フランスあれこれ62~シトローエンは自滅した!

50年位前のことです。人事異動で事務所長が日本に帰国、社用車のシトロエンが残されました。法人スタッフで車の運転は私だけだったので後任が着任するまで私が車の面倒を見ることになりました。お蔭で閑な週末など家族と郊外のドライブを楽しんだものです。タイプは“DS21”(ご興味があればネット検索してください。1971年物が500~1000万円で中古販売されています。)エアークッションでスピードを出すと腰(重心)が下がり、ブレーキを踏んでも犬が座り込むような雰囲気になります。私が出した最高速度は160kmまで、200kmくらいまでは十分出るようでした。高速艇にでも乗っているような感触で、当時のドゴール大統領も愛用した車でした。 20年程の空白の後、私が2度目の赴任となりました。前任者はベンツを使っていたようです。古くなって買い替えようという事だったが後任が来るまで辛抱したと聞きました。私は「フランスでベンツはないでしょう、矢張りフランスの車を」と希望したのですが日本からの来客を考えるとベンツ以外には・・・」「シトロエンがあるでしょう、DS21の後継車が・・・」そこで帰ってきた返事は「シトロエンは自滅した!」でした。 こういう話になるとフランス人のコメントは非常に手厳しい。「シトロエンは顧客や平素のサービスガレージを無視して自分の利益と製造の合理性に目がくらんだため顧客から見放されたのだ!」「これこそ自爆だ!」背景は今では当たり前の技術、でも当時としては一般社会がついて行けなかったようだ。いくつかの別個のラインで製作された中間製品が最終ラインで組み立てられて完成するという製造ライン、当時としては画期的な製造ラインだったようです。時代がちょっと早すぎたという事でしょうか。フランス人に言わせればお客目線での発想に欠けると。ちょっとした部品の不具合でも、大きな部品を一つまた一つとクレーンで引き上げないと問題の部分に手が届かないとなると素人は無論、街の修理さんもお手上げという次第。その結果、まずガレージがそして消費者が横を向いてしまったという事らしい。 当時シトロエンは民間の自動車だけでなく、軍需用の装甲車など手広く製造していた様子。すかさず政府が介入、軍需部門を切り離し、民間自動車部門をシトロエンよりはるかに歴史も規模も後れを取っていたプジョーに再建を依頼する羽目になったとのこと。  

フランスあれこれ61~クロアチアから来たフラミンゴ=私の想い出骨董品(2)

 半世紀以上も昔の想い出です。時代は旧ユーゴスラビアの時代、ソ連の影響下にあった共産主義国家でした。日本からの来客がザグレブに到着、それに合わせて空港で落ち合うことにしました。私はミラノから陸路レンタカーを準備しました。現地での移動も考慮してのことです。順調に国境を通過、初日の宿泊地リエカに到着。当時は特別の知識も持たなかったのですがここは名だたる観光地です。夜遅いこともあり景色どころではありません。睡眠前の一杯と思ったのですがカフェやバーは既に電気が消えていました。ボーイさんに相談した結果、自分のボトルをお持ちしますと親切でしたがチップを期待してのことは言うまでもありません。 当時は高速道路もない時代、海岸沿いの道はともかく、リエカからは内陸と言っても山越え、でも走行する車が少なく一応予定通り空港で合流、得意先に向かいました。田舎町で実にのんびりした風景、昔の田舎の小学校のような事務所に到着しました。 私が社長ですと出て見えた老人(いや失礼、老紳士)と小一時間の商談ですべて終了。飛行機の時間までという事でワインで軽く雑談となりました。記憶にあるのは、当時の社長は選挙で決まるとか、社長の給料も月例の給与らしいことでした。 日本からの出張者からのお土産にお返しするものがないと言っていましたが、さて出立の時、思いついたように頂いたのが写真でご覧頂くフラミンゴの彫刻です。応接室の一角に静かに佇んでいたことは知っていました。現在は我が家の想い出陳列棚に鎮座しています。 その日のうちのパリ帰宅はとても無理と考え、ヴェニスで一泊することにし、ヴェニスでレンタカーを返却。翌日街をぶらぶら一巡、次回の旅行の下見で今回は我慢することに。  それから約50年、いやそれ以上経過、本稿を書くにあたり果たしてこの鳥は間違いなくコウノトリか、それともサギでは?と考え、ハイムの物知り博士にこの画像をお見せして判断を仰いだところ、即答で「いずれでもない!これはフラミンゴだ。欧州南部の塩水湖などで生息する。」とのご宣託。確かにくちばしが内側に折れていて「なるほど!」と納得、よくぞお聞きしたものだと思った次第です。 この機会にと少し勉強しました。フラミンゴは古代エジプトの神話の霊鳥「ペンス」で太陽と再生のシンボル、或いは不死の霊鳥、或いは鮮やかに舞い上がり光り輝く者などを意味する由。 コウノトリやサギと異なりフラミンゴの身体が赤いのは食料の関係(β-カロチン)でこれを接種しないとコウノトリのような白い体になるとのことです。

フランスあれこれ60~お酢と油=私の思い出骨董品(1)

我が家の想い出博物館にある一品です。何時の頃手に入れたものか静かに陳列棚に鎮座していますが、これを見るたびに日本の「お神酒徳利」(おみきどっくり)を思い浮かべます。 お神酒徳利は何故か2本、いつも並んで神棚にお供えします。無論お酒を供えるのですが、お供えしたお酒を頂くことでご利益を頂戴すると聞かされています。そしていつも巷で耳にするのは「あのお二人はお神酒徳利!」だという表現です。いつも二人で仲良くしている風情でしょうか。 さてフランスの骨董ですがお神酒徳利が二本とも抱き合って一体化しています。片面に男、もう一方には女性の絵柄です。彼らは仲良しで離れがたいペアーだという事でしょう。口の部分に一方は“V”、他方には”H”と書かれています。“V”はVinaigre(お酢)そして“H”はHuile(油)を意味します。即ちこれはサラダを頂くときのドレッシング材料の入れ物です。 お酢と油は混ざりません。互いに受け入れがたい背反の関係でもあります。しかしサラダには欠かせないもので、いつも一緒、そして絶妙の相性だという事です。個性は違っても非常に良いコンビネーションといえます。これぞフランスのお神酒徳利です。 なおこの品物はフランスのカンペール(Quimper)の陶器で、今では日本でもよく知られています。我が家にはほかに絵皿が二枚玄関の壁に掛かっていますのでご覧いただきます。