今日の散歩道(150)~エンジェルストランペット(木立朝鮮朝顔)
久々に一面の青空が広がり、気持ちの良い、買い物散歩になりました。 何気なく脇道に目を向けると、大きな黄色い花が一輪ぶら下がって咲いていました、夏の盛りの頃から咲いてたはずですが、何故今迄気がつかなかったのか不思議ですが、おそらくこれが、この株の最後の花と成るのでしょう。 この植物は熱帯アメリカ原産、ナス科の多年草でトランペット型の大輪の花が夏季を通して次々と花を咲かせます。 朝鮮朝顔の樹液には麻酔成分があり、江戸時代の医師・華岡青洲がこれを主成分とする麻酔薬を使って、「世界初の全身麻酔」で乳癌手術を成功させた事は広く世に知られています。 その関係なのか、日本麻酔学会のシンボルマークには、この朝鮮朝顔の花が、シンボルマークとして採用されています。 そろそろ、夏の花は終盤に近づいて来て、冬場に向けて毎日の花レポートが続けられるか、少し不安に成ってきました。 山仲春男
今日の散歩道(149)~茶樹
昨日の昼過ぎからの雨が、日を跨いで降り続き、小雨ながら何となく鬱陶しい気分の朝です。 生垣の根元で、ひっそりと茶樹が花をつけていました、天候が悪く薄暗い場所でのガラ携帯撮影なので、ぼやけた写真に成ってしまいました、通常より少し早めの開花ですが、これから年内が花の時期です。 茶樹はサザンカや椿と同じ分類でツバキ科ツバキ属の樹木、日本での栽培品種は「やぶきた」系統が大半を占めています。 804年の最初の遣唐使メンバーの一人だった最澄が、薬用として中国から種子を持ち帰ったと伝わっています。 余談ですが、数年前に京都・高山寺に鳥獣戯画を見物に行った時にその境内に猫の額ほどの面積の茶畑が有り、苔むした石碑に「最澄が持ち帰った茶の種子を植え付けた日本最初の茶園」との案内が有りました。 飲用としてのお茶は1,191年に禅僧の栄西が持ち帰った種が、栽培拡大の契機に成ったと伝わっています。 私の郷里では水田の土手に茶樹を植え付けていました、自家用の茶葉確保と、張り巡らせた茶樹の根はりで土手の崩れを防止する目的もあると聞いた記憶があります。 八十八夜の頃、この茶樹の若芽を摘んで、セイロで蒸して、筵で天日干しをして年間消費分を保存していました。 茶粥や仏様へのお供え用として番茶を使っていましたが、乾燥保存していた茶葉を、鋳物のホウラクという厚手の平鍋で炒って使うのですが、その時に何とも言えない香しい空気が辺り一面に、漂っていたのが子供の頃の記憶に残っています。 山仲春男
今日の散歩道(148)~マリーゴールド
子供の頃は、園芸店もないので、咲き終わった花の種を採って保存し、季節が巡って来る都度それを撒くと言う様なローテーションで生家の花壇は成り立っていた様に思います。 近年の様に海外からの移入種が加わる事なく、同じ顔触れが、季節ごとに登場していたので、逆にそれぞれの花ごとの季節感を感じたものです。 その中で常連の一つが、このマリーゴールド、子供の頃はチョット触っただけでも独特の香りが手について、「臭い花」 というイメージが強かった。 その後品種改良されたのか、昨今のマリーゴールドでは、葉っぱを摘まんで嗅いでみると、 その嫌な香りは減少してる様に感じます。 花の時期は夏季から秋口にかけて。 マリーゴールド(和名では、クジャク草)は、メキシコ原産のキク科植物で、日本へは江戸時代の前期に移入された様です。 この植物は「コンパニオンプランツ」と言われ、根っこから独特の物質を分泌し、これと一緒に植えると、互いの性質が影響し合って、病虫害の繁殖を抑え、他の植物の根を侵すセンチュウ(小さな 糸ミミズのような虫)被害を防ぐ効果が有るようです。 山仲春男
今日の散歩道(147)~都会の稲田
今日は天候回復、久々に青空が広がり、昨日の様な寒さからは解放されました。 市街地の中心に僅かに残った稲田が収穫の時期を迎えています、先のお彼岸の墓参で奈良の生家に立ち寄った時に、早生種のキヌヒカリは既に収穫は終了、それから2週間経過してるので、これは晩成種の一つなのでしょう。 私が吹田市に住み始めた昭和50年代初頭は、周辺にパッチワークの様に稲田が有って、田植え直後は寝ているとカエルの鳴き声が煩いほど聞こえたものです。 その後、年を追ってマンションや戸建て住宅が立ち並び、吹田市の中心街では、殆ど姿を消して仕舞いました。 その中でこの稲田は数少ない存在、おそらく長年に亘る農家の高齢者が自分の代限りと覚悟して耕作を続けているのでしょう。 稲田の奥はパナソニックが所有していた広大な工場用地を開発、吹田市とパナソニックが推進するサスティナブル・スマートタウン(通称 吹田SST)として昨年開業したばかり。 多世代居住型で、稲田奥に見えるのはマンション、其の背後には大型ショッピングモール、コミュニティセンター、老人施設、医療施設ETC。 自分の様な田舎育ちの者にとっては、この様な稲田は目にするだけで癒しになります、出来るだけ長くこの景色が続けば良いのになあと願っています。 山仲春男
フランスあれこれ93 エッフェル塔の眺め
私はこの時季つまり秋のエッフェル塔の眺めが素晴らしいと思います。中でも陸軍士官学校を背にシャンドマルス(戦争の神マルスの野原)を通して見たのが最も印象に残っています。広場の両面の紅葉、青空に聳えるエッフェル塔です。元来この広場は士官学校の練兵場だった訳です。(余談ながらナポレオンもこの学校の卒業生です) 観光客を含め多くの人がこのエッフェル塔を絶景だと眺める場所は反対側、セーヌ川の向こうにあるシャイヨー宮からではないかと思います。(観光写真の多くはこちら側です) エッフェル塔は1889年、フランス革命100年の記念の年に開催された第4回パリ万国博覧会のシンボルとして企画されました。産業の発展、技術革新など社会の大きな変革の時代です。鉄の素材としての活用が大きく伸び、建築は無論、鉄道、道路、中でも橋梁などが大きく発展していました。 ここで登場頂くのは私のフランスでの最初の友人で日系二世の“L.Sさん”です。彼はまれにみる秀才、超一流のポリテクニックを卒業、更に当時最も注目されていた“Ecole Nationale des Ponts et Chaussees”(通称”ポン・デ・ショウセ“で道路や橋梁の建築専門学校)を卒業した建設省の役人でした。彼から色々この分野のことを教わりました。(私とは全くの専門違いです) 元来博覧会が終わったら取り壊す予定だったのですが、今後も残そうという運動と共に、それに反対する動きもありました。無線電波を軍隊が利用するという話が持ち上がって、命拾いしたと言います。 その他もう一つ私の注意を引いたのは、エッフェル塔が自殺の名所だということです。確かに最上階の展望台を含め三つの展望デッキは全て胸辺りまでのフェンスだったと記憶します。当時、経済・社会の情勢によって毎年のように3~10人位の自殺件数と聞きました。(現在はきっとフェンスの補強がされていることでしょう) その後経済発展、更にはバブル経済へ。そして旅行ブームと重なって観光客が激増。エッフェル塔も行列ができるほどの繁盛でした。 そして今ではパリの観光に欠かせない存在です。時代が変われば世の中も変わるという事ですね。でもエッフェル塔の眺めは今も昔も変わりません。
今日の散歩道(146)~ルリマツリ
昨日は夏日の30℃越え、今日は一転して気温低下で25℃を割り込んでますが、これでようやく平年並みの気温、 汗ばむ事もなく心地よい散歩になりました。 通りすがりの庭の棚に寄りそう様に蔓が繁り、そこにこの様な白い花をつけていました、これは南アフリカ原産イソマツ科の半耐寒性常緑低木で、半つる性なので、添え木をしたり、フェンスに沿うようにして管理します、関東以西では屋外での冬越しも可能です。 春から秋まで花をつけ、名前の通りブルーが多いが、アルバ種だけは写真の様に白い花を咲かせます。 花柄を摘み、枝先を切り戻して管理すると、切れ目なく次々と咲く花を楽しめます。 山仲春男
今日の散歩道(145)~パンパスグラス
ちょっと脇道を覗き込むと、今まで全く存在に気がつかなかったパンパスグラスの花穂が見えました。 南米パタゴニアの草原(パンパス)が原産地で、日本には明治時代に移入されたものです。 モップの様な花穂をつけた姿が見栄えするのと、背丈が3メートル位と大きいので、公園の花壇等に植えられている事が多く、この様に民家の玄関先で目にしたのは初めて、柔らかな日差しを受けて白銀色に穂先が輝いていました。 この植物はススキと同じイネ科の多年生植物で、寒さに弱いので関東以西地域で栽培されていますが、「お化けススキ」 と呼ばれ人気があります。 雌雄異株ですが、写真の株の姿と花穂の白っぽい色から判断して雌株と思われます。 穂先は、切り花やドライフラワーとして親しまれ、和名はシロガネヨシと呼ばれてます。 山仲春男
今日の散歩道(144)~ヨウシャヤマゴボウ
竹藪沿いの小径を通り過ぎた時に、この厄介者の外来種が目につきました。 晩秋この実を啄んだ野鳥が糞としてアチコチに放出した種が、思いもつかない場所で芽生えて市街地に雑草化して、身近に育っています。 春先に芽を出し、その頃は他の雑草にまみれて区別がつきませんが、夏頃から豹変して、周りを押さえつけるように成長、適応する環境次第で大きい物は2メートルぐらい(添付の写真は、この植物としては小型)ぐらいまで伸びます。 咲く花は地味で花序は垂れ下がり小さな白色、その後実が熟す頃には、茎は紅色に染まり、実が徐々に黒く熟して、見るからに毒々しい感じの植物に成って来ます。 葉っぱも紅葉します。 この植物は、別名でアメリカヤマゴボウと呼ばれ、北アメリカ原産のヤマゴボウ科の多年草、ゴボウの様な太い根っこが真っすぐに1メートル位伸長、生えている場所によっては完全に除去できず、残った根っこからまた、芽ばえて来ます。 晩秋にはブルーベリーによく似た果実となり、幼児が毒性を知らず口に入れて仕舞う事故が時々報じられてますが、幼児が身近にいる場合は、この植物を見つけたら早めに除去する必要があります。 茎や根っ子も毒性あり要注意です。 果汁は強力な染色力が有り、アメリカではインクベリーと呼ばれ織物の染料として使われた事が有るそうで、どう見ても観賞に向く植物とは思えず、日本に明治期に、染料として移入され、それが野生化したのかも知れません。 山仲春男
今日の散歩道(143)~ハナトラノオ
花咲か爺さんが、お守りしているマンション内の公園の小径に、夏場から綺麗な青い花を咲き続けているハナトラノオ。 これは北アメリカ東部が原産地のシソ科の宿根草で、日本には観賞用として明治の末期に移入されました。 根元に近い下から順に咲き上がって、大体10月一杯は花をつけています。 一度植えると放置しておいても地下茎でドンドン増えて、人家の周辺には半野生化してるのを、よく目にします。 無計画にこれを花壇に植えると繁殖し過ぎて終止がつかなくなるので、広がり過ぎないように注意を払う必要があります。 朝から強い陽射しが差し込み、今日も暑い一日に成りそうです。 山仲春男