今日の散歩道(190)~万博記念公園

風向き次第で、ガンバ大阪がホームゲームの時に、サポーターの応援歌が私の部屋まで聞こえてきます、その球技場の奥が万博記念公園の位置です。 昨夜19時過ぎに、突然ガラス窓が振動する様な爆音が聞こえてきて、何事かと窓を開けると、立ち昇る煙幕の上に多数の花火が弾けるのが見えました。 今朝調べると昨夜は「万博夜空がアートに成る日」との催事が開催されたようです、コロナ禍での医療従事者に感謝の気持ちを表し、コロナで気持ちが塞ぎがちな大阪府民を応援し、明日への活力をかき立てる為の企画だった様です。 花火の総数は5万発、太陽の塔の背後の有料座席数は、25、000シート(特別席は7,000円 一般席は2,000円) わざわざ料金を払わなくとも、どこからでも見れるのですが、満席で公園入場者は3万人強だったようです。   今日は青空広がり散策日和、弁当を持って公園内を散策してきました。 万博終了後の跡地は大阪府民憩いの場として整備され、万博の遺跡が残るのは太陽の塔(写真中央部)のみ、中央部は芝生が広がり家族連れが弁当を開いたり、球技遊びに興じる解放感一杯の場になって居ます。 周辺部は各種の樹木が繁り神宮外苑の様な感じとなって、多種類の野鳥の他、狸や狐等も住み着いている様です。 園内の所々には万博の時に、各国のパピリオンの跡地の証として石板が埋められ当時のパピリオンの写真が掲示されています。 2万歩強の散策を終え、心地よい疲労感で帰宅しました。   山仲春男

フランスあれこれ98 パリの公園(2)ヴォージュ広場

パリで最も古いと言われる公園です。パリ駐在で赴任してまだ間もない頃小さな取引先がこの公園にありましたので、とりあえず顔見せに訪問しました。帰りがけにこの得意先から教えられたのは、すぐ近くにビクトル・ユーゴ記念館(ユーゴ自身が暮らしたという住宅)があるということでした。折角のお話なのでちょっと立ち寄ったのですが超特急で中を見学、と言うより通り過ぎるだけで今回は失礼!という感じでした。私はこの公園の素晴らしい眺めに圧倒されていたのです。 場所はフランス革命発端のバスティーユ広場の近くで大通りから少し入ったところです。通常の公園と異なり実に整然としていて都市計画の模範的な原型と理解できます。東西約150m位の正方形、四方が立派な道路で狭い歩道と三車線くらいの車道(一方通行で駐車可)で、更に四方を囲む統一されたルネサンス様式の建物、その一階にはアーケードがあります。南面北面の向かい合わせに王の館と王妃の館が向かい合わせに建っています。 さて、この公園は元来貴族の憩いの場で騎馬戦の舞台でもあった由。16世紀の中頃アンリ二世がモンゴメリー伯爵との馬上試合で思わぬ事故で他界。(想像ですが槍どうしで交叉した際不幸にも槍先が折れ、しかもそれが王の顔面を直撃したようです。)舞台は一旦取り壊されますが、その後再建され公園の中央付近にルイ13世の騎馬像が歴史の面影を残しています。 私の知っているアーケードですが当時はお店は一軒もありませんでした。確か小型の美術館と高級レストランが私の記憶に残っています。昨今旅行者も増え土産物屋やカフェなどが出来、結構賑やかになっているようですが、雰囲気が壊されていないかいささか心配するところです。

今日の散歩道(188)~センダン(栴檀)

「センダン(栴檀)は、双葉より芳し」と言う故事は、広く知られてますが・・・・・・・・ 大成する人物は、幼い頃から、人並み外れて優れたところが有ることの例えとして、平家物語に書かれたものですが、その故事の由来が子供の頃から不思議で成りませんでした。 *若葉を採って、手で揉んで匂いを嗅いでも、青臭い匂いだけで全然芳しくない。 *花は5月頃に咲くが,白く小さく地味でカスミが掛かったように見えるものの、観賞の対象外。 *晩秋に色づく果実も、シモヤケには薬効有るらしいが、不味くて食用不可、ただ単なる木の実に過ぎない。 何故このような樹木にその様な諺が結びつくのか…長年不思議に思っていました。 それが解ったのが近年に成ってからで、それは大きな勘違いから来てるとのことでした。 中国での「栴檀」は「白檀―びゃくだん」の事であり、白檀は香り高い香木として知られています、その一方で日本に自生する「栴檀」は、中国でいう「栴檀」とは、全くの別物です。平家物語の作者はこの辺りの事情を知らずにイメージだけで書いて仕舞ったと言う事です。尚白檀の若葉に、香気は有りませんので、これも香木の思い込みから來る間違いです。 日本の栴檀の木の実は、現在この様に色づき始めていますが、黄ばんだ葉っぱが落下して、木の実だけが目立つ頃になると野鳥達にとってのコンビニ状態になって群がり、食後に糞で放出された種がアチコチで芽生えてきます。 山仲春男

今日の散歩道(183)~ムベ

殆どの人にとって、見た事も食べた事も無い未知の果物だと思います。 私のマンションは1階は庭付き住居になっています、私とは別棟のお宅の庭のネットに、不老長寿伝説があるこの果実が今年も実を付けています。 この果実は、アケビ科ムベ属のツル性植物で、外見がアケビに似ていて常緑を意味する常葉―トキワを入れて、別名トキワアケビと呼ばれ、古代は関東以西の山野の一部に自生していた様ですが、現在は大変珍しい存在となって居ます。 春には白い花を咲かせ、晩秋の頃には鶏卵を一回り大きくした実が、この様な赤紫色に色づきます。 アケビは熟すると皮が割れて可食部が露出してきますが、ムベは割れず、パッションフルーツの様な構造でギッシリと可食部が詰まっていて、味わいは甘く、アケビそっくりで、やや水分が少なめ、ギッシリと黒い種が詰まっています。 ムベという名前の由来ですが、狩りに出た天智天皇が琵琶湖畔(現在の近江八幡市)を、通りがかった時、高齢で子沢山の元気な老夫婦に、長寿の秘策を尋ね、老人が「毎年この時期に実る無病長寿の霊果を口にしている」と答え、天皇がその果実を口にして「むべなるかな→もっともであるなあ」と一言、以降は毎年朝廷に献上するようにと指示、現在も皇室への献上は続いているようで、テレビのローカルニュースで紹介されています。 またムベの幼木は葉っぱは3枚、その後5枚、実が熟す頃には7枚となるので「七五三の縁起木」とも呼ばれています。 今年の近江八幡市では、ふるさと納税の返礼品として、少量ですが、このムベの実を起用したのをローカルニュースで知りました。 山仲春男