なく見ているうちに、妻の目がらんらんと輝き始めた。これまた趣味のひとつであるデンマーク刺繍に使うリネンの生地が日本の半額以下で売られているそうだ。私にはまったくわからないが、妻は安く変えた満足感に喜びを隠しきれない様子だ。 お土産や海外だから買うという特別の買い物ではなく、自分の普段の生活の中で使用するものを格安で手に入れられることも、旅の間の楽しみのひとつかもしれない。これが出来たときの喜びは大きく金額の多寡に関わらず満足感に満たされるということがわかった。 陽はまだまだ高く、時間は十分にある。次の目的地であるヒドコートマナーガーデンに向かう。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑰ストウ・オン・ザ・ウォルド

今回の旅のテーマのひとつである「アンテイーク」の村として有名なストウ・オン・ザ・ウオルドに到着。 期待で胸がふくらむ。 この村には、8本の主要道路がコッツウオルズのあらゆる村から終結している。 これらの道の原型は鉄器時代からあったというから驚く。 ストウ村の羊毛取引の最盛期にはあらゆる村からの羊がマーケットスクエアに集められ、その数は一日に2万頭にものぼったという。 現在はマーケットスクエアを中心に40軒以上のアンテイークショップが連なり、アンテイークの宝庫として世界中からの骨董デイーラーや観光客で賑わう。 ロンドンの骨董デイーラーも仕入れにやってくるというストウまで来たのだから、買うならここだと張り切って店を回った。 バスの時間に遅れるとあわてて買い物しているツアー客を横目にみながら、こちらはたっぷりと時間を取って余裕のていである。しかし結果的には、 これといったアンテイークの出物が見つからず、少し他の買い物をしただけに終わった。次の機会に回すことにしよう。 さて、ここまで非常に順調にスケジュールを消化したため、当初の計画より半日ほど早く進んでいる。 そこで予定を繰り上げて明朝訪問予定だったチッピングカムデンとヒドコートマナーガーデンまで回ってしまうことにしよう。これが自由旅行のよいところだ。

コッツウォルズ紀行⑯アーリントン・ロー

バイブリーとアーリントンという2つの村の間にはコルン川が流れている。そこに架かる橋とまわりを取り囲む草花、川に浮かぶ白鳥や鴨たちが、著名な芸術家ウイリアム・モリスも住んだこの村に、静かな美しさを与えている。この村を代表する景色のひとつで訪れる観光客が後を絶たないのがここアーリントンローだ。14世紀建造の羊小屋を17世紀になって織物職人が住む住宅に改造された長屋風の建物である。グレーのライムストーンで造られた家々の端正なたたずまいは、300年の時の流れを思う人々の心を本当になごませてくれる。 アーリントンミュージアムを見学すると、そろそろランチタイムだ。ガイドブックにあったレストランは残念なことにたまたま閉店だった。 仕方がない。車を走らせながら適当なところを捜すことにする。やがて車はバーフォードの村に入った。最初に目に付いたレストランでイギリス最初のランチを取ることにする。イングリッシュブレッドに紅茶と、ありきたりのメニューしかない。 このあと、中世の村の様子を忠実に再現したモデルヴィレッジがあるというボートンオンザウオーターに行く手もあったが、モデルではない「本物」の村々を見た後ではモデルヴィレッジは興ざめだ。そこで今回の旅のテーマのひとつである「アンティーク」の村として有名なストウ・オン・ザ・ウォルドに向かうことにする。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑮バーンズリーハウスガーデン

カッスルクームでゆっくりと時間をとって個人旅行の自由さを満喫したあと、A429を北上しバイブリーに向かう。一級国道は比較的カーブも少なく非常に走りやすい。ドライブ途中でもところどころに中世から変わらないたたずまいを残すライムストーンの家々が現れる。車は快調に走り小一時間ほどしてサイレンセスターに入った。 サイレンセスター(Cirencester)は2000年前にローマ人によって築かれた街でノルマン朝時代にはイギリスで二番目の規模を誇ったそうだ。そこからB4425をバイブリー方面にしばらく行くと第二の目的地バーンズリーハウスガーデンに着いた。イギリスの観光スポットはどこも派手に宣伝していない。ぼんやりしていると危うく見のがしそうになる。 バーンズリーハウスガーデンは、ガーデン・ライターとして著名なローズマリー・ヴェアリー夫人のプライベート・ガーデンで、その美しさはイギリス屈指とされるらしい。書物で調べてみると、「イングリッシュ・ガーデンは6~7月にピークを迎えるが、彼女の庭の素晴らしさは綿密な植栽により一年を通して庭を堪能できることにある。夏の盛りのハーベイシャス・ボーダーをイングリッシュ・ガーデンの典型のようにとらえがちだが、夫人の庭は多彩な表情を持ち、イギリスの四季をリアルタイムで感じ取れる。」とある。 このハウスは300年の歴史をもつものだが、ヴェアリー夫妻がここに移り住み、庭造りを始めたのは1951年のこと。子育てに追われる時期でもあったが、1960年にようやくその庭造りは一区切りついた。その後の彼女の活躍はめざましく、18冊もの園芸書を出版し、チャールズ皇太子の園芸の指南役もこなす。最も関心が持たれるのはオーナメント・キッチン・ガーデンである。フォーマル・ガーデンのような端正な美しさが印象的で、野菜の持つ美しさに開眼させられるとの評判である。 冬は赤みが狩ったキャベツや紫のビオラが縁取りになり、その中にネギやサラダ菜が植えられる。夏はベリー類やトマトが目を楽しませてくれる。主婦として、そして生活者としての視点が親しみやすい空間を生み出している。 それぞれの花壇は非常によく手入れされており、個人でこれだけの大庭園を管理するのはさぞかし大変であろうと思う。 こういう素晴らしい先人の財産を中世から代々守り続けている人々に敬意を表したい。ほんとうに草木は人の心を慰めてくれる。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑭カッスルクーム

やがて車はM4のJ17で高速を降りA429を南に向かう。 地図を頼りにしばらく行くがB4039に入る右折する道がわからない。 標識がないのである。 こういう時は慌てないのが得策だ。 高速で一度も休憩せずに飛ばしてきたし朝のコーヒーも飲みたかったので、近くのコーヒーショップに立ち寄ることにする。 「Little Chef」というファーストフ-ドレストランであった。 ここの店員さんにカッスルクームへの道を聞くとすぐにわかった。 レストランを出て左折し次の信号を左折すればよいとのこと。アドバイスに従ってしばらく行くとそれらしき家並みが見えてきた。なるほどこのあたりがそうなのかと思いつつ車を進めて行ったが、家並みがなくなってしまった。 え?たったこれだけ?そんなはずはないよと、もと来た道を戻るが、通りに標識もない。 あきらめきれず2度、3度と行ったり来たりしているうちに細い道を少し入ったところに大きな駐車場を見つけた。案内板など何もなく、時間が早いせいか、車も1台も停まっていないが紛れもなく大型バスが10台でも停められる駐車場である。 駐車場があるということは歩いて行ける近くに「それ」はあるはずである。 駐車場から細い坂道を右に降りて行くと小さな村の中心に出た。その中心から一方の家並を見たとき、これだとわかった。 あの「ドリトル先生」に出てくるような景色であった。その「一幅の絵」は背後から朝日を浴びて静かに佇んでいた。時刻は朝08:00で観光客は我々以外一人もいない。なるほど都会では味わえないゆったりとした落ち着いた気持ちになれる。 「全英一、最も古い街並みが保存されている村コンテスト」で何回も表彰を受けているのがこの村だ。17、18世紀に建てられた家並み、村の中心となるマーケット・センターなど素朴な建物が、少しも手を加えることなく残されている。 ベンチに座っていると異次元の空間に迷い込んだようなそんな気分だ。たっぷりと時間を取って散策しながら写真も撮った。 まさか人っ子一人写っていないカッスルクームが撮れるとは思いもよらなかった。後で聞くと、カッスルクームはイギリス全土のなかで最も多く写真に撮られる場所でもあるそうだ。 それにしても、途中であきらめて帰らなくてよかったと思う。 こんなものかと途中で引き上げていたら何の為にわざわざ来たのかわからなくなるところであった。 かくして、少しまごまごしながらでも最初の訪問地は無事「歩き」終えて、次の目的地バイブリーに向かう。 ~つづく~

コッツウォルズ紀行⑬ヒースローから一路西へ

空港から高速M4にはJ4(ジャンクション)から乗り一路西へ向かい、M4のJ17を目指す。 幸い天気は上々でいい旅になりそうだ。 高速では皆、結構飛ばしていたが、こちらは初めての海外ドライブということもあって慎重に左側車線をゆっくりと進む。 自分で作ったスケジュールのため目的地まで何時間で行けるかがわからないのが唯一の不安材料か。 少し慣れてきたところで遅い車を抜き始める。 ますます快調に車は西へ西へと疾駆する。 まもなくして不思議なことにワイパーが勝手に動き始めた。 しばらくのあいだ間欠モードでゆっくりと動いていたがそのうち止まってしまった。 車の調子が少し悪いようだ。 しまった、こんなことなら出発前にライトやワイパーなど基本的なチェックをするべきだったと少し後悔の念にかられる。 後でチェックしてみようと思った瞬間、今度は激しく動き出した。 やっぱりおかしい。 欠陥車だ! しばらくそんな状態でドライブしていたが、ふとあることに気がついた。車を追い抜くとワイパーが動くのだ。 わかった! なんと私としたことが、ワイパーのレバーとウインカーを左右で間違えていたのだ。 普段、日本で乗っている車(やはりトヨタ)は右がウインカーで左がワイパーなので、当然同じと思っていたら全く逆だったのだ。 英国では日本と同じで、車は右ハンドルで左通行なので ウィンカーやワイパーもまったく同じ仕様だと思いこんでいたのが失敗だった。 え?! ということはこれまで追い抜きした時に指示ランプは出ていなかったということか。 危ない危ない!! これまで30年ほどの運転歴があるのに恥ずかしい限りである。初めての海外ドライブで、なにかしら緊張感があっていつもと違う雰囲気に飲まれていたのかもしれない。 まあ、大事に至らなくてよかった。車のなかで二人で大笑いとなったのでした。 ~つづく~