今日の散歩道(114)~最後の一果・青りんご

今日も少し雲が漂うが、青空広がり気温が上昇、今日の最高気温予想は34℃とか。 借りてた図書館の本が返却期限なので本の借り換えに出掛けました、2週間前の時、休憩時間の図書館員女性二人が敷地に育っている林檎の樹を見上げながら「これだけ成っていたら、今年は色づいたのが見れそうやねえ」と、嬉しそうに眺めて居ました。 彼女達と一緒に数えると19個の青りんごがぶら下っていました。 それがなんと、一個さみしげにぶら下がっているだけでした。 風雨での自然落下なら株元に痕跡が残っている筈ですが、見当たらず。 多分、頭の黒いネズミが採って持ち去ったのか、手を伸ばせば届く場所なので通りすがりの人達が捥いでしまったのでしょう。 この4~5年は残念ながら色ずくまで残っていた事がありません、だいぶ前のおぼろな記憶では、色合いからして品種は「サン つがる」だろうと思います。 同じ敷地のサクランボの樹は、すぐ横にある幼稚園児のお楽しみ用として、防鳥ネットが張られているのでイタズラもされず、それは今年も綺麗な色に完熟しました。 雑学ですが、リンゴは中央アジアのコーカサス地方が原産地、バラ科の植物で紀元前から栽培され、日本でも平安時代の書物にこの果実についての記述が見られるそうです。 山仲春男

今日の散歩道(111)~ススキ(秋の七草 7―3)

(秋の七草 7―3) 日本の秋の代名詞の様に親しまれているススキは、古事記や日本書紀にも登場し、古代から生活に大変身近な植物でした。茅葺屋根の素材に使われ、葺き替え用に毎年刈り込んで貯えたり、現在は目にする機会が無くなりましたが炭焼きの炭を入れる為の俵の素材に使われ、郷里で冬場の内職として炭俵を編み込んでいるのを幼少時に見た記憶があります。  同じ頃に、私の家では2月某日に、花穂がついた1メートル以上の茎を箸に、小豆の入ったお粥を食べる風習が小学校の低学年の頃まで続いていました。 大きな花穂のついたススキの茎を、稲穂に見立てて米の豊作祈願だと聞いた記憶が有りますが、長すぎる箸使いは子供には厄介なものでした。 現在も続いている風習としては、6月の「茅の輪くぐり」、若い青々したススキで編んだ輪をくぐり抜けて無病息災を祈願するもので、東京大神宮を始め、各地の神社で行われています。 また9月には、中秋の名月へのお供えとして萩の花枝と一緒に供えられ、私の家でも亡き母が三宝の上に団子に見立てて剥いた里芋と一緒に並べてた想い出が残ってます。 ススキは、山野や空き地に自生するイネ科の多年生植物で、東アジア原産、北米では繁茂を警戒して、侵略的外来種に指定されている様です、日本で繁茂してるセイタカアワダチソウの逆の扱いです。 花穂を動物の尾に見立てて「尾花―おばな」と呼び、この植物の別名になっており、花穂に綿毛をつけ種とともに風に乗って飛び散る状況には風情が有ります。 山仲春男

フランスあれこれ88 だまし絵に騙されて良かった!

「だまし絵」「騙す」いずれも使いたくない言葉です。 聞こえの良くない「だまし絵」ですが日本では普通に使われる一つの絵画形式と言えます。代表的な作品は「非難からの脱走」(カラヴァッジョ)でしょうか。この写真、私がパソコンに向かっての作業を後ろからこっそり覗いているカラヴァッジョ? 今から50年以上前でしょうか、前方のビルの3階のベランダから可愛い子供がこちらに向かって手を振っていました。自分の前後を見ても誰もいないので私に手を振っているのだと思って私も手を振ってご挨拶したものです。少し前進して並木の間からもう一度上を見上げたのですが? しっかり騙された。なるほど!並木がそよ風に揺られていたのを子供が手を振っているように見えたとのだと理解した次第です。騙されたけれど、愉快で楽しかった。壁に向かってもう一度手を挙げてお別れをしました。そしてだまし絵という呼び方が良くないのでは?とも考えたことでした。 残念ながら写真はありませんが、皆さんには想像して頂きたいと思います。上はだまし絵を描く前の白壁、下が完成後です。この手前に並木があったと想像してください。(写真はネットからの拝借です) 騙し絵はフランス語で“トランプルイユ”と言いますが、見間違うという意味ではあっても積極的にだますとまでは言っていません。私にはだまし絵というのは聊か気に掛かるのはこの経験があってのことかもしれません。 私はステンドグラスでカラヴァッジョの作品を模写したことがあります。タイトルは「トランプ詐欺師」こちらが本当の騙し絵かも・・・